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「あと4年は着工できない」…リニア新幹線、開業時期「未定」の異常事態に、静岡問題で

文=編集部
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山梨リニア実験線で試験中のL0系(「wikipedia」より/Hisagi)

 静岡県知事選挙は6月20日、投開票され、現職の川勝平太氏(72)が95万7000票あまりを獲得し、前自民党参議院議員の岩井茂樹氏(53)=自民推薦=に33万票の大差をつけ、4選を果たした。投票率は52.93%で前回を6.49ポイント上回った。コロナ禍の選挙で投票率がアップしたのは、知事選に対する県民の関心の高さを示している。

 JR東海が2027年開業をめざすリニア中央新幹線(品川-名古屋)の静岡工区に関し、川勝知事は着工を認めておらず、リニアの開業はさらに遠のくことになる。リニア中央新幹線のトンネル工事に伴う大井川の流量減少問題をめぐっては、川勝氏がリニア事業を所管する国土交通副大臣だった岩井氏の立候補表明直後に「国土交通省の顔」と認定。水問題が選挙の争点だと強調する戦略を取り、これが奏功した。

 川勝氏は県民の生活を支える大井川の水量が減少する可能性を懸念し、「一度立ち止まって考えるべきだ」と主張。今回の知事選でもJR東海や国交省と厳しく対峙する姿勢が評価され、大井川流域をはじめ県内で幅広く得票を重ねた。

 これに対して岩井氏は、着工は地元の理解を条件としつつ、住民やJR東海を交えた関係者による円卓会議の設置を提案したが、支持は集まらなかった。川勝氏は立憲民主、共産、国民民主3党の県組織の支援のほか、連合静岡の推薦をうけた。3期12年の実績を訴え事実上の与野党対決を制した。

 岩井氏は川勝氏の県政運営をたびたび批判してきた自民県連が擁立。知事選に際して党本部から12年ぶりに推薦を得た候補者として組織選挙を展開したが、支持を広げることはできなかった。与野党対決となった知事選だけに、公明党の動向が注目されたが、公明は中央幹事会で「自主投票」とする方針を決めた。公明が岩井氏を推薦せずに、自主投票にしたことが大差がついた一因とみられている。

 静岡県知事選で4選を果たした川勝氏は6月21日午前、静岡市内で記者会見し、リニア中央新幹線の静岡工区の未着工問題について「(事業主体で)意思決定者のJR東海は環境について十分に考えていない」と改めて批判した。工事による流量減少が懸念される大井川に関して「水質、生態系なども考えざるを得ない環境をつくる」と述べた。「徹底的に工学的科学的な議論をする。JR東海と公開で議論し、県民に知ってもらう」と語った。

 一方、岩井氏は記者団に「大井川(の流量減少などの)問題は、遊説で語り尽くすにはあまりにも時間が短すぎるということがあった。言うべきことが限定されてしまった感が否めない」と敗戦の弁を述べた。

JR東海の経営を圧迫

 JR東海は知事選についてのコメントを控えるとしながらも、「国の有識者会議に真摯に対応し、引き続き大井川流域の皆様のご懸念の解消に努めていく」との談話を出した。加藤勝信官房長官は記者会見で、「引き続き事業主体のJR東海に最大限の努力をしてもらう必要がある。そのなかで静岡県ともしっかり話し合ってもらう」とした。

 JR東海はすでに沿線各地で工事に着手しているが、山梨、静岡、長野の3県を通る南アルプストンネルは静岡工区だけがストップしたままだ。国土交通省が設けた有識者会議は21年3月、「トンネル掘削による中下流域の地下水量への影響は極めて小さい」とする中間とりまとめの素案を公表した。

 川勝氏は、トンネル掘削で出る最大500万トンの湧水が山梨側に流出する問題で、「最大20年かけて戻す」とするJR東海の代替案を認めていない。有識者会議が近くまとめる中間報告で県の意向が十分反映されなければ、県の専門家会議に差し戻され、中下流域の地下水に影響が出ないよう、JR東海に対策を求めていくことになる。川勝氏は「(有識者会議などで結論が出ても)容認できるかどうかは別」との姿勢を示しており、「川勝知事の在任期間の、次の4年間は静岡では着工はないだろう」(地元政財界)との悲観論まで浮上している。

 JR東海は21年4月、リニアの品川-名古屋間の総工費が難工事への対応などで1.5兆円増え7兆円にのぼる見通しを発表している。静岡県下での工事の停滞が続けば、さらに追加コストが発生する可能性が高い。

 JR東海は当初目標だった27年の品川-名古屋開業の時期を見直す方針を示しているが、新たな開業の時期は決まっていない。正式に開業延期を決める場合は、工事実施計画を変更し、改めて国土交通省の認可を得る必要がある。

 6月21日の株式市場でJR東海株が4日続落。前週末比665円(3.9%)安の1万6510円まで下落した。静岡県知事選挙で、静岡工区の着工を認めない川勝知事が再選されたことで、「工期が延び、追加的な費用が発生すれば、JR東海の業績を一段と圧迫する」(アナリスト)ことから売られた。

 JR東海の昨年6月の株主総会でJR発足時から民営化を支え、リニア中央新幹線の推進役であった葛西敬之名誉会長が取締役を外れた。葛西敬之氏の在任中の最大の“業績”はリニア中央新幹線を“国家事業”に格上げしたことだ。安倍晋三首相(当時)との太いパイプが物をいった。“葛西敬之名誉会長と安倍首相の共同プロジェクト”といわれたリニア中央新幹線は、大きな岐路にさしかかったといえよう。

トンネル工事の陥没事故も影を落とす

 JR東海は6月8日、東京都内や川崎市、名古屋市などで深さ40メートル超の大深度地を掘り進めるリニア中央新幹線のシールドトンネル工事について、北品川工区の周辺住民を対象に説明会を開いた。

 昨年10月、東日本高速道路(NEXCO東日本)が施工した東京外郭環状道路(外環道)の調布市の地下トンネル工事で、同じ工法で掘削中に真上の道路が陥没したのを受け、事故防止の取り組みを説明したものだ。

 調布の陥没は「特殊な地盤」や施工ミスが原因と強調。JR東海が追加の調査を求める住民側の声に応えることはなかった。実際に掘るまでは、地上への影響を見通せないのがトンネル工事の宿命だ。まして、実際に大規模な陥没が起きたのだから住民に不安が募るのは自然の成り行きだ。

 静岡工区の南アルプストンネル工事にも通底するのだが、「着工ありき」の姿勢だけでは地元の不安や不信は払拭できない。川勝知事の4選を機にJR東海は対話を基本とした信頼関係の構築が求められている。“葛西時代”の上から目線のJR東海の悪しき伝統は、もはや通用しないことに気付かない限り、リニア中央新幹線の開通への道筋は見えてこない。

川勝知事、JR東海にルート・変更を要請へ

 川勝知事は6月22日の記者会見で、リニア中央新幹線の静岡工区のルート変更をJR東海に正式に要請する意向を表明した。要請の時期は国の有識者会議の「工事の環境への影響調査」の報告などを見て判断する、とした。

 静岡工区は大井川の地下を通すトンネル工事で県が認可せず未着工になっている。「ルート変更を含む工事の見直し」は川勝氏の持論だが、静岡県として事業主体のJR東海に要請したことはなかった。

 今回の知事選で対抗馬だった自民党推薦候補が「ルート変更、工事中止を含め、状況を踏まえて対応したい」と討論会で主張したことから、「自民党と意思疎通し、JR東海にルート変更を申し入れたい」(川勝知事)と正式に表明したわけだ。知事選で完敗した自民党の対応が注目される。川勝知事と歩調を合わせることができるのだろうか。

 自民党県連の塩谷立会長(衆院静岡8区)は知事選の結果が判明した6月20日夜、記者団に「お互いに無視するような状況が続いてきた。県のため、県民のため、知事と話し合う機会が必要だ」と述べ、県政全般の課題で意見を交換する必要性があるとの姿勢を示している。

(文=編集部)

【追記】

 JR東海は6月23日、名古屋市内のホテルで定時株主総会を開いた。株主からリニア中央新幹線についての質問が相次いだ。宇野護副社長は静岡工区について「ルート変更はあり得ないと考えている」と答えた。

 宇野氏は「技術的な条件などを踏まえ今のルートを決めている。既に地権者からの土地の買収も進んでいる」と説明。「ルートの見直しは振り出しに戻ることになる」とした。

BusinessJournal編集部

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