米WTI原油先物価格は12月下旬に入ると再び上昇基調に転じ、11月下旬以来の高値となっている(1バレル=70ドル台半ば)。「新型コロナのオミクロン株は入院や重症化のリスクが低い」との調査結果が相次いで発表され、原油需要が低下するとの懸念が後退したのが主な理由だ。米国の原油と石油製品の在庫を足した「石油在庫」も2018年以来の低水準となっており、需要超過の状況が続いていることを示唆している。
リビア情勢の悪化も買い材料になりつつある。国の分裂状態が続くリビアで12月24日に予定されていた大統領選が延期を余儀なくされたからだ。選挙手続きが整わないなかで候補者名簿を確定することができず、首都トリポリなどで民兵が選挙を妨害したことなどが災いした。
リビアは10年前にカダフィ政権が崩壊し、その後東西が分裂する状態が長く続いた。 20年10月に停戦で合意し、国連の仲介で今年3月に暫定統一政権のドベイバ首相が就任した。国際社会は大統領選挙を内戦後の統一政権づくりへの第一歩として支援してきただけに、選挙が延期されたことに失望感が広がっている。
多数の国民がすでに投票者登録を済ませているなど選挙に対する関心が高いことから、リビアの選挙管理委員会は「大統領選を来年1月24日に延期する」よう提案したが、実現の目途は立っていない。
最大の障害は立候補者の確定だ。長期独裁政権を率いた故カダフィ大佐の次男セイフイスラム氏が11月に大統領選への出馬を表明した。内戦前の安定を懐かしむ市民の間で旧政権のナンバー2だったセイフイスラム氏への待望論がある。これに対し選挙管理委員会は「セイフイスラム氏は大統領選挙に立候補できる資格はない」との決定を下した。反体制デモへの弾圧で15年に死刑判決を受けたこと(17年に釈放)を問題視したといわれている。だが12月に入ると裁判所は「セイフイスラム氏の立候補資格を回復する」との決定を行ったことから、同氏の扱いがネックとなって投票予定日直前になっても立候補者の最終的な名簿を公表できなかった。
東部の軍事組織「リビア国民軍」のハフタル司令官の立候補も問題含みだ。ハフタル氏は内戦の最中に西部への攻撃を指揮した当事者であるため、西部地域で拒否反応が強く、投票をボイコットするよう呼びかける声も上がっていた。
民主化を通じてリビアの安定を後押ししてきた欧米諸国も「現在の状況で選挙を強行すれば再び内戦が起きてしまう」として最終的に選挙の延期を容認した。選挙の延期により目先の暴発は避けられたものの、今年3月に成立した暫定統一政権は9月に不信任決議が可決されており、政治空白が今後さらなる混乱をもたらすとの懸念が生じている。
100ドル超えの可能性も
リビアの治安情勢は12月に入ると再び悪化している。国連リビア支援団は21日「さまざまな集団の武力の展開は緊張を生み、衝突の危険を高める」と危機感を露わにした。内戦が激化すれば、武装勢力の攻撃による原油生産停止のリスクが高まるのはいうまでもない。アフリカ最大の原油埋蔵量を誇るリビアの11月の原油生産量は日量114万バレルだったが、大統領選挙を控えた治安情勢への不安から12月20日から日量30万バレル以上の原油生産が停止されている。
10年前のカダフィ政権崩壊でリビアの原油生産量は日量160万バレル超からゼロにまで落ち込んだ。これにより当時の原油価格は1バレル=70ドル台後半から100ドル超えとなり、原油高は14年まで続いた。20年にもリビアの原油生産量は日量約120万バレルから10万バレル以下に急減したが、パンデミックの影響で世界の原油需要が最大で日量約3000万バレル減ったことから、材料視されることはなかった。
国際エネルギー機関(IEA)によれば、来年の原油需要は前年比333万バレル増の日量9953万バレルとなり、過去最高を更新する見込みだ。このような状況でリビアの原油生産量が大幅に減少する事態となれば、原油価格は再び100ドルを超えてしまう可能性が高いだろう。
米国の戦略転換も影響
米国の歴史的な戦略転換の影響も来年以降に出てくることが必至の情勢だ。中国の台頭を米国にとっての最大の脅威と位置づけるバイデン政権は、イラクに駐留する戦闘部隊の撤退など中東湾岸地域から米軍の撤退を加速させている。湾岸地域の最大の同盟国であるサウジアラビアとの関係も距離をとり始めている。
サウジアラビアは15年から隣国イエメンへ軍事介入を始めたが、戦況は泥沼化し、今や自国の安全保障が脅かされる事態となっている。敵対するイエメンのシーア派反政府武装勢力フーシのドローンなどのたび重なる攻撃を、米国から輸入したパトリオットミサイルで必死になって打ち落としているが、1機約1万ドルのドローンを落とすために1発約100万ドルのパトリオットミサイルを使うのは割に合わない話だ。パトリオットミサイルは弾道ミサイルに対抗する兵器であり、ドローンの撃墜には向かないとの指摘もある。
そのパトリオットミサイルも手元の在庫が危険な水準にまで落ち込んでしまった(12月8日付ウォールストリートジャーナル)。サウジアラビアのイエメンへの軍事介入に批判的なバイデン政権だが、この状態を放置すればサウジアラビアの重要な石油施設が攻撃される事態を招いてしまう。19年9月に国営石油会社サウジアラムコの施設がドローン攻撃され、日量500万バレル以上の原油生産能力が失われた。次にこのような事態が発生すれば、原油価格は史上最高値(1バレル=147ドル超)となってしまうのではないだろうか。
(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)