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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

盗まれた3億8千万円のストラディヴァリウス、無事に戻ってきた奇想天外な顛末

文=篠崎靖男/指揮者
盗まれた3億8千万円のストラディヴァリウス、無事に戻ってきた奇想天外な顛末の画像1「Getty Images」より

 僕の自宅の近所に盆栽を育てているご主人がいらっしゃるのですが、それは趣味を超えて玄人はだしです。そのご主人がおっしゃるには、「盆栽には数千万円から、高いのは1億円のものもあるよ」とのことで、すっかり驚いてしまいました。今、盆栽は世界的なブームになっていて、アメリカやフランスからも日本に買いに来る方々が多く、中国人の盆栽コレクターなどは特に熱心です。多くの盆栽が海外に流れており、そんな事情も値段を吊り上げている原因のようです。

 そこで僕は、「盆栽は野外で育てるものだから、数千万円の盆栽も簡単に盗まれてしまうことがあるのではないですか?」とご主人に聞いてみると、「それは無理だよ」と、そっけない答えが返ってきました。その説明によると、そういった高い盆栽は一鉢一鉢カタログに掲載されているため、たとえ盗んで盆栽専門店に売りに行っても、「これは盗まれたものだ」と判明し、あっという間に警察に御用になってしまうとのことでした。

 それを聞いて、1911年にルーブル美術館で起こった、有名な「モナ・リザ」盗難事件を思い出しました。盗難から2年後、犯人逮捕とともに「モナ・リザ」も無事にルーブル美術館に戻りましたが、逮捕のきっかけとなったのは、犯人が盗んだ「モナ・リザ」を画商のところにノコノコと売りに来たことです。世界でもっとも有名な名画なうえ、2年前の盗難事件は大きなニュースとなっていたので、すぐに盗品であることが判明したのです。

 実は、骨董的価値の高い弦楽器でも、同じことがいえます。そのなかでも、17世紀から18世紀にかけ、イタリアのクレモナで、弦楽器職人のストラディヴァリ父子によって製作された弦楽器「ストラディヴァリウス」は、今もなお世界最高といわれていますが、値段も世界最高です。

 1721年に製作されたヴァイオリン、愛称「ブラント夫人」は2011年のオークションで、12億7400万円で落札されたことが世界中の大きな話題となりました。フランス印象派絵画の大家であるルノワールの絵画「マダム・ヴァルタ」(1903年)が2013年に、ロンドンのオークション大手、サザビーズにおいて1億5000万円で落札されたことを考えると、ストラディヴァリウスは芸術作品に引けをとらないといえます。

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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