毎年、年末から年始にかけて、筆者が勤務する大学院には、入学を希望する社会人たちが入試相談会に押し寄せる。社会人だけに、それぞれが具体的な実務上の課題を持って臨んでくる。
去る2月上旬に開催した相談会でも、奄美大島の焼酎メーカーの営業マンが参加していた。ご多聞にもれず、焼酎の売上が減少しているという。これは、この焼酎メーカーに限らず、多くのメーカーに共通の課題である。
相談会では何人かのグループに分かれて教員が対応するが、筆者が担当したグループには、この焼酎メーカーの営業マンのほかに、自動車部品メーカー、航空会社、コンテンツ配信会社などの社会人が参加していた。そこでの会話から、今の企業が抱える課題と転換点について考えるヒントが浮かびあがってくる。
モノ余りの時代に、何を売るか
事業を考える基本としてまず考えることが、「誰」に、「何」を、売るかということだ。この「何を」が意外と曲者だ。たとえば、焼酎メーカーであれば、「何を」は焼酎と考えるのが普通であろう。モノ不足の時代はそれでよかったかもしれない。しかし、モノが余っている今、単に焼酎を売ろうとしても売れないのだ。まして国内は少子高齢化ときている。
そこで必要になるのが編集力だ。この焼酎メーカーの課題に対して、現役の社会人学生(応援として参加)は、まさに編集力を活かしたアドバイスをしていた。それは、単に焼酎を売るのではなく、奄美大島という特徴を生かしてみてはどうかというものだ。奄美大島に足を運んでもらい、観光を楽しみ、そのなかで奄美大島の焼酎も選択肢の一つとしてはどうかという構想である。焼酎を売るのではなく、奄美大島を売るのだ。
聞いてみると、この会社の経営理念は、単に焼酎を売るというよりも、奄美大島の良さを知ってほしいということにあるしい。あとでサイトを拝見すると、なんと体験型のリゾートを開発している。現役の社会人学生のアドバイスは、まさに経営理念と合致していたわけだ。
編集力の時代
モノ余りの時代に必要とされるのは、点と点を結ぶ編集力である(スティーブ・ジョブズもスタンフォード大学の卒業式でこの点を強調している)。編集工学研究所を主宰する松岡正剛さんという方がおられる。世界的にも著名な方で、海外からも松岡さんに会いたいとやってくるという。
この松岡さんが主宰する学校では、編集力を徹底的に鍛えている。イシス編集学校と名付けられたその仕組みは、実によくできている。先ほどのアドバイスをした社会人学生は、イシス編集学校で編集力を磨いた人でもあった(実は、同僚教授にもイシス編集学校の卒業生がいる。しかも、そこでは先の学生の後輩となるというから面白い)。
話を元に戻そう。入試相談会に参加した筆者のグループには、航空会社の人がいる。映画などのコンテンツ配信会社の関係者もいる。そこに気づけば、航空会社と提携し、奄美大島を舞台とした映画を制作するといった、奄美大島を売るシナリオが描けるだろう。もちろん、ことはそう簡単には運ばない。社外の人たちを巻き込むのは容易なことではない。社内の人を説得するのはさらに大変だろう。なぜ、焼酎メーカーが観光業の手伝いをしなければならないのだと。
構想を実現するには、人を巻き込む力が必須である。一人では、一社では、モノ余り時代には太刀打ちできないからだ。それでも、こうしたことに気づくかどうか、編集力という第一歩を踏み出さなければ何も始まらない。
デザイン力の時代
同じようなことをカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)社長の増田宗昭さんが別の言葉で述べている。モノ不足だった時代を第一ステージだとすると、第二ステージはプラットフォームの時代であり、さらに第三ステージである現在は、提案力・デザイン力が要求される時代であるという。
ツタヤが提案したプラットフォームは、書店なら書店という単機能のプラットフォームから、顧客の立場に立った複合的なプラットフォームへの転換であった。本と音楽とビデオを揃えたツタヤはその先駆けであり、さらにその理想を追求したのが代官山T-SITEだろう。
増田さんはそうした「提案をつくり出す力」を「知的資本」と名付け、財務資本から知的資本への移行が今求められていると喝破する。増田さんが主張する提案力・デザイン力も、松岡さんが主張する編集力も、その本質は同じである。先の焼酎メーカーの課題に対して、奄美大島という観光資源にまで視野を広げ、航空会社やコンテンツ配信会社と提携してはどうかと考えるのは、まさに編集力であり、デザイン力だ。
愛知ドビー>のイノベーション
イノベーションも、まさに編集力であり、デザイン力だ。
愛知県に愛知ドビーという会社がある。社名より「バーミキュラ」という商品名のほうが知られている企業だ。蓋と本体との隙間がわずか0.01mm以下という隙間のないホーロー鍋は、隙間から水やうま味成分が漏れず、水を加えなくても、おいしい野菜料理ができる。フランス製のホーロー鍋にヒントを得て、さらにステンレス鍋の無水調理からアイデアをもらい、両者を結び付けた画期的な製品だ。まさに松岡さんの言う編集力であり、増田さんの言うデザイン力だ。しかし、簡単そうに見えた開発に実に3年という期間を要している。商品を発売して注文が殺到したときに、1個もつくれなくなったというほど、その製造技術は難しいものだ(だからこそ、競合が模倣しにくいということもある)。
話はここで止まらない。愛知ドビーは専任のシェフを雇い、バーミキュラを使った料理レシピを開発している。あるいは、バーミキュラを使った料理教室を伊勢丹新宿店で開催している。さらに、今度はライスポットという、バーミキュラという鋳物技術とエレクトロニクス技術を組み合わせて、美味しいご飯を炊くことができる家電製品を開発したのだ。炊飯器としてだけではなく、調理器具としても使える優れものだ。
愛知ドビーのイノベーションを見ていると、まさに編集力・デザイン力を体現している会社であることがわかる。そこに、技術を持つ中小企業が下請けから脱却し、自らのブランドを持ち、生き残る秘訣がある。中小企業の手本であるばかりか、大企業も、愛知ドビーのイノベーションから学ぶものが大いにあるだろう。
(文=宮永博史/東京理科大学大学院MOT<技術経営>専攻教授)
●参考資料
1.インタースコア: 共読する方法の学校、松岡 正剛・イシス編集学校、春秋社(2015/12/24)
2.知的資本論、増田宗昭、CCCメディアハウス、(2014/10/8)
3.カンブリア宮殿、愛知ドビー、2018年2月1日放映