一流大リーガーがこぞって愛用する「ベルガード」…コロナ不況から瞬速でV字回復できた理由
「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画や著作も多数あるジャーナリスト・経営コンサルタントの高井尚之氏が、経営側だけでなく、商品の製作現場レベルの視点を織り交ぜて人気商品の裏側を解説する。
2月1日、プロ野球(NPB)12球団のキャンプがスタート予定となった。新型コロナウイルスの感染拡大で再び緊急事態宣言が発令されているが、本稿執筆時点でキャンプのスタート時期に変更はない。ただ、もちろんこれまでとは事情が違う。選手だけでなく、そのパフォーマンスを支える野球用品メーカーはどう向き合うのか。例年のようにキャンプ地を訪問するのも難しそうだ。
「ベルガード」という野球用具ブランドがある。特に捕手が着けるマスク、プロテクター、レガースや、打者が手足につけるアームガード、フットガードといった「防具」に定評がある。今では多くのメジャーリーグ(MLB)選手が愛用するブランドだ。
本連載では同社にいち早く注目し、2016年から何度も紹介してきた。社会人の生き方の舵取りが難しい時代、その機動性がビジネスパーソンの参考になると思うからだ。まずはコロナ禍での同社の現状から紹介したい。
売り上げを下支えした「あの商品」
「2020年は、プロ野球からアマチュア野球まで多くの試合や大会が中止や縮小となり、当社も少なからず影響を受けました。ただ売り上げは対前年比で約85%。多くの企業の売り上げが激減するのに比べれば、傷は浅くて済みました」
ベルガードを展開するベルガードファクトリージャパン(本社・埼玉県越谷市)の永井和人社長は、こう語る。売り上げを支えたのは、おなじみとなった商品だ。
「アクセフベルガード(AXF)からマスクを発売し、大きな反響を呼んだのです。IFMC.(イフミック)の効果を持つ抗菌商品で、生地は検査機関でも高い効果が証明されています。生活必需品となり、一時は品不足だったマスクを、なるべく手頃な価格に抑えたく1枚693円(税込、以下同)で販売したところ、大人気で約20万枚を製造しました」(永井氏)
イフミック(=集積機能性ミネラル結晶体)とは、ベルガードの提携先であるテイコク製薬社(本社・大阪市)が温泉療法に着眼して開発した、ナノメーターレベルの非常に微小なミネラルの結晶体だ。数種類の鉱物を組み合わせた鉄分の多い温泉水に一定時間浸し、その溶出液を特殊処理して抽出した物質を商品に織り込んでいる。
これを使った商品を身につけることで、バランス感覚の向上・リカバリー向上・パフォーマンスの向上が期待できる。出願中だった特許も取得し(特許第6557442号)、テイコク製薬社は「第三種医療機器製造販売業許可証」も取得した。
なおアクセフベルガード商品は、岐阜県岐阜市に本社があるサンフォードが販売する。もともとテイコク製薬社―サンフォードの両社から永井氏のもとにオファーがあり、提携したという。ベルガードには販売数に応じてロイヤリティ(権利使用料)が入る。
「ネックレス」に続き「マスク」が話題に
アクセフベルガードブランドの「AXF」ロゴの商品は、野球のグローブからリカバリーウェア、リストバンドなど幅広いが、最初に話題を呼んだのは日本のプロ野球界で、坂本勇人選手(読売ジャイアンツ)らが装着したネックレス(4950円)だった。
坂本選手は「試しにネックレスを装着した試合でホームランを打ち、手放せなくなった」という。ほかの有名選手が身に着ける姿もメディアで報道され、売り上げが大きく伸びた。
それに続いて”マスクバブル”が起きた。同商品は2020年12月、東京都の小池百合子知事も着用して記者会見に臨んだ。
もっともこれは、小池知事が群馬県安中市(茂木英子市長)の安中市観光機構が販売するマスクのPRに一役買ったようだ。こちらはアクセフベルガードと安中市が提携した「洗えるクールマスク」(1枚850円)という商品で、小池知事が着用した記者会見後に同機構のホームページには注文が殺到。サーバーが一時ダウンするほどだったという。
少し情報を整理したい。ベルガードファクトリージャパンには現在、「ベルガード」(自社ブランド)と「アクセフベルガード(AXF)」(提携ブランド)があり、野球用防具は前者、マスクやネックレスは後者だ。グローブは両ブランドから販売されている。
「昔からの野球愛好家には防具メーカーとして認知されていますが、若い世代にはネックレスやマスクの会社と思われているかもしれません」と、苦笑いする永井氏。
コロナ禍という環境悪化のなかで、多方面に展開する事業が同社を支えてくれたのだ。
一流選手がこぞって支持する「防具」
野球用防具の現状も紹介しよう。
「ベルガードの防具は日本国内の職人の手づくりで、メジャーリーグ30球団のうち9球団の4番打者(経験者)が使ってくれました。たとえば、2020年度のナショナルリーグでホームラン、打点の二冠王に輝いた、アトランタ・ブレーブスのマーセル・オズーナ選手や、ニューヨーク・メッツのヨエニス・セスペデス選手。ニューヨーク・ヤンキースのジャンカルロ・スタントン選手がそうですね。
ほかにもトロント・ブルージェイズのブラディミール・ゲレーロJr.選手、サンディエゴ・パドレスのジャリクソン・プロファー選手、前ミネソタ・ツインズのネルソン・クルーズ選手らが愛用しています。MLB通算400本塁打のクルーズ選手にはグローブも作りました。
もっとも有名なのはニューヨーク・メッツのロビンソン・カノ選手で、メジャー通算2500安打と300本塁打を記録した大物ですが、現在は出場停止中となっています」(永井氏)
菅野投手の豪速球をヒジに受けたが……
日本のプロ野球で愛用しているのも、外国人選手が多い。2018年に首位打者を獲得したダヤン・ビシエド選手(中日ドラゴンズ)も、その1人だ。
2020年7月21日、ビシエド選手はジャイアンツとの対戦で、相手のエース・菅野智之投手の豪速球を左ひじに受けて負傷退場。曲げたひじにボールが直撃した瞬間の写真がスポーツ紙でも報道された。苦痛に顔を歪めるビシエド選手の姿を見て、誰もが骨折を想像したが、病院での診察の結果は打撲で済んだ。
この時、着けていた防具がベルガード製だ。同選手には誠に気の毒だったが、選手の身体を保護するベルガード防具の機能性が裏づけられたシーンでもあった。
有名選手には用具のみ無償提供し(契約金は支払わない)、一般の野球愛好家には有償で販売するのが同社のビジネスモデルだ。選手だけでなく審判員にも商品の愛用者は多い。
倒産から9年、変身しながら生き残る
かつて倒産した話も知られるようになった。前身のベルガード株式会社は2012年に経営破綻したが、同社社員だった永井氏が商標を引き継ぎ、新会社・ベルガードファクトリージャパン株式会社を設立。地道に販売を続け、小規模ながら右肩上がりで業績を拡大してきた。
一昨年は、破綻前の3分の1の社員数(達成時は4人、現在は5人)で倒産時の数字(金額は非公表)に並んだが、コロナ禍で環境が悪化した。
それでもV字復活し、手堅く運営できるのは、長年野球界で活動する永井氏の人脈を駆使した販売促進とコスト低減にある。
たとえば、倒産時はOEM(相手先ブランドへの供給)だった防具を自社ブランドに切り替えて、利益を改善させた。また、多額の費用をかけて製作していた商品カタログ(冊子)も、現在は商品撮影を自分たちが担当して自社サイトで紹介。費用は100分の1以下となった。
倒産後の期間を、注目度で並べると以下の流れとなっている。
・「防具をOEMから自社ブランドで訴求」→「MLB有名選手が愛用」→「ブランドの認知度が高まる」→「一般消費者の購入増加」→「コラボ企画が次々に舞い込む」→「有名選手や著名人が同社ブランドや提携ブランドを着用」→「メディア露出で注目」
筆者は永井氏を倒産前の社員時代から取材してきたが、メディアが注目する会社の経営者となっても態度は変わらず、淡々としていることも補足しておきたい。
伸びる事業もあれば、沈む事業もある
もちろん、良い話ばかりではない。以前の記事で同社の「韓国事業は7割減」と紹介したが、2020年の春以降、韓国との取引はほぼゼロになった。
もともとベルガードは韓国市場に強く、韓国プロ野球選手は同社の防具を愛用し、韓国代表チームにも納品。その流れで、同国の消費者が愛用し始めた市場だった。
だが、日本と韓国の関係悪化に加え、新型コロナが韓国も襲った。「反日感情+コロナ」で取引が消滅したのだ。総売り上げに占める韓国市場は小さかったが、「昨日の顧客が明日も顧客でいる」時代でないのは、今回のコロナ禍で我々も大いに痛感した。
メーカーとしてのベルガードの最大の強みは、前述した例のように「プレー中の身体を守る」だが、コロナ禍のマスクもまた「身体を守る」商品だ。
本業と関連する事業に早めに種をまけば、「何かが助けてくれる」時もある。マスク人気の将来性はわからないが、「手の届く価格で発売」という種をまいたからこそ、収穫もできた。
昨年掲載の本連載記事で、筆者は次のように記した。
<今後は「多くの会社員が”業務委託契約”で働くような存在」となり、「組織にいてもフリーランス意識が高まる」と感じている>
この思いは今も変わらない。培った経験・人脈をもとに起業し、変身しながら生き残るベルガードの事例は、大企業の正社員であっても「生き方の参考」になると思う。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)