安倍晋三首相(当時)が新型コロナウイルスの治療薬として強く推し、税金を投入したアビガンの臨床試験(治験)が3月末で終了した。富士フイルム富山化学(東京・中央区)が発表した。従来株に比べ重症化率が低いとされる変異株・オミクロン株への置き換わりが進み、治験を継続しても重症化抑制効果の検証が困難と判断したという。
アビガンは富士フイルムホールディングス(HD)傘下の富士フイルム富山化学がインフルエンザ向けに開発した抗ウイルス薬。細胞に入ったウイルスの増殖を抑える効果がある。富士フイルム富山化学は、新型コロナ治療薬に転用するため、20年3月国内で治験を始めた。新型コロナの感染拡大を踏まえ、安倍首相は抗インフルエンザ薬アビガンを新型コロナ治療薬として強く推し、税金の投入に踏み切った。
安倍首相は20年4月7日、緊急事態宣言後に表明した緊急経済対策に「アビガン200万人分備蓄に向けた増産支援」を盛り込んだ。20年度補正予算に139億円を計上した。政府は緊急事態宣言の期限とされた20年5月末までの承認にこだわった。治験の結果が出揃う前に承認することを前提に、「別の臨床研究などのデータを使って承認することを認める」異例の措置を取った。
アビガンは安倍政権のコロナ対策の切り札だった。だが、政府は5月中にアビガンを新型コロナ感染症の治療薬として承認する計画を、事実上、断念した。
治験への有効性と安全性を示すため、96人の参加を目標に3月末に治験を始めた。しかし、大病院のベッドは重症患者で埋まり、治験の対象となる軽症・中等症の患者が少なかった。投薬後に28日間の観察をするために必要な人員を集められなかった。安全性や有効性の評価について日本医師会なども懸念を表明した。
20年10月、富士フイルムは厚生労働省に承認を申請したが、12月に「有効性の判断が難しい」として承認が見送られ、継続審議となった。そこで21年4月から条件を変えて治験をやり直した。富士フイルムは米食品医薬品局(FDA)への緊急使用許可の申請を目指し、カナダの製薬会社アピリ・セラピューティクスを通じて米国でも治験を実施した。だが、21年11月、「統計的な有意性を確認できなった」と発表した。そして、22年3月、国内治験について、被験者の追加を終了した。4月以降、これまでの治験データを解析し、その結果を踏まえ厚労省と協議するとしている。
「アベガンだ」と批判を浴びる
「アビガンならぬ、アベガンだ」。製薬業界からは、こんな冷ややかな声があがった。富士フイルムHDの古森重隆会長(当時、現最高顧問)は、JR東海の葛西敬之名誉会長と共に安倍首相を囲む財界人「四季の会」の中心メンバーである。
新聞各紙の首相動静によると、コロナ前の19年12月30日、神奈川県茅ケ崎市のゴルフ場、スリーハンドレッドクラブで古森氏、飯島彰己・三井物産会長、後藤高志・西武ホールディングス社長らとゴルフをした。年が明けた20年1月17日、東京・平河町の日本料理店、下関春帆楼東京店で葛西氏、古森氏、ジャーナリストの櫻井よしこ氏と会食している(肩書はいずれも当時)。
コロナ感染が拡大してからは、さすがに安倍首相は好きなゴルフも会食も自粛している。新型コロナ治療薬として期待された政府推奨のアビガンは「お友だち重視の『モリカケ』と同じ構図」と揶揄された。
古森氏時代の富士フイルム
2000年、富士写真フイルムの社長に就いた古森氏は“脱写真”を目指し、社名から写真を外し、医薬品を新規事業として育成する、「第2の創業」の看板を掲げた。08年、富山化学工業(現・富士フイルム富山化学)を約1370億円で買収し、医薬品事業に本格参入した。
10年代に入り、医療関連への投資を加速させた。11年、米メルクの事業に約400億円を投じ、バイオ医薬品の開発製造委託(CDMO)事業に進出した。17年、試薬の大手、和光純薬工業(現・富士フイルム和光純薬)を約1550億円で手に入れた。CDMOの拡大に向け、米バイオベンチャーのシェナンドーア・バイオテクノロジーを約110億円で22年4月に買収する。最先端治療分野の事業拡大が眼目だ。
古森氏には痛恨の失敗がある。16年、東芝メディカルシステムズの買収でキヤノンと競ったときだ。キヤノンが6655億円の高値で買収した。だが、古森氏も負けてはいない。日立製作所から画像診断機器事業を19年、1790億円で買い取った。古森氏の最大の失敗は米ゼロックスの買収に失敗したことだともいわれている。アビガンは国内初の新型コロナワクチンの治療薬を目指したが、これも叶わなかった。
(文=Business Journal編集部)