マクドナルドと大戸屋、明暗分けたマーケティング…“ノイジー・マイノリティ”への配慮で差
これまでマーケティングがビジネスをはじめ、世の中に大きく貢献してきたことは間違いないであろう。売り手志向から買い手志向への転換により、多くの商品やサービスは顧客にとって好ましいものになっている。
売り手志向では、たとえばエンジニアは本質的にはより高い機能的価値の実現に注力してしまう。“史上初”といった商品を、自らの名前により世に誕生させたいわけである。しかし、一般的には高い機能的価値の実現はコストアップ要因となり、販売価格も上昇してしまう。
さらに、あるプレス機メーカーが1時間に1000枚を打ち抜けるプレス機を2000枚へと機能的価値を向上させたが、価格アップに加え、多くのユーザー企業の必要数量を大幅に超えてしまい、在庫の置き場が必要となることなどから拒絶され、深刻な販売不振に陥ってしまったといった話も有名である。つまり、顧客の声を聴くこと、ニーズに注目することは極めて重要である。
しかしながら、何事にもバランスは必要である。たとえば、“おもてなし”の重要性が声高に叫ばれる昨今、過度のサービスの提供により、困惑もしくは逆に居心地の悪い思いをする場合が筆者にはある。おそらく、サービスを提供するスタッフも、ここまでのサービスはさすがにやり過ぎと自覚しながらも、マニュアルに従い業務を進めているのではないかと推測している。
このように理不尽な思いをしながら業務を行うことは、当然のことながら従業員満足度の低下につながっていく。もちろん、過度なサービスを提供するには、その分余計なコストが必要となるわけであり、売り手・買い手ともに不幸な状態である。
また、アーティストが自らの熱い思いを封印し、顧客である視聴者を対象にクリエイティブな作業を行っても、顧客を大いに刺激するものが生まれるとは考え難い。そもそも、そうした行為は楽しくないだろう。厳しいビジネスの世界に“楽しさなんて甘い”との意見もあるだろうが、これからのマネジメントやマーケティングにおいては、こうした視点が重要になるのではないかと感じている。
“ノイジー・マイノリティ”(ノイジー・マイナー)
ICTの進歩が目覚ましい現代社会において、消費者は大衆に向け、簡単にメッセージを発信できるようになっており、時に大きな影響を与える。また、競争が激化する市場環境において、多くの企業はこうした消費者の声に俊敏に対応することにより、他社との差別化を図ろうとする動きも目立っている。
先日、青山学院大学の久保田進彦教授と話している際、“ノイジー・マイノリティ”(ノイジー・マイナー=声高な少数派)という言葉を初めて耳にした。確かに、物言わぬ多数派を意味する“サイレント・マジョリティ”という言葉があるゆえ、その対義語が存在することは驚きに値しないが、あまり耳にしない言葉である。
近年、企業が顧客の声を注視することは理解できるものの、あまりに“ノイジー・マイノリティ”の声に振り回され、“サイレント・マジョリティ”を軽視し過ぎではないかという話になった。つまり、一部の熱烈なファンのニーズを重視するあまり、大多数を占める普通の顧客のニーズとの乖離が大きくなり、結果、業績を悪化させるケースが目立ってきているのではないかということである。
大戸屋とマクドナルド
たとえば、業績不振に陥ってしまった大戸屋の場合、大多数を占める普通の顧客は大戸屋に“安くておいしい”を求めていたにもかかわらず、健康志向や高品質を求める一部の熱烈なファンのニーズに応えようと中価格帯の店にしてしまった。逆に、業績好調なマクドナルドは、以前はカロリーの低さなどを重視した商品展開を行っていたが、現在は“背徳感”をキーワードに“ガッツリした美味しさ”を前面に打ち出し、人気を回復させている。
(詳しくは、久保田進彦『普通の人の大切さ』)
もちろん、顧客の声を聴く重要性に異論はないものの、注目すべき層を、いかに取り入れるべきかなどに関して、精緻な検討が必要である。さらに、大きく捉えれば、これまでの“Customer is king”(顧客は王様である)、“The customer is always right(顧客はいつも正しい)”というスタンスを見直し、どう捉え、いかに対応していくのかを再検討する時期にあるように思われる。
“共創”というキーワードもひとつの視点かもしれないが、個人的には買い手・売り手ともにハッピー、楽しいといったポイントに注目していきたい。
(文=大﨑孝徳/神奈川大学経営学部国際経営学科教授)
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