スピリチュアルに関する勉強を積み、ブログを開設して間もないA子のもとに、次のようなメールが届いた。
「突然のご連絡恐れ入ります。出版社B社編集担当のCと申します。今回、自分らしい幸せな生き方をテーマとした本の出版を企画しており、書籍を執筆いただける方を探しております。候補者様探しをしているなかで、貴女様のブログを拝見した際、印象的であり、ぜひお話しをお伺いしたくご連絡を差し上げました」
A子は「このメールをどう思うか」と、出版業界に長く携わる私に相談してきた。私は、A子のブログを読んでみた。内容は意味不明で、日本語になっていなかった。始めてから5日しか経っておらず、記した回数もわずか5回。商業的価値があるとはとても思えないものを、メールの差出人は「印象的」と綴っている。
なぜ出版社はA子に連絡してきたのか。それは、自費出版の誘いだからだ。
「これまでのご経歴やご活動内容をはじめ、豊富な知識、人生観なども書いていただければと思っております。せっかくであれば、集客効果のある出版に繋がればともイメージしております」と、メールの文面は続いていた。
絵本1000部の費用は180万円
商業出版=「本を売って利益を得る」ビジネスなのに対し、自費出版は本を売るのではなく、本をつくって利益を得るビジネスモデルだ。つまり、「著者が金を出して本をつくる」手法であり、主なジャンルは作品集や絵本、自分史など。企業や自治体が作成する小冊子も、広い意味で自費出版だ。
多数の読者などは見込めないため、当然だが、ベストセラーなど夢のまた夢。費用の相場は、発行1000部として概ね100万~200万円超。出版社や企画内容、本の装丁や刷り部数によっては、もっと高額となるケースもある。
商業出版では出版社から支払われる印税などが著者の利益となるが、自費出版では(契約内容にもよるが)売れた分の利益は概ね著者のものとなる。とはいえ、無名の個人がいくらがんばっても、本の売り上げは雀の涙である。
2年前に自費出版を経験したDさんの話を聞いてみよう。
「どうしても絵本がつくりたくて、ある出版社のコンテストに応募しました。落選した数日後に『落選しましたが、とてもいい内容です。我が社で出版をしませんか』と連絡が来ました。総費用は1000部で180万円でした。出版社は『書店販売をする』と言っていましたが、書店を数軒回っても、置かれてはいませんでしたね」
Dさんは売れ行きに関しては無関心で、もとより絵本をつくって儲けようという気などなかった。「とにかく自分の作品を世に出したかった」ため、トラブルには至らなかった。
「絵本が新聞などで取り上げられたのがうれしかったです。後で、出版社が話題づくりのために新聞社に情報を流してくれたと知りました」
これを機に絵本作家になったかと思いきや、Dさんは絵本制作をやめた。「絵本をつくること」がゴールだったわけだ。
こういう人なら、自費出版は大いにありである。
ブログが“ターゲット探し”の場に
逆に、「ベストセラー作家になりたい」という夢を持つ人が金を出すのも自費出版の世界だ。ある自費出版社に勤めていたE氏が、その事情を語ってくれた。
「我々の業界は、制作終了まで著者をフォローします。私も著者からの相談にはマメに乗りました。ただ、私が担当した人で人気作家になった方は皆無です。有名作家になりたい、という方は少なくなかったですが、私は心の中で常に『難しい……』と思っていました。
私たちは本をつくることがゴールですが、著者は壮大な夢を描いているわけです。昨今はSNSで自分をPRできる時代になりました。中でもブログは、その人の思いが詰まっているジャンルのため、ターゲットを探すのに最適なツールです。(冒頭の)メールの送信者は20~30人に送って1人引っかかれば御の字だと思っている、そんな気がします」
中には、かかる費用を丁寧に説明したり、売れる期待は持てないと真実を説明する社員もおり、そうした人や会社が信頼される業界だとも、E氏は語る。
本を出したい人には向いているが、有名作家になりたい人には不向き。それが自費出版である。
(文=千田崇/編集者)