SMBC日興証券の相場操縦容疑で、東京地検特捜部は4月13日、元副社長・佐藤俊弘被告(59)を金融商品取引法違反(相場操縦)の罪で東京地裁に起訴した。法人としての同社と、エクイティ本部の元部長・山田誠被告(44)も同罪で追起訴した。計10銘柄の不正取引で計6人が起訴された。
起訴状によると、佐藤被告は大株主から保有株を買い取って投資家に転売するブロックオファー取引をめぐり、21年4月8日、山田被告らと共謀し、大正製薬ホールディングス(HD)の株式に大量に買い注文を出し、株価を維持したとされる。
特捜部は山田被告について、すでに起訴された5銘柄に加え、新たに大正製薬HD株を含む別の5銘柄でも不正な取引を行ったとして追起訴した。山田被告は10銘柄すべての違法な取引に関わったと断定した。ブロックオファーの窓口となる営業部門と、自社資金で株を売買する山田被告の運用部門が、買い支えを実行する条件などの情報を共有し、佐藤被告ら上司は買い支えを事前に了承していたという図式だ。
山田被告の上司だった元エクイティ本部本部長、ヒル・トレボー・アロン被告(51)や大株主との窓口だった営業部門の元部長・岡崎真一郎被告(56)を含む当時の幹部6人を起訴したことになる。SMBC証券が大株主から保有株をいったん引き取って投資家に転売するブロックオファー取引に絡み、19年12月~20年11月、取引の対象だった小糸製作所、モスフードサービス、アズワン、ファイバーゲート、京葉銀行などの株価を不正に安定させる目的で、大量の買い注文を出した疑いが持たれている。
逮捕された幹部は外資系証券会社からの移籍組がほとんどだ。米国籍のアロン被告は2014年、ヘッドハンティングされ、UBS証券からSMBC日興証券に移籍。20年、専務執行役員エクイティ本部本部長に就任した。北海道庁に勤めた経験もあり日本語は堪能。エクイティ部の前部長の山田被告はゴールドマン・サックス証券から15年に入社。翌16年、トレーディング業務を担う部長に起用された。
「SMBC日興証券は、自己売買部門が他の大手証券と比べて弱体だった。野村、大和に後れをとっただけでなく、実績は準大手も下回った。だから、“助っ人”としてヒルや山田がやってきた。他社に追いつけ、追い越せのプレッシャーもあり、危ないことに手を染めたのではないのか」(日興の元役員)
取引の終了間際に買い注文を出す株価操作の典型的な手口が繰り返されたとされている。株価買い支えにつながる大量注文は、不審な取引を自動抽出して警告を発するシステムで検知され、コンプライアンスを担当する「売買管理部」から山田前部長は指摘を受けていた。この事実はエクイティ部を統括する佐藤副社長にも報告されたが、不審な取引は、その後も是正されず、繰り返されてきたという。不正は合計10銘柄で行われたとされ、これらの取引で11億円の利益を得ていたとみられている。
スキャンダルの玉手箱
SMBC日興証券は2012年には公表前のTOB(株式公開買い付け)情報を知人に伝え、インサイダー取引に関与したとして、元執行役員らが横浜地検に逮捕・起訴された。金融庁から業務改善命令を受け、役員の情報漏洩に対する監視強化策をまとめた。
だが、未公開株のTOBに関する情報漏洩はその後も続き、18年に元社員が大阪地検に逮捕・起訴された。この時は情報管理を徹底するため社内にモニターカメラを設置し、不正の監視を強化したほか、職業倫理研修を行い、再発防止を誓った。それでも不正が繰り返されたのだから、ことは深刻である。
「日興は最終的にSMBC(三井住友フィナンシャルグループ)の傘下に入ったが、住友銀行はもともとは大和証券と提携し、大和を証券ビジネスの柱にするつもりだった。大和の業績悪化の際に、住友銀行の西川善文頭取(当時)が大和を救済。共同出資して投資銀行をつくることで1998年に合意した。だが、住友ギライの鈴木茂晴(大和証券グループ本社元会長、現・名誉顧問)が合弁を解消し、住友と決別。三井住友は大和の代わりに日興をテコ入れし、2011年にSMBC日興証券にしたという経緯がある」(メガバンク関係者)
「憎い大和に追いつけ追い越せで、住友はムリをしたのではないのか。外部から高給で人材を招聘し、業績を上げるため、インセンティブを重視した。逮捕された幹部は全員が容疑を否認している。年俸アップをテコに渡り歩いてきた人間が多く、本人たちは悪いとも思っていない。組織としてやっていたもので、『超グレーゾーンだが黒ではない』という感覚なのだろう。今回のことは『運が悪かった』という程度かもしれない。検察とも最後まで戦うつもりだろう」(大手証券会社幹部)
全国紙の社会部記者はいう。
「SMBC社内では、『大和の鈴木』に刺されたと思っている人が少なくない。鈴木氏は21年6月まで日本証券業協会の会長をやっていたから、業界のアングラ情報も熟知していたはずだ。事件の背景にはSMBCの経営体質の劣化に加え、SMBCと大和の確執があるとの見方がある」
SMBC日興証券は「スキャンダルの玉手箱」と揶揄されている。日本の証券市場の信頼性を傷つけ、組織としてのコンプライアンス意識の欠如を疑わざるを得ない事態となった。真相の徹底的な解明とともに近藤雄一郎社長らトップはきちんと責任を取り、企業として姿勢を正すべきだ。
近藤社長はナンバー2の佐藤副社長が逮捕されたのを受けて3月24日、事件後2度目の記者会見を開き、法人として起訴されたことについて「内部管理体制に不備があったことは否定できない」としたが、自身の関与については「本件について報告を受けていなかった」と否定した。「信頼回復に努めるのが私が果たすべき役割」と述べただけで、経営責任と自らの進退について、具体的に言及しなかった。だが、近藤社長の引責辞任は不可避だろう。
法廷での黒白には時間
SMBC日興証券の相場操縦事件の黒白は法廷で明らかになる。法曹関係者は審理は長期化すると見ている。「組織的に不正を繰り返した」とし、内部の管理体制の不備を問う検察に対して、SMBC日興証券の幹部らは「株価操作の意図はなかった」「報告は受けたが違法性の認識はなかった」と全面否定している。市場の番人であることを期待されている大手証券会社の不正を立証できるかどうかが焦点となる。
経営トップの経営責任の追及や親会社、三井住友フィナンシャルグループ(FG)を含めた行政処分の行方に関心が集まる。事件の主役であるSMBC日興証券の行政処分は待ったなしだ。機関投資家である一部の大手生命保険会社は、SMBC日興証券への株式売買の新規注文の停止を決めている。
親会社の三井住友FGの責任も当然問われることになろう。三井住友FGがSMBC日興証券のハンドリングを間違うと、「証券再編の引き金になる」と指摘する証券界の長老がいる。
(文=Business Journal編集部)