米決済サービス大手のペイパルが日本の電子決済分野のスタートアップ企業、ペイディを買収した。ペイディは個人の信用力を迅速に審査するシステムを開発し、一般的に「後払い決済(今買って後で代金を支払う決済方法、Buy Now Pay Later、BNPL)」と呼ばれる決済サービス需要を獲得し、急成長している。
両社の目的の合致が今回の買収につながった。世界的に後払い決済のニーズは急速に拡大している。ペイパルは、ペイディの買収によってBNPLをはじめとする日本の電子決済需要をより多く獲得したい。内外企業による電子決済市場での競争が激化する環境下、ペイディはペイパルの傘下に入り経営体力をつけたい。
今後、ペイパルによる買収によって、ペイディの成長が加速する可能性は高まった。それが意味することは、国内で生み出された付加価値が、国内企業ではなく、海外の企業に流れることだ。突き詰めていえば、国内大手企業や金融機関はペイディの成長期待の高さを見抜く目を持てていない。それが米中と比較した場合のスタートアップ企業の少なさに与える影響は大きい。
ペイパルによるペイディ買収の狙い
ペイパルがペイディを買収した狙いは、日本の電子決済市場の成長にビジネスチャンスを見いだしたからだ。世界的に見て、日本は電子決済の後進国に位置付けられる。なお、電子決済とは、現金=キャッシュの受け渡しを行わずに、購入金額などデータの送受信によって決済を行う方法だ。キャッシュレス決済とも呼ばれ、具体的な決済方法にはクレジットカード、スイカなどの電子マネー、デビットカード、スマホアプリやQRコードでの支払いなどがある。
今回の買収を考える上で重要なのが、国内決済市場の規模感と特徴だ。主要国のGDP規模を確認すると、米国、中国に次いで日本は世界第3位の経済規模を維持している。また、人口規模は1億人を超える。経済と人口の規模が大きい分、決済市場の規模も大きいといえる。
次に、国内決済市場には、名目GDPに対する現金流通残高の割合が高い特徴がある。後払いをはじめとする国内電子決済市場の潜在的な成長期待は高いといえる。その裏返しに、⼀般社団法⼈キャッシュレス推進協議会が発表した『キャッシュレス・ロードマップ 2021』によると、2018年時点での日本のキャッシュレス決済の割合は24.2%だ。それは世界的に見て低い。
ただし、長期のトレンドとして民間最終消費支出に占めるキャッシュレス決済の割合は増加している。その背景には、世界経済のデジタル化がある。ネット通販や動画視聴など消費の場が店舗などリアルな世界からネット空間に加速度的にシフトしたことによって、電子決済が増えている。
以上をまとめると、世界的に見て、国内電子決済サービスはゆっくりとではあるが、着実に増えている。今後、経済のデジタル化を背景に電子決済の導入はさらに増えるだろう。それは、IT先端企業や海外の電子決済サービス企業にとって、ビジネスチャンスの拡大に他ならない。その見方に基づいて、ペイパルはペイディを買収した。
成長期待高いペイディのBNPL
それに加えて重要なのが、ペイディのBNPLのビジネスモデルだ。ポイントは、ペイディが最大で24回までの分割払いを無利息で提供していることだ。
BNPLとクレジットカードなどとの最大の違いは、分割払いをした際に、利息が発生するか否かだ。例えばクレジットカードのリボ払いは利用者への与信であり、利息が発生する。しかし、BNPLでは一定回数まで金利が発生しない。各社のビジネスモデルによるが、一般的にBNPLの決済サービスを提供する企業では、4回程度までの分割払いを無利息、それを超えると利息が発生するケースが多いといわれる。
それに対して、ペイディは人工知能を用いて個人の信用力を迅速かつより精緻に審査するシステムを確立した。システムの詳細は明らかになっていないが、ポイントはしっかりとした信用審査によって、信用リスクを抑え、後払いの回数をより多くすることによって、ユーザー(消費者)とペイディのBNPL決済を導入する企業双方のメリットを増やすことにある。
そのほかにもBNPLにはさまざまな特徴がある。BNPLでは原則としてユーザーに手数料が発生しない。その一方でクレジットカードには毎年一定の年会費等が発生する。また、BNPLの信用審査はクレジットカードよりも簡便だ。電子決済サービスを導入する企業の負担として、BNPLの手数料は一般的にはクレジットカードよりも高いといわれている。
欧米では、クレジットカードの信用審査の厳しさや年会費負担を理由に、20代など若者を中心にBNPLへの人気が高まっている。要は、面倒な手続きを踏まずに、少額の買い物から金利を気にせず後払いができる。それは、若者の消費意欲を支える。企業にとってBNPLはより多くの需要獲得の一手段として重要性が高まっている。ペイディは最大24回の後払いサービスを無利息で提供し、消費者と企業双方から支持され急成長している。消費者と企業双方のメリットから海外ではスウェーデンのKlarna(クラーナ)、米国のaffirm(アファーム)、オーストラリアのafterpay(アフターペイ)などがBNPL市場で成長している。
米企業によるペイディ買収が日本に与える意味
今後、国内外で電子決済市場の競争は激化するだろう。そうした展開を見越してペイディは世界的な決済大手企業であるペイパルの傘下に入り、経営体力を強化し、成長を加速させたい。電子決済は現金の残高確認や、運搬、保管などのコスト削減につながり、経済運営の効率性の向上に寄与する。それを支える一つの要素であるBNPLサービスの提供者であるペイディが安定した事業運営体制を手に入れることは、日本経済全体にとって重要だ。
ただし、マクロ経済レベルで考えると、今回の買収は日本に重要な教訓を与えた。ポイントは、米中に比べて、日本でスタートアップ企業が育ちづらいことだ。それに加えて、有望な企業が育ち始めても、国内の生産要素を成長期待の高い企業に再配分することが難しい。
日本でスタートアップ企業が育ちづらい要因の一つとして、バブル崩壊後の経済運営の影響は大きい。バブル崩壊後、多くの企業がリスクテイクを過度に恐れ、成長期待の高いIT先端分野よりも在来分野での事業継続を優先した。
その結果、ペイディのような成長期待の高い企業に経営資源が再配分されづらい状況が続いている。見方を変えれば、日本の大手企業や金融機関にスタートアップ企業を見る目がない。ペイディには国内の大手企業や金融機関が出資してきたが、結果的に買収には至らなかった。世界経済のデジタル化が加速している環境下、ペイディのようなスタートアップ企業のアニマルスピリットをより積極的に取り込んで、成長期待の高い分野でより効率的な事業運営をめざす発想が日本企業に必要だ。
また、国内でスタートアップ企業に金融がつきにくいことも、今回の買収でよりはっきりした。今年3月にペイディは海外の投資ファンドから資金を調達し、ユニコーン企業(企業価値10億ドル(約1100億円)以上の未上場企業)の仲間入りを果たした。
米中に比べた場合のスタートアップ企業の少なさは、日本経済の問題点の一つだ。日本企業はスタートアップ企業との関係強化を目指し、事業運営の効率性を高めるべきだ。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)