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富士フイルム、飽くなき変身&成長…バイオ医薬品受託製造で世界トップを視野に

文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授
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富士フイルムのHPより

 富士フイルムは、バイオ医薬品の受託製造事業の設備投資を発表した。細胞の増殖に使われるタンクの容量で、同社は世界トップのスイス・ロンザを上回る見込みだ。最大のポイントは、世界経済の最先端分野の一つであるバイオ医薬品分野で、富士フイルムが国際分業の加速化に対応しようとしていることだ。写真のフイルム製造技術を化粧品や「アビガン」などの医薬品と結合させることによって、富士フイルムはビジネスモデルの変革を実現した。その上で、同社は世界トップのバイオ医薬品受託製造企業を目指している。

 新しいバイオ医薬品の開発には莫大なコストがかかる。コストをかけて研究開発や臨床試験を行ったとしても、米食品医薬品局(FDA)など当局の承認が得られるとは限らない。リスクの負担を抑えつつ事業運営の効率性を高めるためにヘルスケア業界全体で国際分業が加速する。半導体分野でチップの設計・開発と生産が分離されて事業運営の効率性が高まったのと似た変化が製薬業界で加速している。それは富士フイルムが成長を加速するための大きなチャンスになるだろう。

世界的に需要急拡大のバイオ医薬品

 2022年6月30日に富士フイルムはバイオ医薬品などの受託製造(CDMO、Contract Development Manufacturing Organization)事業を運営するフジフイルム・ダイオシンス・バイオテクノロジーズの欧米拠点に約2,000億円の投資を実行すると発表した。同社は売り上げと営業利益で最大のセグメントに成長したヘルスケア事業の競争力強化に集中している。その背景には、バイオ医薬品の急速な需要拡大期待の高まりがある。健康のないところに、幸福はない。経済成長に伴い各国でより多くの動物性たんぱく質を摂取する人が増える。それによって、がんや心筋梗塞などのリスクが上昇する。それに加えて、コロナ禍の発生によって未知のウイルスによる感染症リスクも無視できない。

 一般的に、医薬品は2つのタイプに分けられる。一つ目が化学合成医薬品だ。それは、分子量が小さく構造が明確である低分子化合物をもちいて生産される。化学合成医薬品は低分子医薬品とも呼ばれる。もう一つが、バイオ医薬品だ。遺伝子の組み換えや、新しく開発された細胞の増殖といった最先端の生命科学技術(バイオテクノロジー)を用いて生み出される医薬品を指す。がん治療の場合であれば、がん細胞表面上のタンパク質と結合しその働きを抑える治療薬(抗体医薬品)が開発されている。このようにバイオ医薬品は対象となる細胞表面上のタンパク質を認識して、その活動を抑え、免疫力を高める。これが、バイオ医薬品は標的に直接的に作用し副作用が少ないと言われる一つの要因のようだ。

 なお、バイオ医薬品はタンパク質を有効成分とする。経口投与すると消化酵素によって分解される。そのため、注射剤として投与されることが多い。化学合成医薬品と異なり、バイオ医薬品はバイオテクノロジー研究の向上に大きく影響される。細胞を増殖する(微生物や動物細胞に作らせる)技術、ウイルスの除去などによる安全性の向上などにより多くのコストがかかる。経済産業省によるとバイオ医薬品の設備投資には化学合成医薬品の3〜10倍、品質管理に1.3〜1.8倍のコストが生じるとの見方がある。

バイオ医薬品分野で急加速する国際分業

 その状況下、富士フイルムはバイオ医薬品分野での国際分業の加速に対応するために、受託製造事業をさらに強化する。ポイントは、世界の製薬業界全体で競争の構造が大きく変わり始めたことだ。2000年代に入り世界の製薬業界では、米国のファイザーなどが超大型の買収を急速に増やした。それによって各社は高い効果を発揮して開発費を大きく上回る収益を得られるブロックバスター(画期的な効能を持ち、開発費を圧倒的に上回る利益を生み出す治療薬)をより多く手に入れようとした。

 また、高い治療効果が期待できるパイプライン治療薬(承認を得ていない開発中の新薬候補)を持つ企業の買収も急増した。まさに、経営体力がモノをいう時代を迎えた。その結果として、一部の製薬メーカーが巨大化し、市場は寡占化した。2018年にわが国では、武田薬品工業がアイルランドのシャイアーを約460億ポンド(当時の邦貨換算額で約6.8兆円)で買収した。それは、成長期待の高い海外市場でトップクラスのバイオ医薬品メーカーとしての地位を確立するためだった。

 ただし、買収をテコにした事業規模拡大戦略で持続的な成長を目指すことは容易ではない。買収によって手に入れた新薬候補の効果が当局に認められないと、収益を得ることは難しい。景気が悪化して株価が下落し、巨額の減損が発生する恐れもある。高いリスクを抱えたまま研究開発から生産、販売までを自己完結したビジネスモデルを維持することは容易ではない。特に、スタートアップ企業の場合、研究開発を加速させつつ生産体制を確立する負担は大きい。

 そうした課題を解決するために、バイオ医薬品分野で国際分業が加速している。研究開発と生産を切り離したほうが、企業は強みを持つ分野に集中できる。つまり、事業運営の効率性が高まる。そうした変化に対応して、富士フイルムは微生物の培養施設を拡大するなどして受託製造体制を強化している。伝統的な経済学の理論では市場では各企業が完全競争のもとで事業を運営することが前提とされてきた。しかし、実際は違う。相応のリスクを負担しつつ健康への欲求という需要を満たすために、他の企業と協力して分業体制を強化する企業が増えている。

今後の成長に決定的影響与える設備投資

 そうした環境変化を富士フイルムは成長加速のチャンスにしようとしている。今後の注目点は、設備投資の積み増しだ。受託製造事業の強化には、細胞増殖のための培養槽の増強はいうまでもなく、少量から大量生産まで柔軟に顧客ニーズに対応する組織体制の整備が欠かせない。

 2022年1月に米Ataraから細胞治療薬の製造拠点を取得したように、富士フイルムでは受託製造能力強化のための買収も増えるだろう。そうした取り組みを他の企業を上回るスピードと規模でしっかりと実行していくことが、富士フイルムのバイオ医薬品受託製造ビジネスの成長に欠かせない。

 求められるのは、経営陣の覚悟だ。世界経済全体でインフレ圧力によって短期を中心に金利が上昇している。米中対立の先鋭化など、事業運営の不確定要素も増える。他方で、韓国のサムスングループなどがバイオ医薬品の受託製造事業を強化し、世界トップのシェアを手に入れようとしている。半導体部材メーカーなど異業種からの参入も増えるだろう。富士フイルムは設備投資の手綱を緩めることはできない。委託先の企業からより必要とされるために受託製造体制の徹底強化は不可避である。

 それによく似た事例が、リーマンショック後の世界の半導体産業で起きた。インテルと台湾積体電路製造(TSMC)の競争だ。ポイントは、TSMCの経営陣が半導体の受託製造分野における総合力を磨いたことだ。インテルは設計開発から生産、販売までを自社完結することにこだわった。それに対して、TSMCはチップの回路線幅を小さくする微細化技術を徹底して強化し、アップルなどインテルの顧客を奪取した。バイオ医薬品分野でも、それに似た動きが鮮明となるだろう。

 そうした変化を成長加速につなげるべく、富士フイルムはバイオ医薬品の受託製造事業分野での設備投資を、よりスピーディーに、より大規模に実行するはずだ。それに加えて、富士フイルムには写真フイルムや半導体などの超高純度部材の分野で培ってきた製造技術がある。設備投資を強化しつつ既存の製造技術をバイオ医薬品事業とよりダイナミックに結合することによって、同社は世界トップのバイオ医薬品受託製造企業としての地位を目指すだろう。

(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。
多摩大学大学院

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