マネックスが抱えるリスク
有力企業からことごとく袖にされるなか、金融庁がようやく辿り着いたのがマネックスだった。松本氏にとってコインチェックの買収は、時間を買うことに等しかった。仮想通貨の基礎技術である「ブロックチェーン(分散型台帳)」が大きな可能性を秘めているからである。17年10月、松本氏は「第二の創業」としてブロックチェーンの活用を表明。18年1月、仮想通貨交換業への参入を念頭に仮想通貨研究所を設立した。
「コインチェックは訴訟を抱えるうえに、金融庁の登録業者でもない。上場企業の常識からすれば相当なリスク。手を挙げるのはオーナー経営者の企業に限られる」(関係者)
「マネックスはコインチェックを安く買った」という評価は的外れとの指摘もある。買収のためにマネックスがまず支払うのが36億円。コインチェックが今後3年間で計上する当期純利益の半分から訴訟費用などを差し引いた額を、マネックスはコインチェックに支払うことになっている。「コインチェックが、(どうしても欲しいと考えていた)マネックスの足元を見た」との分析もある。
最大200億円ともいわれる訴訟リスクを含めて丸のみする買収に、金融界からは驚きの声があがった。
マネックスは静岡銀行が25.4%の株式を保有する持ち分法適用会社である。マネックスがコインチェックを買収したのだから、銀行が間接的に仮想通貨交換業者を支配することになる。これは兼業を禁止する銀行法に抵触する疑いがある。金融庁は個別案件の特例としてマネックスによるコインチェック買収を認めたが、これは金融庁が「仮想通貨バブルを放置した」と批判されていたことと無関係ではないと指摘する向きもある。「金融庁はコインチェックの処理とみなし業者の淘汰を同時に行う必要に迫られ、マネックスと“野合”したのだ」(仮想通貨業界のトップの一人)との批判に、金融庁はどう応えるのか。
5月7日、東京株式市場でマネックスの株価が一時、前営業日(連休前の5月2日)比で6%上昇、714円をつけた。株式分割を考慮すると、700円台に乗せるのはリーマン・ショック直前の08年7月以来、10年ぶりのことだ。翌5月8日には735円の年初来高値をつけた。
マネックスの株価は3月末まで300円台前半で推移。4月3日のコインチェックを買収するとの報道を機に株価は急騰。1カ月強で2倍以上になった。コインチェックを子会社にしたことにより、株式市場には「新分野による収益の押し上げ」に対する期待が高まっている。
確かに、コインチェックの18年3月期の営業利益(537億円)はマネックスの売り上げ(国際会計基準なので営業収益)を超える。
今後、コインチェック頼みの経営が続くわけだが、米国の著名な投資家、ウォーレン・バフェット氏は「仮想通貨は、それ自身が何か価値を生み出すものではない」との持論から、「ビットコインは殺鼠剤の2乗のようなもの」と厳しい見方をしていると伝わっている。マイクロソフトの創業者、ビル・ゲイツ氏も仮想通貨に否定的な見解を表明している。
外資証券会社のトレーダーとして名を馳せた松本氏の読みが勝つのか。それとも米国の著名な投資家やIT企業の創業者の見方が正しいのかは、2~3年すれば明らかになっているだろう。
松本氏も4月26日のマネックスの決算発表で「現時点で(今後の)利益率がどうなるかを語るのは時期尚早だ」と述べている。
1月下旬に流出したNEMの犯人の追跡も続いている。コインチェックは「セキュリティの強化と人材の充実を進め、世界水準のセキュリティを実現する」(松本氏)としているが、NEMを盗んだ犯人の素顔が明らかになった時点で、マネックスのリスクがマックスに達する懸念はないのだろうか。
(文=編集部)