2020年春から続くコロナ禍も3年目。医療関係者のご尽力には敬意を表するが、一般市民レベルではワクチン接種も進み、少し“コロナ慣れ”した風潮となってきた。夜の繁華街も客足が戻りつつある。
繰り返し発令された緊急事態宣言、まん延防止等重点措置や、それに伴う外出自粛の影響で大打撃を受けた飲食業界も、新業態の開発を進めている。今回は、そのなかで「びっくりドンキー」(本社:北海道札幌市)の事例を取り上げたい。コロナ禍を意識しつつ、近年の外食傾向にも対応しているからだ。
どんなやり方をしているのか。店の横顔を紹介しながら、消費者心理も考えてみた。
女性1人でも使いやすい「ディッシャーズ」
「4月の『びっくりドンキー』1店1日当たり客数は、コロナ前(2019年)同月比で92%まで戻ってきました。この『ディッシャーズ』(Dishers)では、従来はできなかった、さまざまな取り組みをしています」
両ブランドを運営する株式会社アレフの広報担当・渡邊大介さんは、こう話す。
「びっくりドンキー」はハンバーグチェーンとして全国に店がある。現在の国内店舗数は338店(2022年5月20日現在)。鳥取、島根、徳島県以外の44都道府県に展開している。「2020 年度JCSI(日本版顧客満足度指数)」では、飲食業界において全24企業中1位を獲得した人気チェーン店だ。毎年実施する「満喫セット」は、ハンバーグ好きに好評だ。
「ディッシャーズは、もう少しカジュアルな業態です。お客さまご自身でタブレット端末を使い、ひとつのお皿の中で自由にメニューをカスタマイズできます。『びっくりドンキーには興味があっても女性1人では行きにくい』という声にも応え、1人客用の座席も設けました。ハンバーグのパティや野菜も増量でき、ボリューム重視の男性から健康志向の女性までお楽しみいただけます」(同)
都心の「新宿」、観光地の「江の島」に出店
現在、店は都心の「新宿住友ビル店」(東京都新宿区)、観光地の「江の島店」(神奈川県藤沢市)の2店を運営する。ともに2020年6月のオープンだが、最近の状況はどうか。
「やはり人出が増えると、店は混雑します。湘南の片瀬西浜海岸に面した江の島店は、今年のゴールデンウィークは9時のオープン直後から座席を待つお客さまが増え、売り上げの日商記録を更新しました。私も現地で接客しましたが、大変な来店客数でした」
ディッシャーズチームのチームリーダー・辻道拓央さんは、こう説明する。来店客の男女比は、大まかに新宿店が「女性6割:男性4割」、ファミリー客やカップルも多い江の島店は「同5割:5割」の割合だという。平日に取材した新宿店も女性1人客が目立った。
ただし、開業当初は苦戦した。特に西新宿の高層ビル群にある新宿住友ビル店は、コロナ禍のリモートワーク移行で大打撃を受けた。
「周辺の各高層ビルには1棟当たり約1万人の就業・来訪人口といわれます。それが約4000人にまで落ち込みました。現在も従来の5~6割程度までしか戻っていません」(辻道さん)
また周辺はイベント広場もあり、3000人規模で集客できる。週末は人気の各イベントだったが、コロナ禍で一時は実施できなかった。これも店の客数に影響したという。
自分好みでつくれる「ハンバーグメニュー」
逆風下でスタートした同店だが、徐々に認知度や店の特徴も浸透してきたようだ。
「ワンプレートの木皿で提供」などは、びっくりドンキーと同じだが、自分の好みでメニューを工夫できる点がもっとも異なる。その選び方を図表にまとめてみた。
取材時には季節限定の「しらすご飯」(140円、2022年5月末まで)もあった。何も行わないレギュラーの「パティ+ライス+サラダ」では860円、エッグなどの1品のせて+110円で970円。「1000円でお釣りがくるのが基本設計です」と辻道さんは話す。
もちろん、好みで追加すれば1000円を超えていく。筆者も端末を操作してカスタマイズしてみた。レギュラー(860円)に、図表で記した「2=エッグ乗せ(+110円)、3=ライス大(+110円)、しらすご飯(+140円)」に変えたら「1220円」だった。
これ以外に「ピザ」(マルゲリータ880円~)もあれば、「焼きポテト」(280円)、「ディッシャーズチキン」(440円)などサイドメニューもそろえる。さらにアルコール(クラフトビールは550円~)やソフトドリンク、「窯焼きパンケーキ」(830円~)などもある。
カフェを意識したモーニングメニューも
さらに興味深いのは、「モーニングトーストセット」(オープン~11時まで)があること。お好きなドリンク+150円~で、トーストセットなどにアレンジできる。
レストランにしては平日の営業時間が早く(新宿住友ビル店は平日7時~、土日祝日は11時~)、同ビル内や近隣で働く人の朝食需要を取り込む狙いもある。
そして、ドリンクメニューの浸透も図っているように感じた。現在イチ押しなのは「フラッピー」(各530円)で、これはフルーツスムージーのこと。これ以外に「クラフトティー」(各420円)や、びっくりドンキーの人気メニュー「いちごミルク」「濃厚飲むヨーグルト」(各420円)もそろえる。「ドリンクバー」(330円)もあるが、メニューでは目立たない。新たに導入したドリンク類を味わってほしいのだろう。
喫茶店が開拓したモーニング市場に、近年は各業態が積極的に乗り出している。特に都心部で目立ち、「モーニングそば」「モーニングとんかつ」などもある。1人暮らしや出張族など、自宅で朝食をとらない人も多い。こうした客層にも訴求している。
お客の使い勝手に寄り添いつつ、効率性も重視
新業態のディッシャーズだが、食事メニューは「びっくりドンキー」の雰囲気を残す。木皿に乗ったハンバーグも、おなじみの形。メーカーに例えれば“派生ブランド”のような位置づけだろう。
異なるのは、顧客の使い勝手をより高めた部分だ。これは店側の効率性にもつながる。
たとえば、注文時に端末タブレットでメニューを選ぶのは、お客にとっては「選ぶ楽しみ」があり、店側には「注文対応の時間や受注ミスが減る」。
いつも決まった飲食を頼む人はともかく、飲食店での楽しみのひとつは「何を頼もうか?」と、あれこれ悩むことだ。特にレストランでは、この傾向が強まる。
そこで、店側も提供効率を重視しつつ、多彩なメニューを用意する。ディッシャーズの基本はワンプレート提供で、具材の配置が決まっているのも特徴だ。
同店は会計も精算機で行う。卓上の精算プレートのQRコードを精算機にかざすと料金が表示され、その金額を現金や電子マネーで支払う。コロナ禍の非接触志向にもつながり、スーパーやコンビニなど小売店でも目立つやり方だ。
会計のデジタル化は、各店が長年苦労してきた「レジ閉め後の金額計算」作業も軽減される。金額が合わなくて店長やスタッフが残業、ということも減るはずだ。
外食が厳しい時代は、変化の好機
2020年からのコロナ禍で飲食の景色は一変した。「外食」が減って自宅で食べる「内食」が中心となり、持ち帰りや配達の「中食」も増えた。それまでの市場規模は(調査データによるが)、「外食25兆円、内食36兆円、中食10兆円」といわれてきた。
それが、業界団体の日本フードサービス協会が2021年12月に発表した「令和2年(2020年)外食産業の市場規模」によれば、「18兆2005億円」(前年比69.3%)だった。
コロナ禍初年に発令された緊急事態宣言、自治体の営業時間短縮要請、それに伴う外出自粛、さらに活発だったインバウンド(訪日外国人)の入国制限も加わり、コロナ前の2019年に比べて1年で30%も市場が縮んだのだ。
その後は回復基調にあるが、人気のとんかつ店などで来店状況を聞くと、「ランチの客数は戻ってきたが、夜は戻り切らない」とも話す。
だが、厳しい時代こそ「変化の好機」ではないだろうか。これまで気になっていたお客の不満解消に着手する時でもある。お客側も、気分転換の外食を求める意識は高い。
テイクアウトやデリバリーも増え、「外食」「内食」「中食」の垣根も低くなった現在、飲食店に求めるものは何か。これまでの常識や思い込みにとらわれず、考えてみたい。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)
高井 尚之(たかい・なおゆき/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)
学生時代から在京スポーツ紙に連載を始める。卒業後、(株)日本実業出版社の編集者、花王(株)情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。出版社とメーカーでの組織人経験を生かし、大企業・中小企業の経営者や幹部の取材をし続ける。足で稼いだ企業事例の分析は、講演・セミナーでも好評を博す。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。これ以外に『なぜ、コメダ珈琲店はいつも行列なのか?』(同)、『「解」は己の中にあり』(講談社)など、著書多数。