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「JR東海がリニアの重荷に苦しむ姿を見ずに済んだ」葛西元会長が死去

文=Business Journal編集部
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営業運転に投入予定の改良型L0系(「Wikipedia」より)

 JR東海名誉会長の葛西敬之(かさい・よしゆき)氏が5月25日、間質性肺炎で死去した。81歳だった。安倍晋三元首相と親密で、財界きっての保守派ブレーンとして知られた。安倍元首相は葛西氏の死去に際して「寂しい気持ちだ。素晴らしい経営者だったが、一言で言えば国士だった。体の重心の真ん中に常に国家があり、常に国家のことを考えておられる人だった」と国会内で記者団に語った。

 葛西氏は1963年、東京大学法学部を卒業し、日本国有鉄道(国鉄)に入社した。国鉄では労務畑を歩き、労組対策で辣腕を振るった。労働組合からは激しく反発されたが、自民党の三塚博・元運輸相(故人)と通じ、国鉄民営化の旗手になった。三塚氏のスピーチや著書のゴーストライターとしてフルに活躍するなど、当時から政治の世界のプレーヤーだった。

 分割民営化の際には、のちにJR東日本社長となった松田昌士氏(故人)、JR西日本社長を務めた井手正敬氏とともに、「国鉄改革3人組」と呼ばれた。87年、JR東海が発足して以来、経営の中枢にあり、95年から社長、2004年以降は会長を務めた。2014年、名誉会長に退いた後も20年まで取締役にとどまった。その後も名誉会長として、「JR東海の天皇」として君臨した。

安倍元首相を囲む「四季の会」「さくら会」を主宰

 葛西氏は親米保守派の論客として、安倍元首相の右派人脈につらなる人物だ。日本最大の右派団体である日本会議の幹部と顔ぶれが重なる「美しい日本の憲法をつくる国民の会」では代表発起人に名を連ねた。安倍首相が第1次政権時代に肝いりでつくった「教育再生会議」のメンバーでもある。

 安倍氏が首相に就任する前から、大企業のトップでつくる親睦会「四季の会」をつくり、安倍氏を支えてきた。葛西氏と富士フイルムホールディングス最高顧問の古森重隆氏が「四季の会」の中心メンバーである。第2次安倍政権発足後は、葛西氏が発起人となって、三菱グループなどの重厚長大産業の経営トップを集めた「さくら会」を組織した。経団連会長となった日立製作所会長の中西宏明氏(故人)は「さくら会」のメンバーだった。

「四季の会」はNHK(日本放送協会)の人事権を掌握してきた。第1次安倍政権が誕生するとNHKの経営委員会委員長や会長の人選は「葛西氏と古森氏が事実上、仕切った」(財界首脳)とされる。20年にNHK会長に就任した、みずほフィナンシャルグループ元会長の前田晃伸氏は「四季の会」のメンバーだった。

 葛西氏には異能の経営者という枕詞がつきまとう。JR東日本と川崎重工業が新幹線に関する技術を中国に輸出した時には「国を売り渡す行為」と猛反対した。結果は、葛西氏の予言通りになった。中国政府は輸入した新幹線を「自前の技術で創った純国産の最先端製品」と僭称し、世界各地で売り込みを図った。日本の新幹線の強力なライバルに中国製の新幹線がなったわけだ。親米反中韓というスタンスが、安倍氏の考えとぴったり一致したことから重宝された。多くの企業が有望市場とする中国を「信用ならざる国」だと公言し続けたため、財界主流派からは「異端の経済人」と冷ややかな目で見られていたのも事実である。

 東京大学で同期だった三村明夫・日本商工会議所会頭(日本製鉄名誉会長)は、葛西氏の死去について記者団に問われ、「私たちは純粋な経済人だが、彼は政治家との付き合いとかで独特の世界があり、ちょっとタイプが異なる経済人。スケールは大きかった」と評した。

 三村氏は葛西氏が財界人を集めて主宰した「四季の会」に同期のよしみで誘われ、出席者の一人となった。「(葛西氏が)中国などに対する独特な考えをお持ちということもあり、私自身いろいろな事情のなかで積極的な活動をやめた」と述懐し、葛西氏と距離を置くようになったという。これが、財界主流派のホンネである。三村氏はジェントルマンだから、悪し様にしないが、かなり辛辣な評価を下す財界人もいる。

リニア中央新幹線の実現で“政商”としての本領を発揮

 葛西氏が「政商」として本領を発揮したのはリニア中央新幹線の実現にあたってだった。葛西氏は15年10月、日本経済新聞に「私の履歴書」を1カ月間連載。リニア中央新幹線について1章をあてている。

 総事業費9兆円。JR東海は当初「自己資金で建設する」と主張したが、工事が遅れ、資金が足りなくなった。16年6月、リニア中央新幹線の大阪延伸の前倒しを名目に、安倍政権は3兆円の公的資金の注入を決定した。アベノミクスの象徴になる投資先を探していた政府、選挙公約の目玉が欲しい自民党、リニアの大阪延までの早期開業の旗振りをしていた関西政財界。いろいろな条件がそろった結果であったが、葛西氏と安倍氏の親密さが、リニア中央新幹線実現の決め手となった。

 安倍政権は日本の成長戦略として、社会インフラの輸出の大方針を打ち出した。その柱となったのが、JR東海の東海道新幹線の輸出だった。パッケージ輸出という名目で、インフラから保守点検まで丸ごと売り渡すことが日本の国益にかなうと安倍首相は考えた。

 安倍首相は17年2月、就任間もないトランプ大統領とホワイトハウスで会談し、今度はリニアを売り込んだ。リニアは国策の色合いを一気に強めた。だが、品川-名古屋間を40分で結ぶリニア中央新幹線の計画は静岡県内で工事が滞り、米国では着工に至っていない。

 稀代の“政商”葛西氏は、日米でリニアの完成を見ることなく逝った。コロナ禍でビジネス環境が様変わりし、「リニアは令和の戦艦大和」といった極論まで出ている。「葛西氏はJR東海がリニアの重荷にもがき苦しむ姿を見ずに済んだ」(葛西氏に近い親米財界人)との声もある。

(文=Business Journal編集部)

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