春先以降、世界の金融市場は歴史的な低水準にまで金融資産(株式、債券、外国為替レートなど)の価格変化率(ボラティリティー)が低下してきた。このなかで、多くの投資家は、株式を中心に期待リターンが高いと考えられる資産へ投資資金を振り向けた。この結果、米国の株式市場では、買うから上がる、上がるから買うというバブルの膨張が続いた。今やバブルは絶頂期に差し掛かったと考える経済の専門家は多い。
多くの市場参加者は株価上昇の熱気に浸るなかで、北朝鮮問題への警戒を低下させてきた。その背景には「北朝鮮がミサイル発射などの軍事挑発を繰り返しても、朝鮮半島で有事が勃発する事態とはならない」との考えがあったのだろう。
しかし、北朝鮮が米領グアムへのミサイル攻撃を検討と報じられたことは、先行きの展開を楽観していた投資家にとって、まさに寝耳に水の事態だった。「すわ、戦じゃ」とばかりに驚いた市場参加者は、資金の調達通貨として扱われてきた円を買い戻し、ドルや米株を売った。この結果、米国株式市場のボラティリティーは急上昇した。
8月半ばに入りリスク回避は一服し、米株の上昇やドルの買い戻しが進んでいる。しかし、北朝鮮問題への緊張感は高まりやすい。世界の金融市場が神経質な展開となる可能性があることは軽視すべきではないだろう。
朝鮮半島における軍事衝突のリスク上昇
8月上旬、世界の金融市場では、朝鮮半島で軍事衝突が発生するリスクへの警戒感が高まった。ひとつのシナリオとして、北朝鮮が米国を攻撃し、報復として米国が北朝鮮を攻撃する展開が考えられる。北朝鮮が米国への攻撃を行った場合には、韓国にも混乱が広がり、極東情勢が緊迫化することも想定される。
足元では米国のトランプ政権の政策運営が行き詰まっている。有事が発生した場合に世界がどう協調して事態の安定に取り組むかは見通しづらい。ある意味では、北朝鮮問題が主要国の連携の綻びに対する懸念を高めているともいえるだろう。
金融市場がこうした不安をどのように反映してきたかは、米S&P500指数のボラティリティーを示すVIX指数の推移を見るとよくわかる。北朝鮮が“炎と怒り”に直面するという、トランプ大統領のけん制発言を受けて市場のボラティリティーは上昇し始めた。その後、北朝鮮がグアム攻撃を示唆したことを受けてVIX指数は年初来の最高水準まで急上昇した。これは、朝鮮半島における軍事衝突のリスクを警戒した投資家がリスク回避に動いたことの裏返しだ。
その後、マクマスター米大統領補佐官らが戦争勃発の可能性が短期間のうちに高まったとは思わないとの認識を示したことから、北朝鮮問題への緊張感は後退した。米株式市場が反発し、ドルの買い戻しも進んだ。この動きを見ていると、依然として市場参加者の心理は、先行きに楽観的と見える。中国が北朝鮮への制裁を強めていることも、市場の安心を誘ったようだ。また、米国の物価上昇率が予想を下回っているため、年内の追加利上げが難しいとの見方も、株価の上昇を支えている可能性がある。
北朝鮮問題への緊張感は高まりやすい
ただ、北朝鮮問題は目先のヘッドラインを頼りに考えるべき問題ではない。それは、歴史をもとにして議論されるべき問題だろう。
歴史的に、朝鮮半島は米国や中国、ロシアといった大国の利害がぶつかり合う地政学の要所である。現在では、38度線を挟んで中国の利害を反映した北朝鮮と、米国と同盟関係にある韓国が対峙している。北朝鮮と韓国が朝鮮半島で併存することが、中国と米国が直に向き合い、極東・アジア地域の覇権をめぐってエネルギーを消耗する展開を防いできた。中国が北朝鮮に対して過度な圧力をかけることを嫌ってきた理由がここにある。
米国は北朝鮮の核開発に懸念を示しながらも、中国などと多国間の協議を重ねることで北朝鮮問題を解決しようとしてきた。これは、単に融和を示し、北朝鮮に配慮することではない。
しかし、米国のトランプ大統領は朝鮮半島の重要性を十分には理解できていないようだ。同氏が強硬な姿勢を示すにつれて、北朝鮮の軍事挑発もエスカレートしてきた。同氏は中国にも圧力をかけて、北朝鮮の暴走を抑えるように仕向けようとしている。この政策が事態の改善につながっているとはいいづらい。
北朝鮮にとって重要なことは、米国に制裁を解除させ金独裁体制の強化を図ることだろう。その目的を実現するために、北朝鮮は核兵器の開発を進め、米国をはじめとする国際社会に脅威を与えようとし続けるだろう。北朝鮮には、冷戦下から北朝鮮の庇護者としてふるまってきた中国からの呼びかけにも応じる気配がない。以上をもとにすれば、軍事挑発が続くと考えるのが現実的な見方だろう。
この見方が正しいとすれば、今後も北朝鮮問題への緊張感は高まりやすい。一時的な株価の反発が事態の改善を示していると考えるべきではない。
今後の金融市場の展開予想
北朝鮮問題が短期間で解決に向かうとは考えづらく、徐々に金融市場のボラティリティーは上昇する可能性がある。楽観一辺倒に傾いていた市場参加者の心理は、徐々に急落とその後の反発に揺さぶられ、神経質なものとなっていくのではないか。
多くのエコノミストやストラテジストがこうした見方を持っているはずだ。そうならば、株のロングポジション(持ち高)を減らす動きが増え、相場に下落圧力がかかってもいいように思われる。しかし、下落圧力は短期間でかき消されてしまっている。
この背景には、カネ余りが影響していると考えられる。現在の世界経済を見渡した時、米国の株式市場は割高な水準にはあるものの、緩やかな景気の回復に支えられて年内は株価が上昇基調で推移するだろうと考える投資家は多い。日米欧の中央銀行が短期間で金融引き締めに方針を転換する可能性も低いと考えられている。トランプ政権への不安はあるものの、米国の株式市場の流動性(売買時にかかるコスト)などを考えると、新興国株よりも米国株のほうが相対的には安心感がある。
そのため、今回のように相場が調整しても、資金は米国の株式市場に還流しやすい。その結果、米国の株価上昇トレンドがサポートされ、世界的にもリスク回避の動きが続きづらくなっているのだろう。
今回の北朝鮮によるグアム攻撃の示唆を受けて、一旦、米国の株式市場は北朝鮮に関するリスクを織り込みにかかったといえる。しかし、その後の米政府高官発言を受けて、リスクへの警戒モードは早くも低下に向かったように見える。
北朝鮮問題が落ち着かない以上、先行きの相場調整リスクは高まりやすいだろう。米国の経済指標を見ても予想を下回るものが増えてきた。9月にはFRB(連邦準備制度理事会)がバランスシートの縮小を開始する可能性もある。米国の株式市場を中心に、徐々に悲観と楽観の振れ幅が大きくなり、相場の不安定感が高まりやすくなると考えられる。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)