そこで西川社長は日産を「指名委員会等設置会社」へ移行する調整に入ったと報じられている。指名委員会等設置会社とは、社外取締役が主導して取締役候補の「指名」や職務上の「監査」「報酬」を委員会制で管理する会社である。日産は「監査役設置会社」だが、指名委員会や報酬委員会を設けてはいない。それぞれの委員会が取締役会で選ばれた3人以上の取締役で構成され、過半数を社外取締役にする必要があるので、ここでもルノーの影響力の排除を狙っているのだろう。
改定版RAMAは本当に有効か
しかし、日産が起訴され、企業としてのガバナンスが信頼できるレベルではないことを露呈し、現行の取締役会が健全に機能していない非常事態にあるなかで、西川社長の思い通りにRAMAに定められた日産の取締役会優越によるルノーの議決権行使制約、さらにはルノーの日産株買い増しへの制約が有効と認められるかは疑問であろう。実際、捜査が進み特捜部がリークする情報は、いかに日産にガバナンスがなかったのかを露呈させるだけであり、これをゴーン氏ひとりのせいにするシナリオは説得力を欠くことになる。
また、現在開示されているのはRAMAの抜粋版であり、制限条項などの詳細は不明である。欧米の契約の考えからすれば、なんらかの制限条項が付くのは当然であり、過半数近くを握る大株主であるルノーとの交渉過程で、ゴーン氏が日産の取締役会の優越を無条件で確約していたとは考えにくい。
そもそも、日産の取締役会の優越が無条件であるならば、臨時株主総会を開いても問題はないので、西川社長はルノーに対してもっと強硬に出ているのではないか。日産が臨時株主総会を開いてゴーン氏とケリー氏の取締役を解任することは可能のはずだが、行っていない。つまり、西川社長もRAMAの有効性に対して100%の確信を持てないのか、またはルノー株を買い増しルノーの議決権を消滅させれば、アライアンスは事実上解体に向かう可能性が高いので、経営者としては抜けない剣なのかもしれない。
それゆえに、日産の取締役会はルノーの要求をのらりくらりとかわし、6月の株主総会までにルノーがのむであろう解決策を模索しているのかもしれない。6月の株主総会でなんらかの結論が出なければ、日産の業績に響くので経営陣の首も危うくなる。そのため、国を挙げて「ゴーン氏は企業を食い物にする大悪人」というストーリーをつくりあげ、ルノーにも非を認めさせて、交渉を日産有利にしようというシナリオを諦めていないようである。しかしながら、前述のように、そのシナリオ通りには進んではおらず、日産の日本人経営陣に次善策があるようには見受けられない。
改定版RAMAが有効でないとどうなるのか
そうであるとすると、RAMAに期待してこのまま時間稼ぎをして、6月末の株主総会を迎えるのは日産の日本人経営陣にとって極めてリスクが高いのではないであろうか。もし、RAMAが有効でなければ、どうなるのであろうか。
現在の日産の持ち株比率(18年9月30日現在)をみると、上位3社はルノーが43.7%、チェース・マンハッタン銀行が3.4%、そして日本マスタートラスト信託銀行が3.2%である。圧倒的な大株主であるルノーは、現状でも株式の3分の1以上を所有し、日産の日本人経営陣の提案に対して拒否権があるので、日産の思うようにはいかないかもしれない。
例えば、取締役を解任するには株主総会の決議が必要だが、仮に日産がゴーン氏とケリー氏の取締役解任を求めても拒否をされるということである。日産がそれを無効にする方法は、日産が3分の2の議決権を確保することであるが、それは不可能である。
また、取締役の解任は選任同様に、株主総会の特則普通決議によって、過半数の賛成をもって解任することができる(会社法339条1項)。ルノーの現状の株式保有率と、議決権を行使しない株主が一定数いることを考慮すると、ルノーにとって議決権の委任状を争奪するプロキシファイト(委任状争奪戦)を行うまでもなく、過半数の議決権を確保できる可能性は高い。そうであるとすると、現在の日産の取締役は、ゴーン氏とケリー氏の解任どころではなく、自分たちが全員解任される可能性がある。日産がそれを拒否する方法は、日産が3分の1の議決権を確保することであるが、日産の保有する7.33%の自社株を前提としても相当に難しいであろう。
もし、ルノーがプロキシファイトで総議決権の3分の2以上得ることができれば、株主総会の特別決議事項(会社法309条2項)についても可決できるので、日産の定款の変更や合併も可能である。
このように、RAMAが有効でなければ、ルノーは多くの切り札を持っている。その一方で日産のカードはゴーン氏の身柄勾留とつくられた国内世論以外に見当たらない。
“神の手”である経産省の出番
つまり、このままの状態で6月末の株主総会を迎えれば、日産の日本人経営者側は大きなリスクを負うことになるのではないだろうか。最悪は全員解任で取締役の総入れ替えもありうる。株主による正当な権利なので、さすがの特捜部も介入できまい。株主の横暴と非難することは簡単だが、それが通るほどグローバル経営は甘い世界ではない。ここまで過激にならないまでも、ルノーが議決権の過半数を取ることは容易な状況なので、定例株主総会に向かって、これを盾に交渉を有利に進めようとすると考えるのが普通であろう。
このように、ルノーが株主としての権利を前面に押し出すと、そこにルノーの大株主である当然加わってくる。いや、すでに主導権を取っているように見える。しかし、フランス政府の利益は必ずしもルノーの利益とは一致しないので、資本の論理だけでは整理がつかず、話が少しややこしくなる可能性がある。それゆえに日産に日本政府(経産省)という“神の手”がさし伸べられる可能性と必然性が出てくる。
次回は、この“神の手”について検討してみたい。
(文=小笠原泰/明治大学国際日本学部教授)