リーマンショック後、村田製作所はスマートフォンやパソコンなどのITデバイスに使われる電子部品の需要を取り込んで業績を拡大した。現在、同社はそうした分野に加えて、自動車や脱炭素など、新しい分野の需要取り込み体制を強化しようとしている。それに円安による業績かさ上げ効果も加わり、2022年度の業績は緩やかに拡大する見通しだ。
見方を変えると、村田製作所は新しい電子部品需要を生み出す重要な局面を迎えた。世界的にスマートフォンの需要は減少している。そのため、スマートフォン向けに生産が増加基調で推移してきた高付加価値の(他の企業では模倣が難しい)最先端の積層セラミックコンデンサの需要が減少している。その結果、村田製作所では製品が販売につながらず在庫が増えている。
今後の展開として、先行きの不確定要素が増えるなかで村田製作所が世界経済の最先端分野でのモノづくりを迅速に強化できるか否かに注目が集まるだろう。これまで村田製作所は高純度の原材料を自社で生み出すことによって、新しい電子部品需要を創出してきた。その力のさらなる発揮によって、村田製作所が業績拡大を実現する展開を期待したい。
村田製作所の成長支える原材料からのモノ作り
村田製作所は微細なモノづくりの力を極めて、新しい製品を生み出すことによって世界の電子部品需要を獲得してきた。同社(具体的には岡山村田製作所など)は、セラミックの原料であるチタン酸バリウムやチタン酸ジルコン酸鉛といった原材料の製造技術を磨いている。具体的には、より小さく純度の高いセラミック原料の研究開発が強化され、生産体制が整備されている。その上で、村田製作所は積層セラミックコンデンサなどの電子部品を生産する。
新聞報道などによると、村田製作所の国内生産比率は65%程度とみられる。その一方で、同社の海外売上比率は90.9%(2022年3月期)に達する。主要製品の世界シェアも高い。積層セラミックコンデンサは40%、ショックセンサは95%、弾性表面波(SAW)フィルタ(スマートフォンなどで周波数のコントロールに使われるフィルタ)は50%、マイクロバッテリで40%などの高シェアを誇る。このように、村田製作所のビジネスモデルの根底には、模倣困難な原材料の生産技術がある。
国内で村田製作所は原材料の製造技術を高めた。それを用いて、新しい機能を持つ=高付加価値の電子部品をスマートフォンメーカーや半導体メーカー、自動車メーカー、バッテリーメーカー、機械メーカーなどに供給する。機械など部品を組み合わせて生産されるモノと異なり、原材料レベルまで部品を分解して構造を模倣することは困難だ。原材料の製造技術の向上をコア・コンピタンスにして村田製作所はリーマンショック後のスマートフォン需要を効率的に取り込むことができた。
それに加えて、世界経済のデジタル化、コロナ禍発生後のテレワーク需要がパソコン需要を押し上げた。ビッグデータの収集や利用拡大、スマートフォンなどを用いた動画の視聴やSNSの成長などによって5G通信に対応したアンテナモジュール、フィルタの需要も拡大した。このようにして村田製作所のビジネスチャンスは拡大した。2022年3月期までの過去10年間で売上高や営業利益は増加し、売上高営業利益率は23.4%に上昇した。
世界的なスマートフォン需要などの減少
ただし、足許では成長ペースにわずかながら鈍化の兆しが出始めた。2022年4~6月期の業績は前年同期比に比べて売上高、営業利益ともに減少した。営業利益率も低下した。特に大きな要因は、積層セラミックコンデンサやSAWフィルタなどの需要拡大を支えたスマートフォンの販売台数が増えていないことだ。
2021年後半以降、世界のスマートフォン出荷台数の伸びは鈍化した。まず、コロナ禍の発生によってテレワークが増え、スマートフォン需要が一時的に急増した。それによって、かなりの需要が満たされた可能性がある。その後、需要は徐々に減少している。まず、中国では不動産バブル崩壊の後始末が拡大するなどし、経済成長率が急速に低下している。4~5月にはゼロコロナ政策が徹底されたことによって動線が寸断され、個人消費が大きく落ち込んだ。
それに加えて、米欧ではインフレを退治するために中央銀行が金融引き締めを徹底して強化せざるを得ない。米国では、住宅市場の悪化が鮮明だ。欧州でも景況感が急速に悪化している。アップルは日本でのiPhoneなどの販売価格を引き上げ、ドル高による収益悪化を食い止めなければならない。その結果、4~6月期の世界のスマートフォン出荷台数は前年同期比8.7%減少の2億8600万台だった。韓国のサムスン電子はベトナム工場でのスマートフォン生産を削減した。それに加えて、パソコンの需要も減少している。中国では2022年上半期の新車販売台数が前年同期の実績を下回った。
世界的に銅や鉄鋼石などの価格は下落している。デジタル家電や自動車、インフラ投資などの需要が世界全体で一段と減少する恐れが高まっている。米欧の中央銀行はインフレ退治を断固として進めるために大幅な追加利上げを余儀なくされるだろう。それによって、米国では徐々に労働市場の改善ペースが鈍化し、個人消費にブレーキがかかりやすい。スマートフォンなどの需要は一段と落ち込む可能性が高まっている。世界経済を下支えしてきた米国の個人消費の減少が鮮明化すれば、世界のスマートフォン需要はより急速に減少するだろう。そうした展開に対する警戒感を背景に、村田製作所では在庫が増加している。
加速が求められる自動車や脱炭素向けの電子部品生産
世界経済の先行きは楽観できなくなっている。中国では徐々に生産活動が回復してはいるものの、不動産バブル崩壊などによって経済成長率の低下傾向が鮮明だ。それは、村田製作所にとって逆風だ。生産高の減少が続けば、固定費の負担が増す。それによって、営業利益率が追加的に低下する恐れがある。
逆風が強まるなかで、村田製作所はスマートフォンに続く収益源開拓の取り組みを強化している。その一つが、カーエレクトロニクスを支える電子部品の供給力強化だ。CASEの加速によって自動車に用いられる半導体は増える。それは高湿・高温・高電圧耐性に優れた積層セラミックコンデンサやインダクタの利用増加につながるだろう。
また、脱炭素の分野でも村田製作所のビジネスチャンスは増えるはずだ。再生可能エネルギーの利用増加のためには、様々な自然環境(海上、水中、高温多湿など)に耐えうるコンデンサなどの需要が高まる。また、世界全体でIT先端分野ではクラウドの利用増加が加速している。5G通信技術の導入も世界各国で加速するだろう。いずれの分野でもより小型であり消費電力性能が高い、高熱にも耐えられるといった高い付加価値を持つコンデンサやフィルタ、基盤、インダクタなどの需要が増えるだろう。
さらに、世界のIT先端分野ではブロックチェーンなどを用いて個人や企業が自らのデータを管理し、より能動的にネット空間とかかわるウェブ3.0を目指す取り組みが加速している。それによって、新しい素材、電子部品の需要は加速度的に増えるだろう。
村田製作所は短期的な事業運営の逆風をしのぎつつ、これまで以上のスピードで新しいモノを生み出す体制を徹底して強化しようとするだろう。そのスピードを高めることによって、世界経済の最先端分野で同社がライバル企業に先駆けて高付加価値の電子部品などを生み出すことはできるはずだ。それによって、同社がより効率的に収益を手に入れ、成長を加速する展開を期待したい。
(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)