2回目の緊急事態宣言が発令中の1月下旬、とある飲食店の取り組みが夕方のニュースで紹介された。それは、新型コロナウイルスに罹患し、外出がままならない一人暮らしの自宅療養者にお弁当を置き配で届けるというもの。代金は“回復払い”(自宅療養が終わってからの支払いでOK)で、注文はお店のSNSで受け付けている。
医療従事者や子どもたちにも食べ物を提供
この取り組みを始めたのは、千葉県松戸市の商業施設「キテミテマツド」の10階にある「大衆食堂 ことこと」の店長・伊藤勇太さん。何らかの使命感に駆られた熱血店長なのか、それとも無償の愛を振りまく聖人君子なのか、興味津々で会いに行ってみたところ――「コロナの自宅療養者に深い思い入れがあるわけじゃないんですよ」と申し訳なさそうに語り出した。
誤解が生じないように補足すると、「コロナの自宅療養者“だけ”に特別な思い入れがあるわけではない」が真意。というのも、過去に伊藤さんは台風被害に遭った房総へ炊き出しに行ったり、子ども食堂で定期的にお弁当を提供したり、といった活動をしてきている。去年の10月にはクラウドファンディングで支援者を募り、集まった資金で、コロナ患者を受け入れている病院の医療従事者やコロナ禍で不安を抱えて暮らす子どもたちに、ホットドッグなどの食べ物を配った。
つまり、以前から継続的に支援活動を行っており、今回だけ特別な思いで取り組んでいるわけではないのだ。今まで通りに「“食”で、人のために何かできたらいいなあ」と考え、始めたのが、今回の「自宅療養者へのお弁当支援」だったのである。
そんな伊藤さんが飲食業界に飛び込んだのは、約10年前のこと。29歳のとき、ワーキングホリデーでカナダのトロントに行き、アルバイトをしたホットドッグ店で飲食業界の楽しさを知り、帰国後に「Mike’s HotDog」というキッチンカーを始めた行動派である。
そのキッチンカーは、イベント会場などで大きな催しの際に出店すると、2時間で50食から70食が飛ぶように売れたという。その後、ちょっとした縁があり、コロナ禍の真っ只中の昨年10月にキテミテマツドで「Mike’s HotDog&Steak」をオープン。今年1月に「大衆食堂 ことこと」に業態変更し、今に至る。
「店舗を持つようになって初めて、キッチンカーがどれだけ恵まれた環境だったのか気づきました。固定店舗だと、ランチで50食なんてすごく大変ですからね」(伊藤さん)
昨年末の「Go To イート」で一時的に売り上げは回復したが、今年に入ってからは再び厳しい状況が続いている。
「店舗は家賃やアルバイトへの給料などを払うと、利益はほとんど残りません。10年ほど続けてきたキッチンカーも、コロナ禍でお祭りやイベントが軒並み開催中止になっているので、厳しい状況です」(同)
時短協力金はもらえず大ピンチに
緊急事態宣言下では20時までの時短営業に変更して協力金をもらう飲食店も多いが、「大衆食堂 ことこと」はもともと20時までの営業だったため、協力金をもらうことができない。
「もうどうにもならないから、『まあ、いいや』って感じです」と苦笑いする伊藤さんだが、店を閉めた後の平日夜にフードデリバリーのアルバイトをする中で、新たな気づきが生まれたという。
「配達のアルバイトは副業とはいえ、すごく勉強になるんです。よく注文される価格帯や売れ筋の商品がわかるので、本業をやる上でとても参考になりますね」(同)
本人いわく、先のことは「まあ、なんとかなる」と考えるタイプとのこと。だからこそ、自身が厳しい状況にあっても、「“食”で、人のために」という思いが生まれるのだろう。
前述のクラウドファンディングの活動では、松戸市内の子ども食堂を4カ所ほど回り、各100食くらいを子どもたちに提供した。そのとき、特に印象に残っているのが、子どもからもらったお礼の手紙だという。
「お礼の手紙をもらったり、帰り際にキッチンカーを名残惜しそうに見送ってくれた子どもがいたりして、一瞬だけ『お金じゃないな』って思いましたね」と顔をほころばせつつ、「10秒後には、『やっぱりお金だな』って思うんですけどね」とオチをつける。
茶化しながら話しているものの、“食”で多くの人を笑顔にできる喜びや充実感は計り知れないほど大きいに違いない。
ちなみに、今回の自宅療養者へのお弁当支援を始めるきっかけは、神奈川県にあるお好み焼き店が同様の取り組みをしているのを知ったことだという。そこで「うちもやってみよう」と考え、ツイッターでつぶやいたところ、テレビ局のスタッフの目に留まったらしい。
「テレビ局から取材の依頼が来たとき、『うちは二番煎じだから、最初に始めたお店を取材してください』って伝えたんですよ。そうしたら、『実は取材を断られたんです』って言われまして。お店の名前を売ろうとしたり、周りから賞賛されたくてやったりしているわけではないのが格好いいですよね。でも、僕はそんな高尚なことは言えないので、『それなら、お受けします』って(笑)」(同)
伊藤さんが他店の取り組みを見て行動を起こしたように、伊藤さんの行動がメディアで伝えられれば、今度はそれを見た人の中で新たな取り組みが生まれ、支援の輪が広がっていってもおかしくない。
「いろんな人がそれぞれの職業や立場で“できること”をやれば、世の中がうまく回るんじゃないかな、って思うんです」(同)
新型コロナウイルスの流行により、健康面や金銭面で苦しい状況に陥った人は数え切れない一方、医療や支援によって人の温かい心に触れ、救われている人もまた、数え切れないほどいるのではないだろうか。
(文=若松喜徳/フリーライター)