『魔女の宅急便』のキキが17歳の女子校生になった姿と、甘酸っぱい青春の日々を過ごしている模様を描いた日清食品のカップヌードルの新CM『HUNGRY DAYS 魔女の宅急便 篇』。
キャラクターデザインを、マンガ『ツルモク独身寮』(小学館)などを手掛け、イラストレーターとしても活躍している窪之内英策が担当、キキ役を女優の浜辺美波、とんぼ役は梶裕貴が演じたこのCM。
成長したキキやトンボが動いてしゃべったことに感動するファンもいれば、宮崎駿監督とスタジオジブリが手掛けた名作映画とのビジュアルや舞台とのギャップに怒るファンも、「日清がまた変わったCMを作っている」と無邪気に喜ぶファンも散見されるなど、とにかく注目を集めたのは印象に強いところ。
チキンラーメン、カップヌードル、日清のどん兵衛、そして日清焼そばU.F.O.など名だたるロングセラーブランドを抱え、インパクトが強く、メッセージ性の高いCMを作り上げてきた日清食品だが、一方でアニメCMは意外に珍しい。
どんな狙いがあって、17歳のJKとなったキキの姿を描こうと思ったのか。そして高クオリティーな映像はどう制作されたのか、そして公開後はどんな反応が起き、それをどう受け止めているのか。
企画を担当した日清食品ホールディングス・宣伝部の岡崎俊英氏に話を聞いてみた。
「『誰も見たことのない青春』を、日清食品らしくユニークな手法で表現したい」
――岡崎さんはもともとアニメがお好きだったんですか?
岡崎俊英(以下、「岡崎」) そういうわけではないです。人並みに、普通に見ていたというレベルです。
――了解です。では今回のCMで、どんなことを表現したかったったのか、改めてご説明いただけますか。
岡崎 カップルヌードルの歴代のCMには、「若者の青春を応援する」といった共通のコンセプトがあります。最近では、ビートたけしさんを起用したCMの「いまだ!バカやろう!」というスローガンも、若者に対して叩かれることを恐れずに馬鹿やろうよと提案したものですし、『STAY HOT』シリーズでは「いいぞ、もっとやれ。」というスローガンに、冷めた生き方なんてもったいないから、熱い自分を出していこうというメッセージをこめました。
今回の『HUNGRY DAYS』シリーズは、ストレートに“青春”がコンセプトですが、ただ青春を応援するだけでは心に響くCMにはなりません。そこで、日清食品らしいユニークな手法で表現しようと、“青春アニメCM”というアイデアにたどり着きました。
若者だけでなく、すべての人に青春時代は存在していた、その“青春”を応援していきたい――そういったメッセージを伝えるために、国民的なコンテンツのパラレルワールドという舞台を用意して、「誰も見たことのない青春」を表現する――これが今回のCMのコンセプトです。
――カップヌードルのCMはお腹が空いている若い人向けということで、どちらかと言えば男くさいイメージがあったんですけど、今回のCMはとてもさわやかです。女性層も意識されたのですか?
岡崎 たしかにカップヌードルのユーザーには男性が多いですが、女性を特に意識したわけではありません。昨年はアニメ映画が大ヒットして話題になり、アニメというものがコアなファンだけのものではないという認識が進みました。そういった世の中のトレンドも意識しながら“青春アニメCM”という企画がスタートしたので、メッセージを送るターゲットが変わったわけではありません。
――なるほど。では、広く一般層に知られたアニメが多数あるなかで、なぜキキたちが17歳になった『魔女の宅急便』となったのでしょうか?
岡崎 「青春」に変換するという手法で、『魔女の宅急便』という誰もが知っている著名な作品の主人公たちが高校生になった姿を描いたら、カップヌードルらしいユニークさ出せるのではないかなと考えたからです。
――いろいろ候補があった上で、一番驚きがあって、なおかつ無理がなく、おもしろそうという企画を選んだら、『魔女宅』に落ち着かれたと。
岡崎 今回のCMは、原作小説の第4巻『魔女の宅急便 キキの恋』(著者:角野栄子)をベースにしているのですが、舞台を現代に置き換えても魅力が通じる普遍性が、『魔女の宅急便』を選んだ一番大きな決め手になりました。人気があって知名度が高ければいいというわけではなく、「この物語だったら、我々が伝えたいメッセージを届けられる」という要素が、原作小説『魔女の宅急便』の中にあったからなんです。
――原作小説ではキキのその後を、かなり先まで描いてますものね。
岡崎 そうですね。ただ、今回のCMは原作にもない設定で新たなストーリーを描いていますので、原作者である角野栄子さんに確認しながら制作を進めていきました。
――CM動画を公開後の反応はいかがでしたか?
岡崎 完全に予想以上でした。Yahoo!ニュースのトップにも掲載していただいたり、YouTubeの「急上昇」動画で1位になったり、「ここに掲載してもらいたい」という主要なニュースサイトにもほとんど取り上げていただけました。。動画の再生数も600万回を超えて、ここ数年の日清食品のCMのなかでも最高レベルの話題になりました。
――ポジティブ、ネガティブ、どっちの反応が多いんですか?
岡崎 放送開始当初は、スタジオジブリさんの作品と比較された上でのご意見やご指摘が、それなりにあったことは事実ですが、7月のCM好感度ランキングでも食品業類で1位になるなど、結果的には圧倒的にポジティブな反応のほうが多かったです。もっと長尺で見てみたかった、あるいは実写化してほしいといった声もありますし、「このCMの続きはいつ公開されるんですか?」といったお問い合わせもいただきました。
――カップヌードルの歴代CMには、インパクトの強いものが多かったですけど、それらと比べても遜色のない反応だったと。
岡崎 そうですね。特にアニメはSNS上での拡散力がありますし、Twitterなどで広がったものをWebメディアの皆さんがさらに取り上げていただけので、話題が話題を呼ぶという形になったんだと思います。
私はカップヌードルのSNSの公式アカウントも担当しているんですが、思いもよらなかった投稿が注目されて拡散し、Webメディアさんに取り上げてもらえただけでなく、さらに転載されてLINEニュースのダイジェストやYahoo!ニュースに掲載されることもあり、「この投稿がこんなに話題になったの?」と驚くことも結構あります。
――我々も、「なんでこの記事がPV多いんだ、こっちの記事のほうが出来はいいのに」ということは結構あります(笑)。
岡崎 ネットメディア系の現場はどこも同じなんですね(笑)。
「チャレンジであることを理解した上でスタートした企画ですから」
――企画立案から公開までにどれくらいの時間がかかったものですか?
岡崎 およそ3カ月ぐらいです。アニメでCMを作った経験が少なかったもんですから、実写でCMを作る感覚でスケジュールを相談したところ、普通なら1年ぐらいかかります、と。しかし、そこ何とか3カ月でやっていただいたんです。
――動画枚数ももちろんですが、アングルや美術もかなり凝っていますよね。
岡崎 制作に携わっていただいた方々には、「30秒の映画を作るつもりで」というお話をさせていただきました。細部にまでこだわりが詰まった作品になっていると思います。
今回の企画が決まってから、最初はクリエイティブディレクターの佐藤(雄介)さんが考えたアイデアとプロットをもとに、監督の柳沢(翔)さんや制作を担当していただくスタッフさん方の意見も踏まえて、演出コンテの作成に着手しました。
あわせて、窪之内英作先生にキャラクターのデザインを描いていただく作業を同時進行していきました。その後、演出コンテをもとにビデオコンテを制作して、30秒の中にどのカットをどれぐらいの長さで入れていくのかを当てはめていって。作品の全体像が見えてきたところで、ようやく原画の作画に入っていただき、尺を適時調整しながら、着彩、最終MA、さらに微調整するといった具合に進行していったんです。
――作業が丁寧ですね。
岡崎 普段は実写の仕事をされているスタッフさんも多かったので、最初のビデオコンテは実写で制作しました。ワンカットずつ撮影し、役者さんたちに演出コンテどおりにお芝居をしてもらった動画をもとに、演技やレイアウトを練り直して、そこから原画に起こしていくという、アニメ制作としては少し変わった手法をとっているんです。
――だから構図やアングルが実写っぽいんですね。現実感があるCMにしたい、という狙いがあったんですか?
岡崎 何よりも、30秒という短い尺でも、しっかりとしたクオリティーのものを作ろうというのが第一でした。それに最近の傾向として、リアリティのある作品が人気を集めていることもあり、そうしたものと遜色がない、あるいは上回るようなCMにしたいという思いから、背景の描き込みが多いリアル寄りの作品に仕上がりました。それに、窪之内先生のキャラクターデザインも大きく影響していると思います。
――なるほど。ただその方向性は、アニメらしい躍動感があったジブリ版『魔女宅』からはかなりかけ離れますよね。デザインや舞台もまったく変えられていますが、制作前にジブリ版『魔女宅』から遠くなることに不安や葛藤はありませんでしたか?
岡崎 アニメとも原作ともまったく違う世界観で描くという、このCMの企画そのものがかなりのチャレンジなんです。原作のファン、ジブリ作品のファンの方々には、それぞれ強い思い入れがあるでしょうし、ギャップを感じる部分もあるとは思います。しかし、そこを超えて、多くの人に楽しんでいただけるCMを作りたい、というのが当初からの思いでした。原作にはない新たなストーリーを描くことを、原作者の角野先生に面白いと感じていただけたことで、現場のモチベーションはとても上がりました。窪之内さんのキャラクターについても、すごく可愛くて素敵ねと角野先生は仰っていました。
――躊躇するくらいならそもそも最初から立案してないという。
岡崎 携わっている人間みんながチャレンジであることを理解した上でスタートした企画ですから、制作中に「これ、ヤバイのでは?」となることはありませんでした。むしろ、窪之内さんの絵を動かすことの方がチャレンジというか、一番苦労したポイントかもしれません(笑)。
「『FREEDOM』のことは、まったく意識しませんでした」
――カップヌードルのアニメCMというと、大友克洋さんが関わった『FREEDOM』を連想するアニメファンもいると思います。『FREEDOM』はCM放送後、OVA発売、小説も発行と幅広く展開しましたが、今回の『HUNGRY DAYS』はいかがでしょうか?
岡崎 もったいないとよく言われるんですが、『魔女の宅急便』は今回のCMだけで終わりになります。「HUNGRY DAYS」シリーズのコンセプトや『アオハルかよ。』というコピーは変わりませんが、第2弾以降は別の国民的なコンテンツをモチーフにして、誰も見たことのない青春を描いていく予定です。なので、『FREEDOM』のように一つの壮大な長編アニメを作るといったことは予定していないんです。
もちろん、私自身にとっても『FREEDOM』は印象の強いCMなのですが、今回の企画で『FREEDOM』を意識した部分があるかと言われると、まったくありませんでした。しいて言うなら、プロモーションの一つとしてOOH(屋外広告)を展開したのですが、最初は手描きスケッチのような線画のシンプルなデザインのものを掲出し、6月18日のCMオンエア開始に合わせて、完成されたビジュアルと入れ替えるということをやりました。実は、『FREEDOM』の時も同じことをやっていたのが記憶に残っていて、そのアイデアを拝借した形です(笑)。
――アニメやマンガならではの手法ですよね。今後はどれぐらいのペース感で新作を発表されるんですか?
岡崎 次のCMは秋を予定しています。内容については、まだ詳細をお教えすることができません。でも、今回と同じようにおなじみのコンテンツがモチーフになります。皆さんが知っているお話しで、なおかつ、青春時代を過ごす主人公たちの姿が描かれてこなかった作品です。
――クリエーターの方も変わっていくんですか。
岡崎 主要クリエーター陣は一緒です。キャラクターデザインも、窪之内先生に引き続きお願いしています。
――カップヌードルのCMは、一般層からの注目度が高いですが、『HUNGRY DAYS』シリーズにはアニメファンも注目していると思います。メッセージなどいただけますか?
岡崎 日清食品のCMやプロモーションなどに触れたお客さまが、「日清がまた変なことをやってるよ」と楽しんでもらえることが何よりも嬉しいですね。馬鹿なことをやってるように見えますが、どうやったら皆さんに面白いと思ってもらえるか、どうすれば皆さんに話題にしてもらえるかを、毎日突き詰めて考えています。
『HUNGRY DAYS』シリーズは、今後も第二弾、第三弾を公開していく予定ですが、どのCMもディテールにとことんこだわり、細かいネタを入れ込んだりしていきますので、そうしたところも是非楽しんいただければと思います。
(取材・構成=編集部)
●カップヌードル『HUNGRY DAYS』公式サイト
http://www.cupnoodle.jp/hungrydays/majyotaku/