現在、日産自動車とルノーは出資比率引き下げに関する交渉を進めている。日産としては、現状、収益力などで自社が上回っているとの自負があるだろう。一方、ルノーは可能な限り日産の技術を取り込んで成長を加速させたい。当初は11月半ばにも両社が出資比率引き下げなどに関して合意に至るとの見方があった。しかし、予想以上に交渉は時間を要している。
一つの要因として、ルノーのEV(電気自動車)新会社設立は大きい。ルノーは日産との協業を重視しつつも、他企業との連携も強化し始めた。ルノーはEV新会社への参画を日産に求めているが、日産は知的財産などが社外に流出することを警戒している。そのため、今後の提携がどのようになるか模索が続いているとみられる。ただ、日産の意思決定に時間がかかればかかるほど、EVシフトなど環境変化への対応は遅れる恐れが高まる。日産経営陣は、これまで以上のスピード感をもって今後の事業戦略を策定し、組織が向かうべき方向を明示しなければならない。
新しい提携を模索する日産とルノー
現在、ルノーは日産株の43%を保有する筆頭株主だ。日産にとって、ルノーによる出資は1990年代初頭のバブル崩壊後の経営体制の不安定化を食い止め、リストラを加速させるために重要な役割を果たした。一方、ルノーにとって日産への出資は内燃機関などのすり合わせ技術やハイブリッド車の製造技術を習得し、収益規模を拡大するために重要だった。実力で下回る企業に支配される状況に日産の組織全体が不満を抱いたことは想像に難くない。
リーマンショック後は、雇用など自国の産業基盤強化を狙うフランス政府の意向も強まった。一時、ルノーは日産との経営統合を目指した。しかし、ルノー・日産のトップを務めたカルロス・ゴーンの逮捕によって、経営統合は難しくなった。急速な企業イメージの悪化によって日産の業績は悪化した。より迅速に意思決定を行い、業績の改善と拡大を実現するために日産経営陣はルノーに出資比率を引き下げ、対等な関係を求めてきた。実力で上回る日産にとって出資比率引き下げはより能動的な事業運営を目指すための悲願といっても過言ではないだろう。
一方、ルノーにとっても出資比率引き下げの重要性は高まってきた。まず、ルノーはより多くの資本をEV関連分野に再配分し、収益性を高めなければならない。特に、中国市場におけるルノーのシェア低下は深刻だ。ルノーにとって日産への出資を減らし、中国事業の強化に資本を再配分することは喫緊の課題といえる。一方、ルノーは内燃機関をはじめとする製造技術などを日産に頼ってきた。それに加えて、バッテリーの発火リスクの引き下げなどEV関連の製造技術に関しても日産の技術力は高い。研究開発費に関しても日産はルノーを上回っている。ルノーにとって、日産の要請に可能な限り配慮し、良好かつ持続性の高い関係構築を目指す意義も高まっている。そのためにルノーは日産と今後の提携のあり方に関する議論を重ねてきた。
ルノーの新EV会社設立のインパクト
見方を変えれば、日産とルノー経営陣の心中には、このままでは生き残りが難しくなるという焦り、危機感が高まっているはずだ。その一因として、世界の自動車業界ではEVシフトが加速している。中国ではEVをはじめとする新エネルギー車の需要が急拡大した。事業環境の加速度的な変化に対応するために、ルノーは日産に先駆けて新しい戦略を実行し始めた。事業分割の発表である。
11月、ルノーはEV事業を「アンペア」として、内燃車事業を「ホース」として分割すると発表した。それが日産に与えたインパクトは大きい。ホースは中国の吉利汽車との折半出資で運営される。アンペア事業にはクアルコムが出資し、2023年には上場が目指される。ルノーは日産にホース、アンペア両事業への出資を求めてきた。
日産は内燃機関事業への出資は見送った。その一つの要因は、中国企業への技術流出を食い止めることがある。吉利はボルボの内燃機関事業を取り込み、独メルセデスベンツなどにも出資して、急速に製造技術を吸収してきた。日産の出資は敵に塩を送ることになりかねない。また、ルノーのEV事業に日産がどう参画するかに関して、事態は一段と複雑とみられる。
ルノーはクアルコム以外にもグーグルやダッソー・システムズ、SAPなどとも連携を強化しEVシフトに対応しようとしている。特に、車載用のソフトウェアの設計と開発に集中してきたIT先端企業にとって、日産のもつEVのハードウェア分野の特許は、魅力的な知的財産だ。ルノーの筆頭株主であるフランス政府の意向も日産の今後に大きな影響を与える。フランスは、再生可能エネルギーと原子力などの発電源を組み合わせつつ、ハードとソフトの両面でEV設計・開発、さらには受託を含めた生産能力を強化しなければならない。そのために仏政府が再度、ルノーを通して日産への影響力を強める可能性は排除できない。
なお、ルノーと合弁会社を設立する吉利は、EV事業も強化している。もし、今後のルノーとの協働に関する日産の意思決定に想定される以上の時間がかかると、ルノーは日産以外の企業との連携をさらに強化する可能性は高まる。
日産に求められる選択と集中
日産は能動的に長期の視点で事業運営体制を強化できるか否か、非常に重要な局面を迎えている。今後のポイントは、日産がどうなりたいと思うか、だろう。それがルノーとの新しい提携のあり方を含め、同社の長期存続に決定的なインパクトを与えるはずだ。
世界の自動車産業では、異業種からの参入増加などによって再編が激化している。ルノーとの出資比率引き下げをめぐる交渉が長引くと、日産は環境の変化に乗り遅れ競争力の低下がより鮮明となる恐れが高まる。日産経営陣は、迅速にルノーとの新しい資本関係、その後の事業運営のルールを確立しなければならない。その上で、経営陣は選択と集中をより明確に利害関係者に示す必要がある。
端的に、内燃車とEVの両方で成長を目指すか、それともEVの分野に徹底して集中して自己変革を加速させるか、といった基本指針の明確化が求められる。それは、車載用のソフトウェアなどの開発を共同して進める提携先企業の選定、あるいはEV開発のための国内外のIT先端企業との関係強化に無視できない影響を与えるだろう。国内企業が設立したEVの新会社に日産が出資し、ルノーとクアルコムを上回る製品の創出を目指す発想があっても良い。いずれにせよ、日産経営陣はかなりのスピード感をもって一連の取り組みを進めなければならない。そうした展開が現実のものとなれば、日産はルノーとのアライアンスをより有利な立場から運営することが可能になるかもしれない。
ただ、昨今の日産の業績、経営陣の説明を見る限り、組織全体でスピード感と情熱を高めて変革を実行しようとする勢いが高まっているとは考えづらい。それだけ、ゴーン時代の負の遺産が積み重なり、組織の士気は停滞しているとも考えられる。そうであるからこそ、経営陣は新しい企業を生み出す気概をもって、将来像を社内外に示し、より多くの賛同獲得を目指すべきだ。それができるか否かによって、日産の中長期的な事業運営には無視できない影響があるだろう。
(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)