新型コロナウイルスの変異型(オミクロン株)の急拡大に世界は警戒を強めている。重症度は低いものの感染力が高いことから、医療体制に負荷がかかることが懸念されているからだ。
感染拡大を強引なかたちで封じ込めてきた中国でも新型コロナの感染例が相次いでいる。中国保健当局によれば、12月22日の新規感染者は71人、うち63人は陝西省西安市だ。12月中旬以降、この傾向が続いていることから、西安市では約1300万人の市民を対象にしたPCR検査が実施され、21日には当局が市民に対し外出制限を要請する事態となった。いかにも中国らしい大げさな対応だが、気になるのは西安市で流行している感染症が新型コロナだけではないことだ。
西安市疾病管理センターは19日、「冬に入って同市で流行性出血熱の患者が何人か出た」ことを明らかにした。「最初の感染者は18日に発見された」としているが、正確に何人が感染したかについては言及しなかった。
流行性出血熱にかかると目の充血や発疹などの出血が起きる。初期段階は季節性インフルエンザと症状が似ているが、悪化すると急性腎不全となり、死に至ることもある。流行性出血熱を引き起こすのはハンタウイルスだ。宿主はネズミの7割以上を占めるセスジネズミだ。乾燥したセスジネズミの排泄物を吸うことで感染するが、ヒトからヒトへ感染することはないとされている。
流行性出血熱はユーラシア大陸の広域で感染例が出ている。日本では1960年代に大阪の梅田駅周辺など集団感染が起きていたが、21世紀以降の感染は報告されていない。最大の流行国である中国では2019年に4359人が感染、21人が死亡した。2020年にも9596人が感染し、44人が死亡しており、致死率は0.4%に達している。
中国では毎年10月頃から流行性出血熱の感染が始まるが、今回の西安市の場合はかなり深刻のようだ。専門家は「今年夏に発生した水害によってネズミが人の居住地域に移動したことと関係がある」とコメントしている。西安市民は「西安市の長安地区で深刻な感染が起きており、死者が出ている。西安市の大病院に出血熱患者が次々と運び込まれ、人民解放軍の病院が閉鎖された」とSNSに投稿している。病院が閉鎖されたのが事実だとすれば、院内感染が起きている可能性がある。「これまでとは異なり、ヒト―ヒト感染が起きているのではないか」との不安が頭をよぎる。
野生動物取引が野放し
緊張状態に陥っている西安市の状況を目の当たりにすると、ついつい2年前の武漢市のことを思い出してしまう。当時武漢市では海鮮市場関係者を中心に謎の肺炎が流行していた。中国政府の国際社会への新型コロナ発生の報告が遅れたことで、新型コロナのパンデミックが発生、残念ながら現在も収束していない。
世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長が20日、「2019年に新型コロナが初めて報告された中国はこのウイルスの起源に関するより多くのデータと情報を明らかにすべきだ」と述べたように、中国政府が非協力的な姿勢を続けていることが災いして、その起源はいまだに解明できていない。現在「動物から自然発生した」説と「遺伝子操作を行った実験施設から流出した」説が有力だが、「この問題に決着を付けない限り、次のパンデミックに備えることができない」とWHOは危機感を深めている。
いずれの説であったとしても、次のパンデミックも中国発の可能性が高い。
「中国の野生動物市場がパンデミック発生の理想的な温床である」
今年後半に中国の野生動物市場について初の包括的な調査を実施した中国、米国、ベルギー、豪州の専門家はこのように結論づけた。中国で取引されている野生動物16種を調べたところ、哺乳類を宿主とするウイルスが71種特定され、そのうち、人間にとって「潜在的に高リスク」と考えられるものは18種あったという。中国の野生動物市場の取引規模は約9兆円超(2016年)と世界最大だ。現場では人間と野生動物は密接に接触し、野生動物をさばく際に飛び散る血を浴びることもしばしばだ。中国の野生動物市場が新興感染症にとって理想的な温床であることが改めて認識されたというわけだ。
新型コロナ発生以降、中国政府は野生動物の取引を禁止したが、実質的には何も変わっていないという。西安市でも野生動物の取引が行われていることだろう。
鳥インフルエンザは人に感染
海外では、コロナウイルスについて危険な実験を行っていた武漢ウイルス研究所から流出した説への支持が高まっている。「まさか」と思っている日本人は多いだろうが、台湾当局が12月9日、「台北市のバイオセーフティーレベル3の実験施設で研究者が新型コロナに感染した実験用のマウスに噛まれるという事故が発生した」ことを公表したように、世界の実験施設でこのような事故が起きるのは日常茶飯事のようだ。
西安市でも「ハンタウイルスに関する危険な実験が行われ、人為的につくり出されたウイルスが流出した」とのシナリオも視野に入れていく必要がある。
症状が似ていることから、西安市の流行性出血熱が新種のインフルエンザである可能性も排除できない。病原性の高い鳥インフルエンザの流行が今年11月以降、欧州とアジアで多数報告されている。日本でも家禽への感染例が複数報告されている。鳥インフルエンザは人に感染することが確認されており、「ヒト-ヒト感染を引き起こす新種のインフルエンザウイルスが出現するのは時間の問題だ」と警告する専門家は少なくない。
現段階で「西安市の流行性出血熱が次のパンデミックを引き起こす」とは断言できないが、隠蔽体質を変えようとしない中国への警戒を怠ってはならない。
(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)