東南アジアの代表的な自動車生産拠点のひとつであり、“東南アジアのデトロイト”ともいわれているのがタイ。そのタイの首都バンコクではさまざまな新車の展覧会が行われているのだが、その中でも春先に開催される「バンコク国際モーターショー」と年末に開催される「タイ国際モーターエキスポ」は、特に大規模なモーターショーとして有名である。
今回は、コロナ禍でも2020年、2021年のいずれも開催されたバンコクモーターショーの会場を3年ぶりに訪れることができた。コロナ禍で開催されたバンコクモーターショーは、やはりニューノーマルにふさわしいショー内容に変化していた。今回はショー全体の様子をお伝えしながら、気になったトピックを見ていきたい。
いすゞが販売台数2位の理由
会場全体はそれほど大きくないのだが、四輪車以外にも二輪車や用品などのメーカーがブースを構えており、床面積の多くは、二輪車も含めると大半が日系ブランドとなっている。
トヨタモーターセールスタイランドの調べによると、2021暦年締めでのタイ国内の新車(四輪車)販売台数は75万9119台であった。そして、その中で日系ブランドの販売台数は66万4014台となり、全体の約87%が日本車となっているのである。それがそのまま会場内のブース面積に反映されているかは定かではないが、タイ国内で日本車の販売シェアが圧倒的だからこそ、ショー会場内も日系ブランドが目立つものとなっている。
しかし、コロナ禍前の数年は、日系ブランドからインパクトの強いショーデビューモデルは少なく、やや話題性が乏しいともいわれていた。
日系ブランド内ではトヨタ自動車が販売台数トップなのは日本と同じなのだが、2位がいすゞとなっているのが大変珍しいところ。これは、タイでは圧倒的に1トン積みピックアップトラックが売れることにある。
トヨタやいすゞの日系ブランド以外にも、アメリカや中国系などのメーカーが1トン積みピックアップトラックをラインナップしているのだが、タイではトヨタ「ハイラックスREVO」といすゞ「D-MAX」が2大ピックアップトラックとして販売首位を争い、2021暦年締め統計における1トン積みピックアップトラック販売台数では、トヨタが15万1501台なのに対し、いすゞが16万7180台と、いすゞが販売トップとなっている。
また、販売台数はそう多くないものの、マツダブランド車が“こだわり”を持つ層を中心によく売れているとのこと。タイ在住歴が長いある日本の人も、マツダ車を好んで愛用していると語ってくれた。
今回のショーでも、日系ブランド全体を見ると“不作”イメージが強いものであった。新型コロナウイルス感染拡大により、タイでも行動制限が行われ、日本同様に富裕層の間では海外旅行など余暇に使えないお金が新車購入に回る傾向が強くなり、特に高額車両がよく売れているとのこと。そのため、会場内の日系ブランド以外のアメリカ、欧州、韓国、中国系ブランドは、魅力的なモデルをショーで発表しているところが大半であったので、余計にそのようなイメージを強く抱いてしまった。
日本社会は必要以上に“コロナ籠り”しているようにも見えるのだが、そのためもあるのか、早くから経済活動の再開を意識している欧米や韓国、中国系ブランドに比べると(特に目を見張る)新型車が少ない印象を強く感じた。
展示車両を見ると、タイ政府が電動車普及政策を進めていることもあり、トヨタやホンダ、日産などではHEV(ハイブリッド車)をメインとしていた。また、トヨタは壇上にはクロスオーバーSUVタイプのBEV(バッテリー電気自動車)「bz4X」を展示していたが(コンセプトモデル)、日系ブランド全体ではBEVに出遅れているだけに、HEVが目立っていた。
欧米メーカーの動向は?
ヨーロッパ系ブランドは日本市場と同じく、ドイツ系高級ブランドがメイン。メルセデスベンツ、BMW、BMWミニ、アウディ、マセラティ、アストンマーティン、ロールスロイス、ベントレー、プジョー、ポルシェなどがブースを構えていた。
ブランド名を見ても富裕層をターゲットにしているのは明らかで、富裕層の間ではコロナ禍前からPHEV(プラグインハイブリッド車)に乗るのがファッションとして流行っていたのだが、コロナ禍となってからはBEVへ移行している動きもみられるとのことである。今までは日系ブランドに比べればおとなしい印象もあったのだが、政府の意向もあり、PHEVやBEVでヨーロッパ系ブランドの注目が高まり、各ブランドともに電動ユニットを搭載したモデルを積極的に展示していた。
アメリカ系ではGM(ゼネラルモーターズ)がすでにタイ市場から撤退しているので、会場にはフォードとジープブランドがブースを構えていた。ジープは展示車を「ラングラー」のみとし、その存在感をアピール。フォードはタイから世界市場へ出荷もしている、小型ピックアップトラックの「レンジャー」と、その派生車種となるSUV「エベレスト」の新型車をワールドプレミアしている。
レンジャー系については今回内燃機関仕様のみのリリースだが、アメリカ本国ではピックアップトラックでもBEV仕様やHEV仕様がラインナップされているので、BEV仕様が追加設定される可能性が高まっている。得意分野に特化しながらも、なかなかの存在感を見せていた。
最も存在感を放つ中国系ブランド
アジア系、中でも中国系ブランドは、今回のショーで最も存在感を見せていたといえよう。特に2021年からタイ市場に参入しているGWM(長城汽車)は、「まるで、『はるか昔からタイでやっています』といった雰囲気が伝わってくる」(事情通)ほど、会場内でひと際存在感をアピールしていた。
政府が車両電動化を進めているのだから、BEVでは強みを見せる中国系ブランドが注目されるのは当然だろうなと筆者も思ったのだが、GWMブースへ行くと、現状タイ市場ではSUVスタイルの「H6」と「ジョリオン」、そして「グッドキャット」というコンパクトカーをラインナップしているのだが、BEVはこのうちグッドキャットのみ。H6は純内燃機関であり、ジョリオンは中国車では珍しいHEVとなっている。さらに、ショー会場で「T300」という新たなSUVを発表したのだが、こちらもHEVであった。
もうひとつの中国系ブランドとなるMGは、上海汽車系のブランドであり、2014年にいち早くタイ市場に参入している。本国MGブランド車以外にも、他の上海汽車系ブランドのピックアップトラックやステーションワゴン(多目的車)などもMGブランドとして、タイではラインナップしている。
こちらも、現状車名ベースで5車種をラインナップしているのだが、そのうちBEVのみや、BEVをラインナップしているのは2車種のみとなっている。そして、今回のショーでは「HS」というモデルのフェイスリフトモデルがメイン車種の1台だったのだが、こちらはPHEV仕様がラインナップされていた。
GWMはグッドキャット、MGはすでに「ZS EV」、「MG EP」というBEVを販売しており、バンコク市内で見ている限りはよく売れている。
中国とは異なり、タイではPHEV以外にHEVまで中国メーカーがタイでラインナップするのは、日本のような先進国で車両電動化を進めるのと、タイのような新興国で車両電動化を進めていくのでは、目指す“目的”が微妙に異なることもあるようだ。欧米や日本のような先進国では、異論はあるかもしれないが、“地球のために”といった気候変動対策が電動化のメインとなるだろうが、新興国が電動化に興味を示すのは、まず原油輸入量の削減、そして大都市を中心とした大気汚染の防止が主眼となっている。
中国は新興国と同じ理由に加え、欧米や日本メーカーに対し中国メーカーが内燃機関で勝ち抜いていくのは難しいので、あえてBEVに絞り込んでいる。タイ政府の真意は計り知れないが、やはり原油輸入量や大気汚染という視点も重視しているはずである。だからこそ、中国メーカーも敷居の高いBEVだけでなく、HEVやPHEVも積極的にラインナップしているように見える。
タイ国内の2022年3月28日付けのオクタン価95の1Lあたりの平均ガソリン価格は、47.850バーツ(約180円)となっている。2021年12月20日より約10バーツ(約37.8円)上昇しており、このまま原油高が続けば、車両電動化がさらに積極的に進んでいくかもしれない。
また、韓国系は乗用車について、SUVも含めてほとんどラインナップしていない。現代自動車および起亜自動車ともに、ミニバンで勝負を仕掛けている。その現代が2021年にタイでリリースした「スターリア」というミニバンが非常に良く売れているのだが、そのあたりの事情については次回に詳述したい。
(文=小林敦志/フリー編集記者)