今年の「春のお彼岸」は3月17日から3月23日だ。「春分の日」(2021年は3月20日)を中日として前後3日間、計7日間がそれにあたる。新型コロナウイルス禍での生活が1年以上となり外出自粛が続くが、通常なら日差しも春めいて、お墓参りに訪れる人も多くなる時期だ。
そこで今回は「お墓・葬儀」について考えたい。日本の葬儀は「仏式が約9割」といわれ、昭和・平成・令和と時代が変わっても、この傾向は変わらない。
多くの若手社会人は、お墓や葬儀について真剣に考えることは少ないだろう。なかには早くに親の死と直面した人もいるが、全体的にはまだまだ親も元気で、数年に一度、親戚の法事に参加する程度のようだ。
一方、ビジネス誌では時々取り上げるテーマで、筆者も何度か記事を担当してきた。今回は大手葬祭業の「メモリアルアートの大野屋」に取材し、コロナ禍の事情を探った。
コロナ感染の「著名人の訃報」もきっかけに
メモリアルアートの大野屋の上原ちひろ氏(経営企画本部 広報部)は、こう話す。
「お客様の年齢や家庭環境によって異なりますが、さまざまなご相談を受けています。新型コロナで著名人の方が亡くなる報道を目にしたことをきっかけに、『他人事ではなくなった』と話し、事前準備に関する資料請求やご相談をされる方もいらっしゃいました」
具体的に、志村けん氏の名前を挙げる人も何人かいたという。2020年3月29日、日本を代表するコメディアンとして長年活動し、直前までテレビで活躍していた志村氏がコロナに感染して亡くなったことが報じられ、多くの人に衝撃を与えた。「2020年に亡くなった著名人のなかで、もっともショッキングだった」という声も目立った。
「コロナ禍が影響した例としては、『葬儀や法事に参列すべきか、しないほうがよいか』といったご相談を受けたり、『郷里の墓が遠くて管理しにくい状況で、コロナの影響でさらに足を運ぶことが難しくなり、墓じまいに踏み切った』と言う方もいました」(上原氏)
同社は戦前の1939年に東京・多磨霊園裏門前に石材店「大野屋」を開業し、戦後は葬儀関連事業を拡大。1995年に「大野屋テレホンセンター」を開設し、葬祭に関する問い合わせに無料で答えている。開設以来の問い合わせ件数は、のべ35万件を超えたという。
相談内容は個別性が進み、より具体的に
現在、メモリアルアートの大野屋では、祖業である「お墓」(墓地・墓石)のほか、「お葬式」「仏壇・手元供養」といった事業を展開する。内訳は「全売上高の6割弱がお墓、葬儀が3割程度、残りが仏壇や手元供養等」だという。
相談内容はテレホンセンターへの電話・メールのほか、店舗に来店した顧客との対面でも行われる。現在は、コロナ禍を考慮してリモートでの相談も受けつけている。電話相談が開設された1995年は、「Windows95」の発売年だ。四半世紀を経て相談内容も進化した。
「以前から多い質問のひとつである、葬儀や法事の『香典』は、今やインターネットで簡単に目安金額を確認できます。ただし、血縁関係だけでない親しさの度合いなどが、ネット情報ではピタリと合致しないため、自分と相手との関係、これまでの付き合いなどを細かくお話しされ、『この場合はいくら?』といった、より個別性の高い具体的なご相談となっています」(同)
近年増えているのが、「永代供養墓」や「墓じまい」の相談だ。
「当社では、お墓の引越しや墓じまいに関するガイドブックを無料で提供しています。資料請求の連絡をいただく方の多くは、『子供がいないので、墓を継ぐ者がいない』『お墓のことで息子や孫に負担をかけたくない』などの悩みを持っています」(同)
「子や孫に負担をかけない」意識は強い
一般消費者の声も聞いてみた。「両親も元気で葬儀事情については不勉強」と前置きする会社員の男性(30代前半)は、「子どもを持つ立場では、お墓・葬儀で子どもに負担をかけたくない」と話す。まだ現実感は薄いが、積立型の金融商品なども気になるという。
数年前の取材で、当時60代後半の自営業の男性(著述業)は、こう話していた。
「生家近くのお墓を『墓じまい』しました。親も九州から東京に呼び寄せ、現在は親戚付き合いもほとんどない状況です。現地に行くまで時間と費用もかかるので、東京都内の自宅近くにお墓を移したのです。ずっと気になっていたので、スッキリしました」
年齢や個人差で切実度が違うが、子や孫に負担をかけたくないという思いは同じだった。
厚生労働省の統計では、2009年度は7万2050件だった「改葬」件数(お墓や納骨堂に納めた遺骨を、ほかのお墓や納骨堂に移すこと)は、2018年には11万5384件と10年で約1.6倍に増えた。大野屋には「お墓の引っ越しサービス」事業もあり、他の業者も手がけている。
生花祭壇やリビング葬…中身も多様化
高齢化や核家族化、時代の変化もあって、葬儀へのニーズは多様化している。身内中心で故人を見送る「家族葬(密葬)」や、通夜や告別式をせずに火葬のみを行う「直葬」を選ぶ人も増えた。長年、通夜の翌日に告別式の形式が続いたが、告別式のみの「一日葬」も多い。
故人の親族や友人も高齢化が進み、参列できないケースも目立つ。「墓じまい」はそうした意識の延長線上にあるが、完全になくすのではなく、多くはなんらかの形で供養している。
また葬儀場所も、平成の初期から「自宅」「寺院」ではなく「〇〇会館」や「セレモニーホール」などの葬祭会館に移り、現在はこちらが主流だ。
葬儀のやり方も変わってきた。昔ながらの白木祭壇ではなく、色とりどりの花で祭壇を飾る生花祭壇が主流となった。だが、いずれの流れも、大都市圏と地縁を重視する地方では温度差があることは補足しておきたい。
大野屋には「リビング葬」もある。これは親族や友人・知人など親しい人が、お別れ時間を自宅に近い形で過ごすことができるもので、専用式場「フォーネラルリビング小平」「同横浜」もある。遺体を安置するリビングルームのほか、食事ができるキッチン・ダイニング、休憩もできる和室、シャワールームやクローゼットも備える。
従来型の遺体安置場所とは違い、温かみのある空間で故人を偲ぶことができそうだ。
「ペットと一緒に埋葬」もできる
ニーズの多様化という面では、近年は可愛がっていた犬や猫などのペットと一緒に埋葬されたい人もいる。「海中散骨」や「樹木葬」も人気だが、どこでどう行うかで法律面や前提条件が煩雑となる。ここでは「ペットも一緒に入れるお墓」について紹介しよう。
法律ではペットを一緒に埋葬すること(共葬)は禁止されてはいない。
「ペットの遺骸は人間の遺体とは違い、法律上は“一般廃棄物”と同じ扱いです。人間と同じお墓に入れるときは、故人の愛用したメガネを骨壷に入れるように、“副葬品”の扱いで納骨することになります」
以前に取材した寺院の副住職はこう解説してくれたが、「ペットの遺骨=廃棄物」は、専門家でも解釈に温度差がある。ここでは「ペットと人間の遺骨は取り扱いが違う」「一緒に埋葬するのは条件をクリアすれば問題がない」と理解したい。
大野屋は2003年に「町田いずみ浄苑フォレストパーク」(東京都町田市)で提供を始め、「Withペット(ウィズペット)」の商品名(登録商標)で事業を行っている。首都圏や関西圏で10の霊園や寺院で取り扱い、完売したところもある。
人間の葬儀や埋葬は、厚生労働省の『墓地、埋葬等に関する法律』(墓埋法)で定められているが、ペットと一緒に埋葬することは、公営霊園や民営霊園の墓地規則にもよる。ペットも一緒に埋葬できる霊園のほか、ペットの遺骨だけを埋葬できるペット霊園もある。興味を持つ人は費用面に加え、メリットとデメリットも確認しておきたい
「料金への不信感」は、相談と質問で解決
身近な人の葬儀は、たとえば50代で夫婦双方の両親が健在の場合、数年の間に何度も行う可能性がある。独身でも無関係ではいられない。最後に、葬儀とどう向き合うかを考えてみよう。
よく言われるのが、料金への不満だ。ネットでは全国平均で約200万円という数字も出てくるが、内容次第で大きく変わる。葬儀料金は「葬儀社への支払い」と「寺院など宗教者への支払い」に分けられる。小規模な葬祭を掲げる業者も増え、葬儀料金は明朗化されてきた。
ただし葬儀関連費用として、参列者へ提供する飲食代は別に発生する。返礼の商品でも費用が発生する。参列者に返す「返礼品」、香典額に応じてお返しする「香典返し」もある。
寺院への支払いでも費用がかさむ。「お布施の金額」「戒名料」への不満も多い。「お布施」とは、葬儀で読経を上げたり、故人に戒名をつけてくれた僧侶にお礼として渡す金銭だ。地域や寺院によって事情は異なる。菩提寺などがつける戒名料の相場もわかりにくい。
故人が交友関係の広い人や、働き盛りで亡くなった場合は参列者も増えるだろう。家族葬以外の場合、遺族は誰を呼ぶかで頭を悩ませる。その昔に喪主を経験した立場や、現在までの取材経験では「交友関係を考えるのは大切だが、考えすぎるとキリがない」とも思う。
現在は情報収集が簡単に行える時代だ。自分で調べた上で専門業者と向き合い、費用は納得できればきちんと支払うという姿勢で、真摯に相談するのがよいだろう。コロナ禍で「オンライン葬儀」もあるが、将来的にはどうか。情緒性と合理性のバランスが大切だと感じる。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)