初めて東南アジアのタイを訪れる日本人は、道路の様子を見るだけで驚くことだろう。首都バンコクの街にはあふれんばかりの数のタクシーが走っているが、そのほとんどはトヨタ自動車「カローラ」。送迎などに使われるミニバスはトヨタ「ハイエース」だし、ホンダ「シビック」やトヨタ「アルファード/ヴェルファイア」も多く見かける。
たとえばアメリカの西海岸は「日本車比率が高い」と言われるが、タイにおける日本車比率はそれどころではない。乗用車のうち約8割を日本車が占めていて、これは日本全国平均に比べると低いが、東京よりも高いのだから日本人としては驚かずにはいられない。とにかく日本車が愛されているのだ。
そんな日本車人気の高さを物語るのが、毎年春に行われるバンコクモーターショーだ。2019年は160万人(これは前回の東京モーターショーの2倍以上である)という、モーターショーとして世界最大の来場者数を集めたこのイベントにおいて、日本車の出展ブースは新車スペースの半分以上を占めた。
バンコクモーターショーの様子
バンコクモーターショーは、車両を展示するだけでなく会場内で一般顧客へ販売するトレードショーでもあり、今年は約2週間の会期中に3万7769台の車両が販売された。販売トップはトヨタで6110台、以下、マツダ5211台、ホンダ4910台、そして三菱自動車は3019台と、上位を日本車が独占しているのだ。タイには地元の自動車メーカーが存在しないとはいえ、ここまで日本車が人気を得ている国も珍しい。
タイで日本車への信頼が厚い理由
なぜタイでは日本車が人気なのだろうか? 理由のひとつは歴史である。1962年のトヨタと日産自動車を皮切りに、65年のホンダ、66年のいすゞと、日本の自動車メーカーは50年以上も前からタイに現地工場を設立。黎明期から現地における自動車の普及と歴史を共にすると同時に、アジア通貨危機や水害など現地の人々と共に幾度もの危機を乗り越えてきたのだ。そのため、タイの人々の間には日本車に対する信頼や親近感が根付いている。
現在では上記4メーカーのほか、マツダ、スズキ、三菱なども現地生産工場を構えている。しかし、今では、ゼネラル・モーターズやフォードといった北米ブランドに加え、中国車や韓国車など日本以外の選択肢が増えている。そんな昨今でも日本車比率が高い理由は、品質に対する信頼性だ。故障が少なく、耐久性が高い、また仕立てがよいというイメージがついている(さらにいえば、日本車の中でも現地生産車より日本から輸入したモデルのほうが信頼される)。
その上で重要なのは、コストパフォーマンスの良さである。たとえば同じクラスの車両では、日本車は韓国車や中国車に比べて新車価格が高い傾向がある。しかしながら、買い替えなどで車両を売却する際には日本車のほうが高い値段がつくので、結果的にコストパフォーマンスが高いと判断されている。
ところで、日本の自動車産業として考えた場合、タイにある日系自動車メーカーの工場にはもうひとつの側面がある。それが輸出拠点としての役割だ。タイにおける2018年の自動車生産台数(全メーカー合計)は216万7694台だが、そのうち国内で販売されたのは103万9158台で、半数を超える114万640台は国外へ輸出されている。
国内マーケットでは日本車に人気が集まり、現地工場からは国外へも多くの車両を輸出する重要な生産拠点でもある。それが、日本ではあまり知られていない、タイにおける日系自動車メーカーの状況だ。
(文=工藤貴宏/モータージャーナリスト)