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藤和彦「日本と世界の先を読む」

各国が備蓄原油を放出、「原油高時代」到来を早める懸念…シェールバブル終焉も

文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー
国家備蓄石油の売却について会見を行う岸田首相
国家備蓄石油の売却について会見を行う岸田首相(首相官邸HPより)

 バイデン米大統領は11月23日、戦略石油備蓄(SPR)から5000万バレル分の原油を放出することを決定した。日本(約420万バレル)、インド(500万バレル)、英国(150万バレル)も米国と協調して備蓄原油を放出することを表明している。

 発表翌日(24日)の米WTI原油価格が1バレル=78ドル台に上昇したことから、「備蓄原油放出の効果はなかった」との論調が一般的だ。だが「米国政府がSPRを放出する」との観測が流れたことで、原油価格は10月下旬の85ドル台から下落に転じていた。放出発表前日は75ドル台まで低下しており、「SPR放出による価格抑制の効果は一定程度あった」と筆者は考えている。

 備蓄原油放出のインパクトは、供給側のOPECプラスにも及んでいる。OPECとロシアなどが構成するOPECプラスは今年7月以降、「原油生産量を毎月日量40万バレルずつ引き上げる」という小幅増産を続けてきた。

 米国が放出する原油のうち、議会が承認済みの1800万バレル分は速やかに売却されることから、12月の米国での原油供給量は日量60万バレル増加する計算が成り立つ。OPECプラスの日量40万バレル分を足せば、世界の原油供給量は日量100万バレル増えることになる。

 世界の原油市場は現在、若干の供給不足とされているが、OPECプラスは来年第1四半期から供給過剰に転じると見積もっている。だがSPR原油が放出されれば、特に米国で需給が緩む可能性があることから、OPECプラスは方針変更を余儀なくされている。

 OPEC経済委員会は25日、「協調的な戦略石油備蓄放出により、来年初めに予想される原油の供給過剰を拡大させる可能性がある」との見方を示した。OPECプラスの実質的なリーダーであるサウジアラビアとロシアは、米国主導の備蓄原油放出を受けて、来年1月の原油増産を一時停止することを検討し始めている(11月24日付ウォ-ルストリート・ジャーナル)。新型コロナの新変異株(オミクロン株)の出現の影響を見極めるため、12月2日のOPECプラスの閣僚級会合も延期された(開催日は未定)。11月の会合とは異なり大きな波乱が予想される。

 新型コロナの感染再拡大で原油需要の回復が鈍るとの懸念が生じており、米国の意向に反してOPECプラスが1月の増産を停止したとしても、世界の原油市場の需給バランスの悪化を阻止するのは難しい。協調的な備蓄放出は、需要期である冬の原油価格の上値を抑える効果を発揮する可能性が高いといえるのではないだろうか。

日本の備蓄放出に一定の評価

 日本政府の対応についてもポジテイブな評価ができる。筆者の予想に反して、史上初めて国家備蓄原油を放出することを決定したからだ。法律上の制約から、これまで日本の備蓄原油が放出されたのは産油国での紛争や国内の災害により供給不足が心配される場合のみだった。1991年の湾岸戦争や2011年のリビア情勢悪化時などに放出された際も民間備蓄で対応し、「最後の砦」である国家備蓄に手をつけたことはなかった。

 政府が異例の決定を行ったのは、原油備蓄をめぐる環境の変化が大きい。国家備蓄は輸入量の90日分とされているが、日本の原油需要がこのところ大幅に減少していることから、備蓄する原油の絶対量は変わらないものの、消費量の145日分にまで上昇していた。必要な備蓄量(90日分)を上回る余剰分の放出であれば、法律の縛りに関係なく機動的に約420万バレル分の原油を放出できると判断したのだ。

 備蓄制度が整備されてから年数が経っていることから、政府は備蓄タンク内の古い原油を新しいものにする「油種入れ替え」の作業を実施していた。その作業を来年3月に前倒しして、一般競争入札による備蓄原油の放出を実施する。今回のように価格抑制のための放出が正しいかどうかの議論はあるが、国家備蓄の放出についての前例をつくったことで産油国の政変などで供給途絶が生じた場合に迅速に対応できる準備ができた。このことの意義は大きい。

バイデン政権と石油業界の間の溝

 だが原油市場をめぐる長期的な展望には悲観的にならざるを得ない。トランプ政権時代には米国とサウジアラビアの関係は良好だったが、自国の人権や隣国イエメンへの軍事介入に批判的なバイデン政権とサウジアラビアは冷え込んだ関係となっている。今回の備蓄原油の放出により、その関係がさらに悪化する可能性がある。

 1973年の石油危機を教訓に、産油国と消費国の協調関係を維持しつつ原油の安定供給を図ることを目的に設立された国際エネルギー機関(IEA)もその任を果たしているとは思えない。10月のCOP26で「原油の新規投資を今年中に停止すべき」だと主張している。数年前まで「世界の原油開発の分野で投資不足が深刻になっており、近い将来、深刻な供給不足に陥る」と警告していたのにもかかわらず、である。

 ナイジェリアなどOPECプラスの一部の産油国は、投資不足などにより生産能力が低下して小幅増産のペースにも追いつけない状況となっている。サウジアラムコCEOも「現在余剰生産能力は日量300~400万バレルあるが、これを維持するためには相応の努力が必要だ」と警告を発している。

 米国でも「脱炭素」を掲げるバイデン政権と石油業界の間の溝が深まっており、増産に向けた投資の動きは鈍化する一方だ。その上SPRの放出で原油価格が下落すれば、シェール企業の投資意欲がますます萎むのは目に見えている。潤沢なシェールオイルが原油市場の供給不安を和らげてくれる時代は終わったのかもしれない。

 このように、備蓄原油の放出がもたらす原油安は、長期的には「原油高時代」の到来を早めてしまうのではないだろうか。

(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
独立行政法人 経済産業研究所

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