JR埼京線といえば、「痴漢が多い路線」という不名誉な称号を得てきた。筆者自身も埼京線ユーザーだが、朝の通勤通学の時間帯は人の波に押され、接触を回避することはほぼ不可能だ。また、板橋~池袋間は週末の夜になると酩酊した乗客もなだれ込んでくるため、車内の雰囲気も決していいとはいえない。
しかし、近年、そんな埼京線の痴漢件数が激減しているという。それは本当なのか。また、その理由は何か。
埼京線の痴漢が半分以下に減少した理由
そもそも、「埼京線は痴漢が多い」というのは事実なのだろうか。
警視庁が2004年に発表した「卑わい行為被害路線別検挙件数」によると、04年の埼京線の検挙件数は217件となっている。中央線、総武線、山手線などの主要路線を抑えてのワースト1位だ。しかし、10年警視庁生活安全総務課のデータでは100件まで減少し、ワースト2位になっている。ちなみに、10年のワースト1位は中央線の117件だった。10年以降のデータは公表されていないが、どの路線も「痴漢が多い」というイメージが定着してしまうことに反発したのかもしれない。
とにかく、04年から10年の7年間で埼京線の痴漢が100件以上減ったことは事実のようだ。その理由のひとつに、痴漢撲滅に向けた社会的な取り組みがあるという。JR東日本の取り組みについて、担当者に聞いた。
「埼京線では、全編成の1号車に車内防犯カメラを設置するとともに、朝の通勤時間帯等における女性専用車両の設置や、乗務員に通報するSOSボタンの車内設置を進めてきました。また、各鉄道事業者や警察とともに毎年1回『痴漢撲滅キャンペーン』を実施して(今年度は2018年6月1日~15日に実施)、駅ポスターの設置、車内や駅構内における放送での呼びかけ、巡回を強化しています」
そう語るのは、JR東日本広報部の大平はるかさんだ。大平さんは「痴漢は許しがたい犯罪。お客さまに安心してご利用いただけるよう、撲滅に向けた対策を引き続き行いたい」と語る。このような取り組みの背景には、やはり痴漢件数が多いことへの危機感があったようだ。
その一方で、痴漢対策は警察との連携なしでは進めることが難しく、また痴漢被害に遭った乗客自らが声をあげづらいという現状が、検挙を難しくしている側面もある。こうした課題を受け、前述の「痴漢撲滅キャンペーン」では、被害者や加害者以外の人物への呼びかけも強化しているという。
「今年度の痴漢撲滅キャンペーンのポスターのデザインには、『周囲のお客さまが異常に気づき声をかけることが、被害に遭われたお客さまを救うきっかけになる』というストーリーを表現しました」(大平さん)
埼京線が車内防犯カメラを試験設置したのは09年12月。10年6月からは、JR東日本が所有するすべての埼京線車両の1号車に4台の防犯カメラが設置された。これらの対策がメディアで報道されたこともあり、痴漢抑止や件数減少につながったと考えられる。
防犯カメラの設置を1号車に限定したことにも理由がある。ピーク時は混雑率188%という高い乗車率の埼京線のなかでも、1号車(大宮方面)は特に混雑が激しく、さらに運転台寄りは「痴漢犯罪が頻発している」(JR東日本のプレスリリース)という事実があったからだ。実際、車内の混雑率と痴漢の発生件数には相関関係がある。
もっとも痴漢が発生する危険な時間帯とは?
『沿線格差 首都圏鉄道路線の知られざる通信簿』(SBクリエイティブ/首都圏鉄道路線研究会)によると、ある調査で大都市圏で起きた電車内の痴漢(2010年6~7月)を対象に被疑者219人の分析を行ったところ、発生時間帯は7~9時の通勤ラッシュ時が55.3%と過半数を占めていたという。さらに、被疑者の特徴は30代が31.3%で、60%以上が会社員。また、被疑者の8割は、被害者に目をつけたのは「その日」だと答えている。
国土交通省によると、埼京線が主に混雑するのは板橋~池袋間で、時間帯は7時50分~8時50分。これは、痴漢件数がピークの時間帯と重なる。前述のように、多くが場当たり的な犯行である痴漢は、防犯カメラの設置や衆人環視の状況が発生を未然に防ぐことになる。防犯カメラの設置以降、乗客の反応は何か変わったのだろうか。
「痴漢に関しては、お客さまよりさまざまなご意見が寄せられますが、埼京線での防犯カメラの導入時には『安心感が広がる』といった肯定的な意見をいただきました」(同)
「日本一痴漢が多い路線」といわれてきた埼京線だが、そのイメージは地道な努力によって払拭されつつあるようだ。
警察に届け出る痴漢被害者は、わずか2.6%
JR東日本は7月3日、車両内におけるセキュリティレベル向上のために、在来線車両約8300両と新幹線車両約200両に防犯カメラを追加設置すると発表した。
これは、6月に発生した東海道新幹線車内における無差別殺傷事件の影響が大きいだろう。この措置により、首都圏を走る在来線と新幹線の車両に防犯カメラが設置されることになる。さらに、通勤型車両には防犯カメラのほかに車両内の出入り口付近にカメラ付きLED蛍光灯を設置するとしている。これらによって、痴漢の抑止や発見の効果も期待できるだろう。
法務省の「平成27年版 犯罪白書」によれば、電車内における強制わいせつの認知件数は06年が420件であるのに対して、14年には283件にまで減少している。
これだけを見ると、「痴漢って意外と少ないんだ」という印象を持つ人もいるかもしれない。しかし、警察庁の「電車内の痴漢防止に係る研究会」が11年にまとめた報告書によると、過去1年の間に痴漢被害を受けた人のうち警察への届け出をした人はわずか2.6%。つまり、実際には認知件数の数倍から数十倍の痴漢が日々発生しているのだ。
電車内の防犯カメラ設置についてはプライバシーの観点から問題視する声もあるが、卑劣な犯罪をこれ以上野放しにしないためにも、防犯カメラ設置をはじめとする各対策は急務だろう。
(文=藤野ゆり/清談社)