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名門校・武蔵、東大合格は二の次の「スゴい教育」…驚愕の授業内容、真の自主性育成

構成=小野貴史/経済ジャーナリスト

 開成・麻布と並び、中学受験における男子御三家の一角と称される、私立・武蔵高等学校中学校。武蔵は、毎年難関大学に多数の進学者を出す屈指の進学校だが、徹底したリベラルアーツ教育で生徒の自主性を養う方針を掲げ、「難関大学進学」を二の次とする風潮が強い。

 今回は、『名門校「武蔵」で教える 東大合格より大事なこと』(集英社新書)の著者で育児・教育ジャーナリストのおおたとしまさ氏に、そんな武蔵の魅力について話を聞いた。

――おおたさんは麻布学園のご出身ですが、武蔵に着目された理由はなんでしょうか。

おおた氏(以下、おおた) 武蔵は私の教育観に近いと感じたからです。武蔵は筋の通った教育を実践しているにもかかわらず、東京大学の合格者数だけをとって「凋落した」と言われることに、忸怩たる思いを抱いていました。世間では「東大ばかりが大学じゃないよね」と言われる一方で、東大合格者数が偏重されるというダブルスタンダードが定着しています。そういう現在の学校教育の矛盾をあぶり出すのに、武蔵は格好の題材だと考えて本書を執筆しました。

――武蔵が中高6年間をかけてやりたいことは、生徒にリベラルアーツを習得させて、自分なりの世界観を築き上げるための素地をつくることだと、本書を読んで感じました。

おおた おっしゃる通りです。純粋に本来的な意味でリベラルアーツ教育を行っています。それは、武蔵が現在の中高一貫校に大学の教養課程を合わせたような形態である「旧制7年制高校」として創設された歴史にも由来します。本当の意味でのエリートを育成することを宿命づけられて創設されたのです。ヨーロッパのエリート教育と同じです。哲学も、歴史も、文学もわかる生徒を育てるという教育で、武蔵は英イートン校をモデルにしたといわれています。「普通の私学とは違う」という気概を持って歩んできた学校です。

――武蔵の教師たちは、「東京大学の合格者数が減って御三家から凋落した」などと言われていることを、気にしているのでしょうか。

おおた 武蔵は、東大合格者数の増加を目標としていません。開成も麻布も、東大合格者数の目標を設けていませんが。ただ、東大を目指すならそれを全力で応援するスタンスはどこも同じです。どんな大学にでも行ける力をたくわえさせておくために、特に低学年のうちは補習授業などに力を入れています。

――武蔵の生徒の保護者たちは、自身の子どもが東大に合格できることを強く期待しているのでしょうか。

おおた 武蔵の教育として、そこを第一に期待している保護者は少ないと思います。多くの保護者は武蔵の教育観を評価して、武蔵を進学先に選んでいるのではないでしょうか。逆説的になりますが、東大合格者数が減っているなかで、あえて武蔵を選ぶのは、武蔵の教育観を評価しているからです。「東大合格者数が減っていても、武蔵の教育観を学んで人生を創造していけるなら武蔵に入学させたい」と考える保護者が多いのだと想像できます。

武蔵の教師

――武蔵では、どんな方法で教師を採用しているのでしょうか。

おおた 武蔵の元教師だった方に聞いた話ですが、大学の教員でメジャーではない分野の研究を続けていて、その研究だけでは生計を立てるのが難しいという方を引っ張ってくることが、採用のコツだそうです。研究者であり続けることは武蔵の教員の重要な条件です。

――1年間のカリキュラムを組む際に、教科主任などの責任者に承認を得るというプロセスをたどるのでしょうか。

おおた いいえ。大枠は学年や教科ごとに決まっていますが、細かい教育内容は教師一人ひとりに任せています。教材の選定から教え方まで、教師の判断で行っています。どの教師も武蔵の教育理念を理解して勤務しているので、教科主任などが事前にチェックするというプロセスは経ていないでしょう。

――教師の人事評価はどのように行っているのでしょうか。

おおた 民間企業のように数値目標を示して業績評価をするようなことは、行っていないでしょう。かつて修道高校が業績評価を導入したことがありますが、教師の仕事にはなじまないので、すぐに廃止しました。私の母校である麻布では、教師の給与体系は年齢給で、在籍年数も加味されないと聞いたことがあります。私は現在45歳なので、かりに麻布の教師になれば45歳の給与が適用されるわけです。おそらく、多くの私立中学高校で、数字で教師を評価して給与に反映させるというような方法は取り入れていないと思います。

――教育成果の目標を設けないと教師はモチベーションを保ちにくいと思いますが、大学合格実績を目標せずに、武蔵の教師たちはどのようにして自己研鑽を図っているのでしょうか。

おおた 自分の研究活動を続けている方が多く、学会発表なども行っており、それが自己研鑽につながっていると思います。さらに研究を目的とした1年間の海外留学制度(国内も可)があり、これも教師の研究活動を推進する機会になっています。教師が自分の評価を上げることを仕事のモチベーションにしてしまったら、おしまいでしょう。

男子校・女子校の価値

――麻布武蔵のような校風と対極の進学校に、たとえば管理統制イメージの強い巣鴨があります。どちらの教育方針が望ましいと思いますか。

おおた いろいろな方針の学校がないと社会のバランスが取れないので、どちらのタイプの学校も必要です。どちらが望ましいかは生徒個人の性格にもよるでしょう。麻布や武蔵の教育方針が良いのか、巣鴨が良いのか、それは生徒本人によって違ってきます。

――都心の中高一貫の進学校は男子校と女子校に分かれていて、男女共学の進学校は渋谷教育学園渋谷中学高等学校ぐらいだと思います。男女平等が進む時代にあって、男子校、女子校というあり方には修正が求められることはないのでしょうか。男女共学のほうが、異性との距離感なども学べるはずです。

おおた 少子化にともなう生徒数の減少対策として、男子校も女子校も男女共学に転換する流れがあります。全国に約5000の高校がありますが、公立と私立を合わせて男子校は2.5%、女子校は6%にすぎなくなりました。

 確かに異性との距離感を学ぶうえでは共学のほうが良いという面もあるでしょうが、そもそも中学と高校は生徒が自分を見つめ、自分を創り上げる場です。それに男子校も女子校も学内に性差の概念がないので、異性を意識せずに自分と向き合うことができて、自分の好きなことに没頭できるのです。

 女子校なら、文学少女でも男子の目を気にして今風に振る舞うプレッシャーもなく、文学に打ち込めるでしょう。また、女子校の学園祭では、女子が力仕事をこなすので、「この作業は男子、この作業は女子」というような性差がなく、性差への固定概念も形成されずに幅広い経験ができます。

 さらに欧米では、男女共学よりも男女別学のほうが、学力が伸びて進路の多様性にもプラスであるという研究結果が複数報告されています。21世紀に入ってからアメリカやニュージーランドでは、男女別学を見直す機運が高まっています。

――今日はありがとうございました。
(構成=小野貴史/経済ジャーナリスト)

小野貴史/経済ジャーナリスト

小野貴史/経済ジャーナリスト

1959年茨城県生まれ。立教大学法学部卒業。経営専門誌編集長、(社)生活文化総合研究所理事などを経て小野アソシエイツ代表
著書「経営者5千人のインタビューでわかった成功する会社の新原則」

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