昨年の11月15日、フィリップ・モリス・インターナショナルは、加熱式たばこ「アイコス」の新モデルの発売を開始した。
その1カ月前、10月に行われた発表会に登壇した同社のアンドレ・カランザポラスCEOは、「我々の製品に弱点があることは認識していた。今回のリニューアルでほとんどの部分を改善できたと思っている」と自信をのぞかせていたが、はたしてどうだろうか。
新モデルは2種。「アイコス3」(税込1万980円)は、デザインをコンパクトに刷新し、従来型では1本吸うごとに4分超必要だった充電時間を、3分30秒に縮めたということがウリ。そして「アイコス3 マルチ」(同8980円)は、専用タバコの加熱部分とバッテリーを一体化したことで、本体が大きめになってはいるものの、充電なしで10本連続で吸うことができるというのがウリだ。
国内の紙巻きたばこ市場は、2017年には1514億本となり、ピークだった1996年から6割縮小したといわれている。加熱式たばこは、そんな縮小著しい紙巻きたばこの売上を補うための、たばこメーカーの頼みの綱といっていいだろう。
ここ数年で爆発的に規模を拡大している加熱式たばこ市場は、2017年には6000億円にも上るという。また、その市場規模は16年の2.8倍になったといわれている。しかし、一部からは「市場が成熟した」との声が上がるほど、現在ではその勢いに陰りが見えているようだ。
実際、18年に入ってからというもの、加熱式たばこ市場の成長は明らかに鈍化していたようで、成長率が1桁に落ち込むとの予想も出ていた。こういった状況のなか、業界シェアトップとはいえ安泰ではない「アイコス」から、市場の起爆剤と期待される新モデルが発売されたという流れである。
現在の加熱式たばこ業界は、実際のところどうなっているのか。また、これからの市場はどうなっていくのだろうか。同業界に詳しい、経営戦略コンサルタントで百年コンサルティング代表取締役の鈴木貴博氏に話を聞いた。
加熱式たばこ普及を阻む「キャズム」とは?
まず、鈴木氏に現在のたばこ業界と、市場について整理してもらった。
「まず前提として知っておいていただきたいのは、現在のたばこ業界は国内市場ではなく、海外市場に発展の先を求めているということ。JT(日本たばこ産業)の動向を追うとわかりやすいですが、海外のたばこ会社を買収して、企業としての成長を目指しています。日本を含めた先進国よりも、途上国や新興国で稼いでいるビジネスモデルといえるでしょう。
とはいえ、国内のユーザーももちろん重要ですし、ないがしろにすることはできません。喫煙者がどんどん肩身がせまい社会になっているなかで、加熱式たばこという新しいジャンルで、なんとか今のユーザーを引き留めようというのが、業界全体の共通した考えだと思います」(鈴木氏)
現在、日本では3社の加熱式たばこがしのぎを削っている。16年にフィリップ・モリス・インターナショナルが「アイコス」を全国発売し、17年にブリティッシュ・アメリカン・タバコが「グロー」、18年にJTが「プルーム・テック」で加熱式たばこ市場に参入している。
「新型の『アイコス』は、カランザポラスCEOが言っていたように、ユーザーの不満点を解消できるように改良しているようですね。3社の商品のなかでは、『アイコス』が一番ユーザーからの支持を得てうまく売り出せていましたが、そこからさらに改良を加えた新モデルには期待している方も多いでしょう。
一方、『グロー』と『プルーム・テック』は、『アイコス』よりもスターターキットの価格を抑えており、ある程度、差別化もできていると思います。『グロー』は味が一番良いといわれていますし、吸うときの外見が従来の紙巻きタバコを吸うのに似ているというのも、ファッション的な観点からいいと思います」(同)
いずれにしても3社ともユーザー獲得に躍起になっているなかで、加熱式たばこ市場の勢いに陰りが見えているのはなぜなのだろうか。
「『キャズム理論』という経営学の世界で定説になっている理論があります。キャズムとは“溝”といった意味の言葉です。今までなかった価値観を提供するような革新的な商品が登場すると、最初にイノベーターという新しいもの好きの人たちの層が飛びついて、次にアーリーアダプターといわれる人たちの層が使い始める。そのイノベーターとアーリーアダプターを合わせると、全体の16%程度だといわれています。16%を占めるイノベーター、アーリーアダプターまでは、新しければ食いついてくれますが、その次に食いつくといわれているアーリーマジョリティという3番目の層になると、事情が大きく変わってくるのです。
加熱式たばこは、たばこを吸う人全体のシェアのなかで16%を超えて、30%に届くか届かないかというところまでは伸びていますが、今まさにキャズムが現れていると考えられるのです。そういう意味で、加熱式たばこにはある程度のアーリーマジョリティが食いついていますが、もっとこの層をユーザーに引きずり込んでいかないと、40%や50%を超える普及率に届きません。
ですから加熱式たばこはアーリーマジョリティを、どうやったら今以上に獲得していけるかというフェーズに入っているといえるでしょう。そして、さらに普及率を高めるためには、アーリーアダプターまでの人たちに刺さったファクターと、アーリーマジョリティに刺さるファクターは違い、その違いを理解する必要があるのです。アーリーアダプターまでの人たちのように、新しいものであれば刺さるということではなくなっているということです」(同)
安心と不安が、さらなる普及の条件
鈴木氏は「アーリーマジョリティをさらに取り込むためには、2つある条件のどちらかが成立しなければならない」と続ける。
「ひとつは安心を与えることです。安心というのは、『これはやっぱりタバコだよね』と思ってもらうことです。実際に買って吸ってみた人たちが、『あくまで代用品にすぎず、おいしくなかった』『使いづらいし、すぐに壊れてしまう』といった感想を抱いてしまっていたとして、そういったネガティブな意見に左右されがちなのがアーリーマジョリティなのです。ですから味がおいしくないとか、壊れてしまうという意見が広まると、安心を与えられないわけです。同様に、加熱式たばこなら人前で吸っても問題ないといわれていても、やはり吸っていたら注意されてしまった、というような環境も改善されることが条件となってきます。
昨年11月に発売されたアイコス3 マルチは、連続使用できるという改良点により、ヘビースモーカーの方々がこだわっていた部分の安心の壁を乗り越えたといえるでしょう。こうやって少しずつ、安心を増やしていくことができれば、新しいユーザーが加熱式たばこに入ってきやすくなるのです。
もうひとつの条件が不安を抱かせること。『加熱式たばこを使わないと大変なことになるぞ』という状況になると、市場が一気に紙巻きたばこから加熱式たばこに移る可能性があるでしょう。そして、その最大のポイントになり得るのが20年の東京オリンピックです。オリンピックに向けて、東京をグローバルスタンダードに合わせた快適な都市に変えていかなければならないという議論があり、そのなかで大きく問題になったのがたばこでした。これから先、20年に向けて、喫煙者はどんどん肩身の狭い思いをするはずです。
たとえば紙巻きたばこでは、マンションのベランダで吸っているだけでもクレームを受ける、換気扇の下で吸っていたら隣の家から煙たいと怒られる、といったことも現状では起きています。しかしこの問題は、煙が弱い加熱式たばこなら、かなり解決されることでしょう。加熱式たばこならば、さすがにベランダで吸っている程度であればクレームを受けることはほぼありません。紙巻きたばこに対してクレームを受けるかもしれないという“不安”が高まるなかで、加熱式たばこによってその不安が解決されるという認知が広まれば、キャズムを乗り越えアーリーマジョリティにも支持されるでしょう」(同)
最後に、これからの加熱式たばこの行方について聞いた。
「間違いないこととして、もうすでに加熱式たばこ自体が、たばこ業界発展の起爆剤になっているということです。この製品のおかげで、一方的に消えていくのではないかと思われていた、たばこというものが、新たな展開を見せているのは事実です。その存在意義は非常に大きいものだったと思います。同時に、まだまだプロダクトとしては未完成で、これから先、どんどん改良していく余地のある製品でもあります。ですから、加熱式たばこに関しては、これからの発展が大いに期待できますし、改良が業界の活性化につながっていくはずです」(同)
新しいもの好きのユーザーには行き渡り、アーリーマジョリティに向けてメーカー側としても、さまざまな創意工夫が求められるフェーズに入ってきているという加熱式たばこ。今回の新型アイコス2種が、キャズムを乗り越えるきっかけになるのか、注目である。
(文・取材=後藤拓也/A4studio)