ツイッターのツイートまとめサイト「Togetter」で【『コロナが流行って本屋が儲かる』各地の書店が客足急増らしい「発注が追いつかない」「今年は異様だと聞いた」なぜなのか?】というまとめがつくられている。それは、局地的な現象なのか。
前編では、出版販促会社として出版社および著者の販促サポートを行う、(株)出版SPプラス代表取締役の山本豊氏に、書店や出版業界の現状について話を聞いた。後編では、コロナ禍において売れている、もしくは苦戦している本のジャンルなどについてうかがう。
コロナ禍で売れている書籍のジャンルとは?
――コロナ騒動の渦中で、どういった書籍が売れているのでしょうか?
山本豊氏(以下、山本) まず、休校の影響による児童書や学習参考書といった子ども向けの書籍ですね。また、漫画のいわゆる「大人買い」も見られるようです。ただ、児童書、学習参考書、漫画はすべて、コロナだから売れたというより、もともと「強い」ジャンルです。
――全国出版協会・出版科学研究所の発表による出版業界(雑誌、書籍)の市場規模は1996年の2兆6000億円から2019年は1兆5432億円と縮小が続いていますが、その中で気を吐いているのが児童書や漫画なんですね。一方、苦戦しているジャンルはありますか?
山本 これもコロナに限らずですが、文芸書は苦戦する傾向が続いていますね。
――生粋の文芸書好きの人もいるでしょうけれど、文芸の場合、ほかのエンタメ、たとえば漫画や動画などに流れていく人もいるでしょうね。動画サービスでは月額1000円程度で見放題のものも多いですから、「1冊の書籍に1400円も出せない」という感覚は年々強まっているのかもしれません。
山本 ある書店員さんのお話ですが、女性向けの書籍は1000円を超えると一気に売れ行きが鈍るそうです。1200円でもダメなんだそうです。
――マーケティングの「4P」(プロダクト、プライス、プロモーション、プレース)の「プライス」で足切りされてしまうケースもあると。「いいものをつくってさえいれば売れる」と思っている人に聞かせたい、ショッキングな話です。
山本 コロナ禍だからこそ伸びているジャンルを挙げるとしたら、「レシピ集」ですね。巣ごもり生活になりますから。そのほかに「パズル雑誌」も好調です。一方で苦戦しているのは、やはり「地図」「観光ガイド」の類です。
――どれも納得のラインナップですね。観光ガイドをパラパラめくって、どこに行こうかなと思いを巡らす時間は贅沢だったのだと、今にして思います。
休業しても書店の負担が減らない理由
――「週刊少年ジャンプ」(集英社)も編集者がコロナに感染し発売延期になりましたが、書籍ではコロナの影響はどう出ていますか?
山本 書籍の流通は出版社→取次(問屋)→書店という流れですが、まず出版社側で4月発売の書籍を5月以降に、という動きは一部で出ているようです。一方、取次は現時点では物流は止めずに書籍の流通は行う方針です。
――流通は行われても、その先となる肝心の書店で営業時間短縮や休業が増えていますよね。
山本 休業していても取次による流通は行われる以上、それに対応する人を配置しないといけませんから、書店の負担は増しています。外出自粛により、今後はAmazonなどのオンライン書店が伸びるでしょう。
出版社によっては、発行部数を減らしたり重版になった際の刷り部数を絞ったりするケースも出てくるかもしれません。ただ、「発行部数、重版時の刷り部数の減少」は近年の傾向です。今回のコロナ禍が、その動きを後押ししたところはあるかもしれないですね。
ある大型チェーン書店の1日の売り上げは1億円とも言われています。時短や休業による影響は計り知れません。出版業界も今、かつてない緊急事態と言えますが、そもそも出版は不況に強い業界とも言われています。書籍がまったく読まれなくなるということはありませんから。
電子書籍の「便利さ」の前にピンチの紙媒体
出版の市場規模推移では、近年から電子書籍の比率が入るようになった。15年においては全体に占める電子書籍の割合は約9%だが、19年には約20%と倍増している。そして、今回のコロナ禍だ。電子書籍配信業者も、往年の名作漫画の全巻期間限定公開などのキャンペーンを積極的に行っている。今年は飛躍的に電子の割合が伸びるかもしれない。
連載「ネット依存社会の実態」では、アプリの利用動向を調査している株式会社フラーに、四半期ごとにスマホアプリの利用動向について聞いている。17年に「マンガアプリが伸びている」とうかがった際、正直自分は使わないと思った。この時点で、私は「書籍は紙」派だった。スマホの小さな画面で書籍など見にくいだろうと思った。
しかし、その後、実用書、特に専門書など難解な内容であるほど検索機能が使える電子書籍が便利なことに気づく。それでも漫画は紙のほうがいいと思っていたが「家にモノが増えない」「スマホさえあればどこでも漫画が読める」利便性を前に、19年時点ですっかり漫画も電子派になった。この間、株主優待券があったので久しぶりに紙の漫画の単行本を買ったが、家で場所をとる単行本の整理を数日で持て余しだし、心境の変化に驚いた。
確かに、スマホの小さな画面で書籍は見づらい。特に漫画は、ある程度の大きさがないと迫力や臨場感に欠けるとは、今でも変わらずに思う。しかし、それより紙の書籍の「場所をとる」「持ち歩くと重い」「持ち歩くと表紙の端が折れたりして嫌」というほうが不便だと思うようになった。
以前、ゲーム会社の開発者の方の講演で「不便さはコンテンツのおもしろさを阻害する(不便なら、いくらおもしろかろうが使ってもらえない)」という恐ろしい発言があったが、私の心境の変化からも、やはり「便利」は強い。コンテンツのおもしろさとまったく関係のないところが決め手になる現実がある。
「いい内容をつくる」だけではダメなのだ。やっぱり書籍は紙でないと、という「気分」など「便利さ」の前では脆い。そして、一度電子の便利さに慣れた人が「やっぱり紙で」に戻る状況は、自分の場合を踏まえてもちょっと考えにくい。「便利」から「不便」に戻るには、相当な動機が必要だ。そうなると、書店が置かれた状況はますます厳しい。
(文=石徹白未亜/ライター)
●山本豊氏ホームページ「(株)出版SPプラス」