11月21日、JR博多シティ(福岡県福岡市)内にある東映系の映画館、T・ジョイ博多にコーヒースタンド「TAG COFFEE STAN(D)」(以下、TAGコーヒー)がオープンした。
まだ一般の知名度は高くないが、TAGコーヒーは飲料大手のサントリーが手がけるブランドだ。「その日の気分に合わせて、自分好みのコーヒーにカスタマイズできる」を掲げる。
カスタマイズの意味は、ドリンクの味をブラックコーヒーやラテ、紅茶などから選べ、アイスかホットも選べる。ラベルのデザインも3000種類以上のバナーデザインから選択し、名前やメッセージも入力できる。「世界に1本だけ」のペットボトル飲料がつくれるのだ。
これまで、109シネマズ川崎(神奈川県)、同二子玉川(東京都)、同名古屋(愛知県)の映画館内に出店していたが、人気を呼び、関門海峡を渡って九州に初出店した。
なぜ、こうしたブランドを展開するのか。担当者に話を聞きながら、コーヒーと消費者の関係についても考えてみた。
ブランド名を「STAN(D)」表記にしたワケ
「TAGコーヒーの平均価格帯は550~650円で、多い日には1店舗で1日700杯ほどの販売になることもあります。購入された方の約9割が女性、20代が4割いるのも特徴です」
同ブランドを担当するサントリー食品インターナショナルの今中悠穂さん(SBFジャパンイノベーション開発部)は、こう説明する。
ブランド名は「TAG COFFEE STAN(D)」だが、「STAND」としなかったのはなぜなのか。
「アメリカの有名なラッパーで、ヒップポップMCのエミネム(Eminem)さんの代表曲『STAN』にちなんだのです。この曲は『The Marshall Mathers LP』(2000年収録)に入っており、プロモーション動画もあります。大きな話題を呼び、ここから熱狂的なファンを示す『STAN』という言葉も生まれました」(今中さん)
2017年には「stan」が、もっとも有名な英語辞典のひとつ『オックスフォード英語辞典(Oxford English Dictionary)』に登録され、「ある特定の有名人の、熱狂的な、あるいはその人のことが頭から離れないファン」と定義された。その後、『ウエブスター辞典』にも登録された。伝統ある辞典に相次いで採用され、一定の認知度を得たのだ。
「隠しテーマとしての訴求でしたが、SNSで『これ、もしかして“推し”のことじゃない?』と話題を呼び、商品への関心も高まったのです」(同)
スピード受け取りより、関心は「推し活」にあった
実は「TAG」は、2019年6月に東京・日本橋で開店(2021年8月閉店)した前身ブランド「TOUCH AND GO COFFEE」(タッチアンドゴーコーヒー)の頭文字からとった。
「オープンしたのはコロナ以前、月~金の通勤時代でしたから、平日の朝にオフィス街のコンビニやカフェにコーヒーを求めて行列する風景もありました。朝にこだわりの1杯を求める方に向けて、TOUCH AND GO COFFEEは誕生したのです」(今中さん)
LINEで事前に注文や代金決済を行い、店舗で専用ロッカーから取り出すという提供スピードも訴求した。
ところが、送り手側の訴求に対して、利用する受け手側は、違う部分に反応した。
「商品の取り間違いを防ぐ意味もあり、ボトルとラベルに名前やカラーが自由に選べる機能をつけました。これが思わぬ反響を呼んだのです。
当初は、お客さまご自身の名前を入力されるのをイメージしていましたが、実際には好きなアイドルやアニメキャラクターなどを入れる方が続出。推し活としてウケるようになり、さらにSNSで拡散されて話題が高まったのです」
サントリーは、この市場性に目をつけて「ラベルのカスタマイズ」にフォーカス。新たに推し活を意識した「TAGコーヒー」として立ち上げたのだ。
さまざまな調査でも「推し市場」が活発
博報堂グループの共同研究プロジェクト「コンテンツビジネスラボ」が毎年実施している全国調査「コンテンツファン消費行動調査2022」というデータ(https://www.hakuhodo.co.jp/news/newsrelease/99664/)がある。
それによれば、「生活者のコンテンツへの年間平均支出額は6万653円」(前年比-6548円)だが、ファンクラブ市場は伸びており、「推し」への応援消費は好調だという。
また、「マイナビウーマン」が行った「推し活を楽しむ女性の消費傾向」調査では、「推し市場の消費は『アイドル沼』と『アニメ・キャラクター沼』の2大勢力が占める」という分析があった。ここでいう「沼」は、ハマったら抜け出せないという意味で使われる言葉だ。
「TAGコーヒーでは、ラベルに刻印(入力)されるのは、男性アイドル、スポーツ選手、アニメのキャラクターが多く、その相手には『こんなデザインがふさわしい』という思いでラベルのデザインを選ばれています」
推し活の市場規模は(どこまで含めるかで数字は変わり)、1000億円超とも6000億円超ともいわれる。「ファン」よりも「推し活」は、行動の主体性も感じられるネーミングだ。
以前から芸能人以外の「推し」行為はあった。たとえば、筆者は十数年前、有名プロ野球球団の取り組みを何度か取材した。その際に「まだ一軍に上がれない選手の将来性やルックスに目をつけて、二軍練習場や二軍キャンプに熱心に通うファン」の存在も聞いてきた。
「コーヒー」と向き合う意識も変わった
TAGコーヒーには紅茶もあるが、基本はコーヒー系飲料だ。近年は消費者の「コーヒー」と向き合う意識が変わってきた。
以前の記事でも紹介したが、「カフェや喫茶店で、若者はドリップコーヒーを頼まない」「中年世代も、昔ほどドリップコーヒーを注文しない」という話をよく聞く。
サントリーの看板ブランド「BOSS」には、ペットボトル飲料「クラフトボス」があるが、従来のコーヒーに比べて薄味で、その分、ゴクゴク飲めるのが人気だ。
さまざまなメーカーを取材すると、昔はあった“大人への通過儀礼”が好まれなくなった――という社会と意識の変化を感じる。
たとえば、年配者と一緒の会食でも「とりあえずビール」ではなく、最初から好きなドリンクを頼める。味が苦手なら、“ビールがわかる大人”にならなくてもよい。濃厚なコーヒー好きな若者も一定層いるが、苦手という人もいる。そういう人でも「コーヒー系」は飲みたかったりする。クラフトボスは、そうした層も支持しているのだ。
この意識はノンアルコール人気にも通じる。「酔うのは苦手」だけれど、「ビール味やワイン味は好き」な人も多い。メーカーもそうした層に向けたノンアル訴求を行う。
嗜好品なので個人によって違うが、総じてカジュアル化が進み、同調圧力ムードも減った結果、「自分らしさ」を表現したい人が増えたのではないだろうか。
「美味しい」「楽しい」がないと長続きしない
最後に、食品ブランドとして「基本性能」+「付加価値」の視点で考えてみた。
TAGコーヒーの付加価値は、冒頭で紹介した「その日の気分に合わせて、自分好みのコーヒーにカスタマイズできる」だ。基本性能である「味」についてはどうだろう。
「お客さまからは『ラベルに惹かれて注文したけれど、おいしいですね』と言われます。当社は、コーヒーや清涼飲料を次々に発売する会社ですから、味わいや飲みやすさにもこだわります。紅茶でもブラックティー、フルーツティー、ラテの多彩な味をそろえました」
さまざまな飲料ブランドを出すサントリーは、TAGコーヒーを通じて消費者意識を探っているのではないだろうか。メーカーの現場では「生活者インサイト」という言葉も耳にする。「商品を買う消費者ではなく、生活者としての深層心理や潜在意識を探り、その心理や意識にアプローチする」という意味で使われる。
「映画館だけでなく、関東近郊ではキッチンカーでの販売も行っています。提供場所が移動できる機動性を生かしてスポーツスタジアムにも出店しました。今後はイベント等での出店を増やし、お客さまの多彩な『好き』をサポートしていきます」
食品ブランドが人気を呼ぶ理由には「参加」「限定」もあり、長続きする理由には「美味しい」「楽しい」がある。美味しさは機能性だが、楽しさは情緒性だ。滑り出し好調なTAGコーヒーは、今後どう進化させていくのだろうか。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)