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藤和彦「日本と世界の先を読む」

オミクロン株の出現、かえってコロナ収束を早める?過度な警戒に否定的な見方も

文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー
政府は オミクロン株の出現に対応を急ぐ
「首相官邸 HP」より

 世界は新型コロナウイルスの新たな変異株の出現に揺れている。世界保健機関(WHO)は11月26日、南アフリカで最初に報告された新型コロナの新たな変異株を「オミクロン」と命名し、アルファ、ベータ、ガンマ、デルタなどと同じ「懸念される変異株(VOC)」に分類した。

 南アフリカで再び新型コロナの感染拡大が起きていることから、オミクロン株はこれまでの変異株よりも感染力が高いとの観測が出ている。このため、現段階でオミクロン株が新型コロナのパンデミックを悪化させるかどうかわからないのにもかかわらず、世界各国は水際対策を強化し始めている。

 G7諸国のなかでも日本の動きは際立っている。政府は全世界からの外国人の新規入国を原則として禁止するとともに、日本に到着するすべての国際線の新規予約を12月末まで停止するよう国内外の航空会社に要請した(その後この要請は撤回された)。

 デルタ株の感染拡大による第5波が収束した日本では、医療関係者の間に「呼吸器感染症が流行する冬場に第6波が発生し、再び医療崩壊が生じてしまう」との懸念が生じていた。その矢先に「感染力が高い変異株が出現」との報を受けて危機感を抱いた医療関係者に後押しされた形で、政府は非常に強力な対策を実施した可能性がある。

オミクロン株が警戒される理由

 オミクロン株の感染力が高い理由として、ウイルスの感染を司るスパイクタンパクの部分にこれまで以上に多くの変異があることが指摘されている。忽那賢志・大阪大学教授は11月27日、「スパイク蛋白には32もの変異が見つかっており、このうち3つの変異はスパイク蛋白2箇所の開裂部位の近くの変異であることから、感染力の増加に関わっている可能性があります」と述べている。

 新型コロナがヒトの細胞に感染するには、2つのステップを経なければならない。最初のステップは新型コロナのスパイクタンパクがヒトの細胞表面(ACE2受容体)に結合することだ。このことはメデイアの説明などでおなじみだ。

 2番目のステップは新型コロナがヒトの細胞内に侵入することだ。これ自体は周知のことだが、新型コロナが侵入する際にヒトのタンパク質分解酵素が自らの細胞膜を切り開いて手助けしているという驚くべき事実はほとんど知られていない。

 忽那氏が述べた「開裂部位」のくだりは2番目のステップに関係している。どのタンパク質分解酵素が働くかどうかは、ウイルスの種類によって異なっている。SARSウイルスの場合、TMPRSS2というタンパク質分解酵素が働いていたが、新型コロナではTMPRSS2に加えてフリンと呼ばれる別のタンパク質分解酵素もヒトの細胞への侵入などを促進する働きをしている。

 フリンが、新型コロナのスパイクタンパクに存在する4つのアミノ酸配列、プロリン(P)、アルギニン(R)、アルギニン(R)、アラニン(A)に反応するからだ。新型コロナがSARSに比べて感染力が高い秘密は、2つのタンパク質分解酵素が機能することでヒトの細胞内への侵入等が容易になっていることにある。

 新型コロナの変異種のなかで感染力が高まったのはアルファ株とデルタ株だ。アルファ株では4つのアミノ酸配列の最初のプロリン(P)がヒスチジン(H)に変わり、デルタ株ではこれがアルギニン(R)に置きかわっている。どちらの変化もアミノ酸配列のアルカリ度が上がったことで、フリンの機能がより活性化された。

 このことからわかるのは「このアミノ酸配列がさらに変化すれば新型コロナの感染力がさらに高まる可能性がある」ということだ。世界の科学者たちがオミクロン株に非常に強い警戒心を抱いているのはそのせいではないかと筆者は考えている。

 ちなみにこのアミノ酸配列は、SARSに限らず他のコロナウイルスには存在していない。このアミノ酸配列は高病原性鳥インフルエンザには存在することから、「人工的に挿入されたのではないか」との疑いが持たれている。「中国の武漢ウイルス研究所でSARSウイルスのスパイクタンパクにこのアミノ酸配列を挿入する実験(機能獲得実験)が行われた」との説も浮上している。

ウイルスが不安定化?

 話をオミクロン株に戻すと、「変異の多さは必ずしもウイルスの強さを意味しない」との見方も出ている。オミクロン株にはデルタ株の強力な感染力に寄与した変異の一部は存在しないとの見解もある(12月1日付CNN)。

 重症化のリスクについては、南アフリカ医師会のクッツエー会長は「オミクロン株患者の症状はこれまでのところ軽く、自宅療養が可能でパニックを起こす理由はない」と主張している(11月29日付ロイター)。ワクチンの効果が低下することが懸念されているが、免疫力は中和抗体のみで決まるわけではない。ワクチン接種によりウイルスに感染した細胞を破壊するキラーT細胞などの働きも強められており、総合的な免疫力が大きく毀損することはないだろう。

「一度に多数の変異が起きる」ことは必ずしもウイルスの生存にとって望ましいことではないとの見方もある。南アフリカの医師は「多数の変異が生じたことでウイルスは不安定化している」とみている。「ウイルスが変異しすぎると自滅する」という仮説(エラー・カタストロフの限界)も存在する。

 オミクロン株がデルタ株に置きかわれば、感染力が高くなったとしても重症化のリスクが抑えられることから、新型コロナの収束の時期がかえって早まるとの見方もできる。楽観は禁物だが、オミクロン株を過度に心配しなくてもよいのではないだろうか。

(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
独立行政法人 経済産業研究所

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