カルビーは3月27日、松本晃会長兼最高経営責任者(CEO)が6月下旬の株主総会後に退任する人事を発表した。松本会長は2009年にジョンソン・エンド・ジョンソンの日本法人のトップからカルビーの代表取締役に就任してから9年、大幅に業績を伸ばしてきて、同社のカリスマ経営者といわれてきた。
突然の辞任発表を訝る声も多いのだが、私は2月の本連載記事で松本会長の離任を促していた。カリスマ経営者とされる松本会長にそのような提言をしたのは、私が見た限り、その時点ではほかに見当たらなかった。
松本会長はなぜ突然辞任したのか。プロ経営者がぶつかる壁について解説したい。
歯切れの悪い退任会見
今回の退任発表は突然のことで、大きな驚きをもって迎えられた。というのは、松本会長があえて退任しなければならないような事案・案件、業績の絶対的な不調などがカルビーには見当たらないと理解されているからだ。
「どこか不可解な感覚も漂う退任会見だった。27日、帝国ホテルに姿を見せた松本氏は『前職のジョンソン・エンド・ジョンソン(の日本法人)でも社長を9年務めた。カルビーでも一区切りと判断した』。辞める理由らしい理由はこれだけだ。相談役や顧問にもならず、次の体制も『決まっていない』という」(3月28日付日本経済新聞Web版より)
後任会長は伊藤秀二社長兼COOと見られている。社内的にはそれが順当なところだろうし、松本会長の退任が緊急だったので外部から新たに別のプロ経営者を招請してくるような時間的余裕もないだろう。
しかし、伊藤氏を抜擢するために松本会長が勇退する、ということでもないようだ。松本会長が伊藤社長に退任の意思を告げたのは3月中旬のことだとされる。
「3月中旬の週末、栃木県内で開かれた、カルビーの社内イベント終了後のこと。松本晃・会長兼CEOは一緒に食事をしていた伊藤秀二社長に、唐突に切り出した。『僕はもう今期で降りるわ、いい潮時だよ。僕が辞めた後も伊藤さん、カルビーをよろしくお願いします』」(3月29日付東洋経済オンライン記事『カルビー、「カリスマ経営者」突如退任の理由』より)
この日を境にカルビー社内は大騒動となったと見られるし、3月27日に発表記者会見が行われるや、今度はカルビー外部のメディアも一斉にその理由などを憶測する状況が出現した。
2月に退任勧告をしていた
私は2月16日付本連載記事『カルビー、突然に急成長ストップの異変…圧倒的ナンバーワンゆえの危機』で、このカリスマ経営者に対しての次のような言葉を贈った。
「私も経験したことだが、外から乗り込んだプロ経営者も数年すると、改革のカードを切り終わってしまって、手詰まりになることがある。松本会長が活躍するステージを変えることも有用なこととなるのではないか。新天地でさらなるトラック・レコードを積み上げるのはどうだろう。」
私自身、8年前に現役経営者を引退するまで、37歳から22年間、6社で経営を任された、いわばプロ経営者の走りだった。プロ経営者が培った私の感懐、それがダイレクトに松本会長に入り込んでしまったのではないか。成功したプロ経営者の疲れ、というものが松本会長にあったとしたら、2つの領域が考えられる。一つは無限的な業績伸張への期待からの逃避願望だ。もう一つは自分を招聘してくれた資本家、あるいはオーナー、外資なら本社側の上司との関係だ。
好調すぎて手詰まりとなった
松本会長がカルビーに着任したのが09年。松本時代のカルビーの業績は、素晴らしかった。09年のグループ連結年商額は1373億円だったが、直近の17年3月期のそれは2524億円だった。8年間もの間、毎年平均して約9.0%の成長を持続してきたことになる。多くの経営者ができることではない。
営業利益の回復はさらに顕著だ。09年の対売上高営業利益率はほぼゼロだったのが、翌10年には早くも6%を超え、17年には11.4%と高い数値を実現した。
ところが足元を見ると、カルビーでは18年3月期の予想を売り上げ2560億円(対前年比1.4%増)、営業利益275億円(同4.7%減)としているが、第3四半期は対前年で売り上げがマイナスとなっていて、年度末の通期増収を危ぶむ向きもある。そうなると、8年間続いてきた連続増収もストップしてしまうことになる。輝かしい改善実績を誇ってきたカリスマ経営者なら憮然としてしまう状況が近いのだ。
財務上の手詰まりを再び大きく改善する戦略的な環境も整っていない。カルビーはポテトチップスで国内シェアを71%も取っている(富士経済「2017年食品マーケティング便覧」より)。こんな巨大なシェアを実現したということで松本経営を囃す向きも多いのだが、そんな例外的ともいえる高いシェアは、「あとは落ちるだけ」ということだ。松本会長も内心は忸怩たる思いがあったのではないか。
カルビーの「巨大性ゆえのリスク」は製造面でも顕著だ。16年に北海道のポテト生産が天候不順のために大減産となった。各社ともそれを繰り返さないために、契約農家の確保に躍起となっているが、カルビーの場合、自らが希求するような供給量の増加を担保しきれていない。ここでも成長限界がきている。
ポテトチップスに次ぐ柱として「フルグラ」が伸びてきているものの、その年間売上額はまだ300億円台と、カルビー全体の10%程度でしかない。私は、前出連載記事でカルビーが状況を打開できるのは海外関連だろう、と提言した。販売とポテト確保の両方の面である。しかし、海外において不安定材料は、カルビーの2割の株式を有するペプシコの動向だ。09年に結んだ契約の特別条項が19年7月に終了し、ペプシコは出資比率を変えられるようになる。ペプシコは、お膝元の北米でカルビーがシェアを拡大させていく状況にどう関与していくのか。
4年でやめればよかった?
松本会長は就任当初、4年で辞めると周囲に話していたと伝えられている。私の経験から言うと、松本会長のような経営者は「3年やればあきてしまう」。というのは、新しい会社に乗り込むと大いに張り切るし、興奮する。実際にアドレナリンが分泌されるのがわかるのだ。大きな改革をやり始め、その施策に結果が伴い、業績が上ぶれし始める。そしてそのドライブは加速して、3年目、4年目には業績はますます伸張する。不調に沈んでいた企業を再生したことで、そのプロ経営者はカリスマ経営者として一身に尊敬を集める。
しかし、実はその絶頂時にはもう主な改革や改善のカードは切り終わっていることが多い。ある状況で戦略的に動けた将軍も、別の状況でまた新たな戦略がすぐに浮かぶというものでもない。つまり、ステージが変われば別のタイプの経営者に指揮権を譲るのがよいのだ。ちょうどプロ野球の監督が成功したとしても、数シーズン限りで交代していくようなものだ。
松本会長の場合、2月にカルビーの創業家出身で松本氏を会長に招聘した松尾雅彦氏が死去したことも影響している。創業家、あるいはオーナーとプロ経営者の関係は微妙で、招聘したのに退任させるなどのケースも多く見られる。そんな関係に陥ることなく、よい関係のままでいた資本家が死去すると、プロ経営者としては後ろ盾を失ったような気がする。あるいは、その招聘者に対しての畏敬の念が強い場合、「俺はこの人のためにがんばるんだ」という気概に私もなったことがある。そうなると、「その人」がいなくなった場合には大きく経営意欲がそがれることがある。
さまざまな要因が絡み合って松本会長はカルビーを卒業することを選択した。すでにいくつも次のポジションのオファーがあるという。転進して、ぜひ次に引き受ける会社も再生、あるいは十分に伸張させてほしい。松本会長のような経営者事例が出ると、続くプロ経営者が日本にも輩出されていくことだろう。さらば、勇者よ! また活躍する日を見ることを確信して。
(文=山田修/ビジネス評論家、経営コンサルタント)
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