「職場復帰初日には『どのツラ下げて来てんのかを見に行ってやろうぜ』と言われていたと聞きました。職場復帰2日目には先輩から『謝ったほうがいい。謝るんだよ』と言われました。ある程度想定したこととはいえ、実際に直接言われるとやはり心に突き刺さり、心が折れて会社に行くことはできなくなりました。私にとって職場は夢を守らなければならない、守りたい場所であると同時に、働き続けたい場所です。働く者が会社に行くこと自体が怖いなんて『夢の国』にあってはならないことです。だから私はパワハラも提訴しました」
こう語るのは、契約社員Aさん(29)。東京ディズニーランド(TDL、千葉県浦安市)でキャラクターコスチュームを着用してショーなどに出演していたAさんは、2017年1月に「胸郭出口症候群」と診断を受け、同年8月、過度な業務による障害だとして労災認定された。もう一人の女性契約社員Bさん(38)とともに、運営会社オリエンタルランドに対し、安全配慮義務違反による計約755万円の損害賠償を求め提訴している。いわゆる「TDL着ぐるみ訴訟」だ。第2回口頭弁論が3月26日、千葉地裁で開かれ、原告のAさんがパワハラに関しての追加提訴について意見陳述を行った(オリエンタルランド側は請求棄却を要求)。
今回、実際にオリエンタルランドとの間に何が争われているのか? そしてオリエンタルランドとの団体交渉で何か変化があったのか? これまでオリエンタルランドの非正規雇用従業員から、労働問題に関する相談を受け、改善・解決を図ってきた「労働組合なのはなユニオン」(オリエンタルランドユニオンの上部団体)の委員長・鴨桃代氏に“夢の国の「ブラック」な実態”を聞いた。
月収7万円の月も
「オリエンタルランド側は労災認定については認めるが、安全配慮義務違反はないという姿勢です。私たちは労災とパワハラが一体のものとして職場に横行しており、安全配慮義務を負うオリエンタルランドはその改善をすべきだと主張しています。ディズニーランドが大好きで、『ここで働きたい!』という強い熱意を持って働いている人にとって安心・安全な働きやすい環境への改善を要望しています」
これまで、オリエンタルランドとの団体交渉を2014年3月から重ねて改善されてきた面もある。
「『業務の繁閑に応じて労働日・労働時間が変動して月収が不安定』という問題がありました。天候が悪くなって来場者数が減ると朝行って午後は帰宅を命ぜられたり、そもそも悪天候が予想される日の前日に『明日は来なくていい』と言われたり、閑散期にはシフトを減らされるなどで、月収が大きく変動。なかには7万円なんて月もありました。そのため、オリエンタルランドに対して、『月最低120時間』の労働時間の保障を交渉で求めました。
それでも、平均時給1000円だと、月12万円。そこから保険や税金などが引かれるので、十分な額とはいえません。交渉を重ね、現在は通常月114時間まで保障されるようになったが、いまだ120時間には達していません」
ほかにも、6時間勤務後に継続して残業を指示された場合、ランチも取っていないので休憩をとってから残業したいと言うと、残業しなくてよいと言われていた。その扱いは労働基準法34条(労働時間が6時間を超える場合は45分以上の休憩を途中で与えなければならない)違反だと指摘したことで、休憩を取ってから残業ができるようになった。
有給休暇の取得に関しては、前月の10日(部署によって2カ月前、3週間など違っていた)までに申請となっていたので、突発的にとるときには代替者を自ら用意する必要があり突発休は取りづらかったが、前日までに、どうしてもの場合は当日勤務1時間前申請でも認めるとなった。
雇い止めの実態
さらに、「雇い止め」の問題も次々に解決してきた。
「雇用契約の更新をしない、いわゆる解雇です。オリエンタルランドには理由がない解雇が多いのです。たとえば、非正規雇用従業員のCさんのケースは、直属の上司であるスーパーバイザーに、『Dさんが「Cさんにニラまれた。顔が怖い」と言っている』と、注意を受けたそうです。Cさんとしては、Dさんがその日、急遽『パートリーダーの代替』に任命されたので、『大丈夫かな?』と様子を見ていただけだったのに、『ニラんだつもりはなかったが、怖がらせたのならごめんなさい』と謝り、スーパーバイザーに言われたとおりパフォーマンステーマ・スキルテーマ指導確認書(以下「指導確認書」という)に署名しました。
翌朝偶然にDさんに会ったので直接謝罪をしたのですが、その日の昼に再びスーパーバイザーに呼ばれて、『なぜ直接Dさんに謝ったのか。本人が怖がっているじゃないか。謝りたいなら私を通せ』と言われ、また指導確認書を書かされました。年末に、指導確認書が累積したと上司3人に囲まれて狭い部屋で4時間、契約終了と書かれた書面に署名を迫られ、拒否したが、『書いても書かなくても契約終了は決まっている』と言われ署名してしまった」
事実上の強迫ではないか、解雇理由がないと交渉をし、解雇は撤回されたという。
「ワゴン販売業務に就いていた非正規従業員の場合は、ゲストが行列しているなかで、ハンディ計算機が操作不能になったので、ゲストへの販売を最優先するために、自力で計算して販売終了後に、マニュアルとは違うことをしたと上司に報告。その一連の行為がマニュアル違反であると、指導確認書に署名をさせられ、その後解雇を通告されました。並んで待っているゲストを無視して、マニュアル通りに販売を中止することがゲストを大事にすることなのか、と交渉の末、退職は撤回されました」
“夢の国”の守り方自体が古臭い
「指導確認書」とはいったい何か。
「指導確認書には『改善が見られなかった場合には時給の減額を伴う降格(グレードダウン)、あるいは現契約期限を以て契約を終了する場合があります』という一文があり、事実上、始末書として取り扱われています。会社は交渉の場では、『指導確認書は始末書ではない。改善を促すためのもの』と公言するのですが」
指導確認書の内容・運用の改善が望まれるところだ。
「『ケガの労災』は労災申請しやすくなったが、職業病の疑いのようなケースは、会社は申請自体に消極的というか、できるだけ申請させたくないという対応である。また労働基準監督署の認定のハードルも高い。裁判中のAさんのケースは医師が『胸郭出口症候群』と診断をし、労基署が業務過重により発症したとして労働災害であると認定されたが、認定への道のりは厳しかった。労働災害であるという強い意志によって2回にわたる自己意見書をAさんが作成し提出しなかったら、認定には至らなかったと思う。
出演者の間で情報共有がされていないことから業務過重による疾病の場合、病名も不明のまま悪化させて退職したり、労基署に個人申請もできるのに会社から『認定されない』などと言われてあきらめたり、認定に必要な書類の作成の仕方がわからなかったりで、どうしていいかわからずに泣き寝入りしているケースが多いのでは。一人では難しいのでユニオンに相談してほしい」
多くの従業員は、ディズニーランドで働くことに一種のステイタスを感じていて、「ディズニーランドは夢の国」であることを、とても大切にしている。なのはなユニオンに相談に来るパフォーマーや出演者も、自分がどの役を演じていたか、演じているかを絶対に明かさない。
「会社と誓約書は交わしていないようだが、働く人自らが『ゲストの夢を壊さない』と暗黙の了解で守り続けている感があります。現状、ディズニーランドは『守秘義務』を最優先して、『夢の国を大事にする=何も言わないこと』になっていて、とても閉鎖的な空間になっています。そもそも労働条件は守秘義務には該当しないのに、出演者の多くは労働条件を話すことも“怖い”と思い込んでいます。
働いている人が感じていること、思っていることを自由に話せない、話すこと自体が問題である、話したら謝罪すべきだ、という雰囲気があるとしたら、時代に逆行しているし、その夢の国の守り方自体が古臭いものになっていると気づいてほしい。夢は未来に向かうもの。働く一人ひとりが声を上げて、みんなで意識や環境を改善していって、働く人が心から笑顔で働けるようになってこそ、ゲストと夢の国を共有できるのではないでしょうか」
(取材・文=松井克明/ジャーナリスト)