2017年の訪日外国人数は過去最高の2869万人を記録した。「観光立国」を目指す日本は、東京オリンピック・パラリンピックが開催される20年に「訪日外国人数4000万人」を目標に据える。これから、街中には外国人観光客の姿がさらに増えていきそうだ。
各企業がインバウンド(訪日外国人)対策に力を入れるなか、東京メトロは職員の語学研修に注力している。訪日外国人の多くは電車で移動するが、慣れない異国での電車移動に戸惑う人も少なくない。その際、職員は日本語以外で対応を迫られることになる。
東京メトロのインバウンド対策はどのようなものか。東京地下鉄鉄道本部営業部営業企画課の長谷健太郎人材育成担当課長と、林一彦副主任に話を聞いた。
朝礼で英単語を唱和、中国語研修も
――訪日外国人対策として、どのような施策を行っていますか。
林一彦氏(以下、林) 14年度から、主に英語研修を実施しています。現段階では職員約3000人を対象に、定期的に続けています。朝礼では、重要な英語のワンフレーズを唱和して練習しています。「語学力を伸ばしたい」という意欲的な職員もいるため、ほかにも募集式の英語研修を実施して語学力の質を高めています。
特に外国語を多用する地域や駅、たとえば銀座駅や上野駅の職員には、英語だけではなく中国語の単語を用いた語学研修を実施しています。また、希望者を対象に、より高いレベルの中国語研修を今年度からスタートさせています。
――職員からは、どのような反応がありますか。
林 中国語研修では、「今まで聞き取れなかった単語が聞き取れるようになった」「中国語を話すお客様が何を質問しているのか、おおよそ理解できるようになった」という声があります。ただし、会話についてはまだ難しいのが現状です。
一方、英語に関しては「スムーズに話せる」との感触も得ています。今は翻訳アプリの入ったアイパッドが各駅に用意されていて、駅構内に設置されている案内パンフレットには外国語版もあります。それらを活用しながら、訪日外国人との意思疎通を図っています。
――今、東京メトロの電光掲示板では、英語・中国語・韓国語の3カ国語で行き先と発車時間の案内を行っていますね。好評との声もあります。
長谷健太郎氏(以下、長谷) そうですね。現在、日比谷線、千代田線、半蔵門線で採用しており、20年までに全路線に導入する予定です。
――そもそも、外国語研修を始めたきっかけはなんでしょうか。
林 20年の東京五輪開催が決まったことと、訪日外国人が年々増えるなかで外国語でのお問い合わせが増えたことです。「これからは職員のスキルとして語学が必要だ」と考え、研修をスタートしました。
――職員の方々には、外国語研修を受講することによって「スキル向上」以外のメリットはありますか。
長谷 語学力を向上させることで、訪日外国人も含めた幅広いお客様に優れたご案内を行うことができれば、それも評価の対象になります。
訪日外国人からの質問トップ3
――訪日外国人からは、どのような質問が多いのでしょうか。
林 目的地までのご案内ですね。また、東京メトロは乗り換えが複雑なので乗換えのご案内も多いです。あとは乗車券(購入方法など)に関するご案内。これがトップ3です。
――確かに東京メトロは複雑で、日本人でも迷うことがあります。訪日外国人に説明するのは、かなり難しいのではないですか。
林 そこは語学研修で重点的に強化しました。英語を混じえつつ、英語版の路線図にマーカーを引いたり指差しをしたりして説明しています。
長谷 東京メトロの路線図は広く細かいので、訪日外国人にとってすぐに理解できるものではないでしょう。そこで、職員による丁寧な説明が必要になります。具体的には、「A路線のB駅で降りて、C路線に乗り換えて、D駅で降りれば目的地に到着します」という説明を英語でできるように繰り返し学習します。今は多くの職員の頭のなかに、ほぼインプットされていると思います。
――英語だけでも大変ですが、中国語での説明はもっと大変ですね。
長谷 複雑なご案内の際は、駅に用意されているアイパッドの翻訳アプリで対応することもあります。ただ、中国人の方でも英語でコミュニケーションが取れるケースも実は多いです。
――パスモを購入する訪日外国人は多いのでしょうか。
林 一定数いますね。帰国の際に払い戻しが必要になるため、そのお問い合わせも多いです。
――訪日外国人の増加に伴うトラブルなどはありますか。
林 トラブルというより、電車がストップしたときのご案内や忘れ物のお問い合わせの際の説明が大変ですね。そうした非常時の事態をどう英語で表現すれば伝わりやすいかは、難しいところです。その場合は、アイパッドの翻訳アプリ、三者間通話サービスを活用し、訪日外国人と職員、そして通訳を担当する第三者がやり取りすることもあります。
長谷 翻訳アプリの精度は年々上がっており、今後はさらに実用的になっていくのではないでしょうか。
「東京の案内役」を目指す東京メトロ
――現場で多い悩みはなんでしょうか。
林 最近は英語圏や中国語圏以外の外国人観光客が増えて、なかには英語がまったく通じないケースもあり、困っています。そういうケースでは翻訳アプリを活用します。より複雑な質問には、「旅客案内所」で語学力に長けた職員やサービスマネージャーが対応しています。
――これから、政府は「観光立国」としてビザ緩和に乗り出し、訪日外国人がさらに増加することが予想されます。鉄道インフラとして、どう向き合っていきますか。
林 中国語で柔軟に対応できるほどの語学力を身につけるのは難しいですが、まずは単語が聞き取れるようになることで、何を伝えたいのかわかるようになります。少しでもコミュニーションを円滑に進めるために、語学研修をさらに充実させていきます。
東京メトロは、「東京の案内役」としての役割を果たしたいと考えています。現場の職員は、その最前線のスタッフです。東京を訪れた方に、より楽しく快適に過ごしてもらうために、語学力の研鑽を筆頭にハード・ソフト両面による“おもてなし”を行っていきたいです。
――東京メトロならではの“おもてなし”を磨き上げるということですね。
長谷 林が申し上げたように、東京メトロは単なる輸送機関ではなく「東京の案内役」となる存在です。20年の五輪だけでなく、訪日外国人の方々には東京のいろいろな魅力を知ってほしいと思います。そういった情報を発信し、ご案内できるような存在を目指します。
――最近の訪日外国人の動向について、何か変化などはありますか。
長谷 以前は、中国人観光客のグループがバスで移動して一斉に買い物を行う“爆買い”が多く見られました。今は個々の外国人観光客も増えて、日本の隠れた魅力や名所を発見するのがトレンドになっているようです。それにはSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の影響が大きいと考えています。
SNSを駆使して、それぞれに目的を持って訪日する方が多いようです。まだまだ、我々が知っていて外国人観光客が知らないこともあり、逆のケースもあります。今後も、発信力の高い東京メトロでありたいです。
(構成=長井雄一朗/ライター)