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鈴木貴博「経済を読む“目玉”」

加入者急減のNetflix、広告モデルへ転換なら巨額利益と破壊的革新を生む

文=鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役
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サイト「ネットフリックス」より

 ネットフリックスの株価が急落しています。きっかけは過去10年間で初めてのこととして、この1月から3月の間に加入者数が20万人も減少したという発表でした。さらには4月から6月までにロシアからの撤退とアメリカのインフレの影響で200万人の会員減を見込んでいるということで、株価は35%の下落を記録しました。

 これまでのネットフリックスは新型コロナウイルス感染拡大による世界的な引き籠もり現象によって大幅に会員数を増やすと同時に、『イカゲーム』など独自コンテンツの世界的なヒットで昨年10月には時価総額が3114億ドル(約40兆円)に達していました。

 巨額の製作費をつぎ込む独自コンテンツではドラマだけではなく、映画についても過去2年間、アカデミー賞のノミネートにオリジナル作品が次々と選ばれています。映画もテレビも凌駕する新しいビジネスとして動画配信市場が期待され、ネットフリックスはGAFA(グーグル、アップル、メタ、アマゾン)に次ぐIT企業の勝ち組になると考えられていました。

 ところが今回の株価急落で、時価総額は一転して969億ドル(約12兆円)と他のIT企業によって買収されるかもしれない水準まで転落してしまいました。ネットフリックスに何が起きているのでしょうか。そして動画配信ビジネスは限界を迎えているのでしょうか。これからの展開を予測してみましょう。

動画配信事業者が大幅な値上げ

 ネットフリックスの株価が急落する少し前から、ある種の予兆がありました。動画配信事業者が大幅な値上げに踏み切り始めたのです。

 ネットフリックスも値上げが続いていました。2018年以前にはスタンダードプランの料金は月950円だったのですが、その後、2度の値上げで現在では1カ月1490円です。ただこの値上げは業績が順調でかつコンテンツに自信があることの表れではないかともいわれてきました。

 その風向きが変わったのが、今年2月に行われたDAZNの1925円から3000円への大幅値上げです。DAZNはスポーツに特化した動画配信事業者で、強いスポーツコンテンツを高額入札で落札して独占配信するビジネスモデルで話題になっていました。最近ではサッカーワールドカップの最終予選のアウェー戦の独占配信権を獲得したことで、日本代表のゲームが地上波でも衛星でも見られないとファンをやきもきさせていたのです。

 そういった熱狂的なスポーツファンに加入してもらって会員数を増やすのが基本戦略だったDAZNが、大幅に値上げを行った。その背景を推測すれば、有力なコンテンツを高額で獲得してもペイできるだけの加入が得られていないため、方針転換をしたのではないかということです。これまでとは考え方を変えて、既存客からより多くの収入を得る方針に転換したのではないかという推測です。

 一般にネットフリックスやDAZNのような事業者に対して株主が期待することは収益の成長です。初期には巨額の投資をしながらグローバルの会員数がどれだけ増やせるのかが重要なのですが、いつかはその会員数の成長に限界が来る。今、動画配信市場はその限界を迎えているのではないかというのが株主の想定です。

 そうなると次に行うのは既存客からより多くの収益を上げることで、企業は会員数を大きく減らさずにどこまで値上げできるかを模索します。月額料金の値上げがその最初の兆候で、この先起きることは、たとえばプレミアムコンテンツの導入です。サッカーワールドカップのような魅力のあるコンテンツについて月額料金では見られない位置づけに変更し、PPV(ペイパービュー。都度課金をすること)でしか見られないようなやり方を導入するのです。

 そしてこれまでは無尽蔵に巨額の予算をつぎ込んで制作してきた新作映画やドラマも、予算規模を見直して適正化していきます。企業としては低成長で安定収益をもたらせるようにビジネスモデルを変えていくわけですが、それは言い換えれば成長神話の終焉を意味します。

広告モデルへの転換

 では、ネットフリックスはその転換期を迎えたのでしょうか。冒頭の株価急落を見るとその可能性も高いのですが、この株価急落の過程でネットフリックスのヘイスティングスCEOが興味深い発言をしています。ひょっとするとネットフリックスは根本的な戦略転換で、ここからさらに成長をするかもしれないことを想起させる発言でした。それは広告モデルへの転換です。

 ネットフリックスは長年の間、株主からは広告ビジネスの可能性をアドバイスされても、それを否定してきました。ネットフリックスはもともとDVDレンタルから事業を始めた会社で、企業文化としては「コマーシャルなしに映画などのコンテンツを楽しむ」という視聴方法にこだわってきた会社です。地上波のように途中で頻繁にCMが入るのが煩わしいという人たちに、月会費を払ってもらってゆっくりとコンテンツを楽しんでもらうことを会社の提供価値だと考えてきた企業なのです。

 そのネットフリックスのCEOが「今後数年以内に広告付きの低価格プランを導入する」と言い出した。実はこのことはネットフリックスの大きな方針転換だけではない、業界に破壊的イノベーションを引き起こす可能性を感じさせます。

 ちょうど最近、動画配信会社の新しい可能性を感じさせる別の事件がありました。世界が注目する、そして日本でこれまで開催された最高のマッチメイクといわれたボクシングの世界ミドル級王者統一戦「ゴロフキン×村田諒太」戦がアマゾンのプライムビデオで独占配信されたのです。

 アマゾンのプライムビデオは日本ではネットフリックスを上回る最大の会員数を誇る動画配信サービスです。ただ、その会員数はアマゾンの無料配達サービスを受ける目的でプライム会員になっている人たちの数なので、本当の意味での動画配信視聴者数はネットフリックスよりも少ないのではないかともいわれています。

 とはいえアマゾンも『バチェラー・ジャパン』や『ザ・マスクド・シンガー』のような独自の人気コンテンツを巨額予算で制作し、地上波に代わる新しいテレビのプラットフォームに名乗りを上げている企業です。それが村田戦ともうひとつ、これも世界が注目する今年6月のボクシングバンタム級の「井上尚弥×ドネア」戦という超強力コンテンツを独占獲得したのです。

 ボクシングファンのなかには今回のきっかけで初めてアマゾンプライム会員になった人も多いのではないでしょうか。私はもともとアマゾンプライム会員なので、村田戦はいつものようにテレビの前に座ってチャンネル設定をアマゾンに切り替えて視聴しました。そこまではネットフリックスを見るときと同じです。

 ひとつ大きな違いがあるのはこの村田戦、マイナビがスポンサーになっていて、試合中継の途中途中でマイナビの「バイト探しサムライ」のコマーシャルが入るのです。

未来の動画配信事業に対する一番の衝撃

 これも当たり前の事実ですが、動画コンテンツ配信の市場規模と比較すると広告市場の規模はけた違いに大きいのです。そしてグーグルやメタ(旧フェイスブック)といった巨大IT企業は広告事業で巨額な利益を稼いでいます。

 日本でいえば、WOWOWやスカパーの有料衛星放送事業の売上高はどちらも400億円台です。ネットフリックスは日本での売上を公表していませんが有料会員数から推測すれば700~900億円程度だと考えられます。それに対してテレビの広告費規模は業界全体で1.8兆円と有料コンテンツ市場を大きく上回ります。そしてインターネット広告市場は2.7兆円とテレビの1.5倍規模にまで成長しています。

 ここでネットフリックスがアマゾンのように単純にコンテンツの合間に広告を挟むだけであれば大した衝撃はないのですが、もしインターネット広告のように広告を個別配信したとしたら? ここが、実は未来の動画配信事業に対する一番の衝撃になります。

 テレビ広告とインターネット広告の最大の違いは、受け手によって届く広告が違うという点です。インターネット広告の場合は主に検索履歴や閲覧履歴をもとに、不動産を探している人には不動産の広告が、自動車を検索した人には自動車の広告が、お墓を調べた人にはしつこくお墓の広告が届きます。

 これは広告主にとってテレビのような一律の広告配信よりも効果が高いのです。だからインターネット広告市場はテレビの1.5倍にまで成長し、グーグルやメタはテレビ会社よりもはるかに巨大な広告メディアへと成長した。そのことを考えれば、もしネットフリックスが個別の広告配信を動画配信事業で始めたら、これはものすごく大きい業界インパクトを与えることになるのです。

 先ほどの村田戦にしても20歳前後の視聴者が見ているときには「バイト探しサムライ」の広告でいいと思いますが、それ以外の世代の視聴者には、それぞれの関心に合わせた動画広告を配信するとしたら。それもグーグルの広告と同じでオークション方式で広告価格を競わせて配信すれば、広告収入は動画配信事業モデルの収入をあっという間に抜き去るでしょう。

 はたしてネットフリックスは今回の転換点でビジネスモデルをそこまで転換することに踏み切るのかどうか、今、株式市場が一番注目すべきはその点ではないでしょうか。

(文=鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役)

鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役

鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役

事業戦略コンサルタント。百年コンサルティング代表取締役。1986年、ボストンコンサルティンググループ入社。持ち前の分析力と洞察力を武器に、企業間の複雑な競争原理を解明する専門家として13年にわたり活躍。伝説のコンサルタントと呼ばれる。ネットイヤーグループ(東証マザーズ上場)の起業に参画後、03年に独立し、百年コンサルティングを創業。以来、最も創造的でかつ「がつん!」とインパクトのある事業戦略作りができるアドバイザーとして大企業からの注文が途絶えたことがない。主な著書に『日本経済復活の書』『日本経済予言の書』(PHP研究所)、『戦略思考トレーニング』シリーズ(日本経済新聞出版社)、『仕事消滅』(講談社)などがある。
百年コンサルティング 代表 鈴木貴博公式ページ

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