日本に住む生活者(今や日本人に限らない)の国民食ともいえる「ラーメン」――。好みの味は人それぞれだが、外食の専門店はもちろん、自宅でつくる袋麺やカップ麺、冷凍麺にも多彩な味が揃っている。
また、「札幌ラーメン」「博多ラーメン」「喜多方ラーメン」など、地域によって異なる味もある。そんな事情も手伝ってか、全国展開されるラーメンチェーン店は少ない。
そこで今回、「丸源ラーメン」(運営会社は物語コーポレーション)に焦点を当ててみた。2022年12月28日に北海道内初出店(「丸源ラーメン 札幌菊水元町店」)を果たしたからだ。北は北海道から南は沖縄県まで全国展開し、同事業の業績も好調に推移している。
とはいえ、国内店舗数はブランド単体で「186店」(2023年2月末現在)と決して多くない。ちなみにハンバーガーチェーン最大手の「マクドナルド」は同3000店近くある。
なぜ、地域によって好まれる味が違う「ラーメン」で全国各地に出店できるのか。事業部の責任者に顧客戦略を聞きながら、消費者意識を考えた。
「ラーメン店」「看板商品開発」に乗り出した事情
「丸源ラーメンは2001年、愛知県安城市でスタートしました。当社の本社は豊橋市にあり、1号店は同じ愛知県内から出発したのです。大型店でしたが、いきなり繁盛店となり、月商3000万円を記録。ちなみに店舗展開が加速したのは、当時のビジネス環境もありました」
同ブランドを統括する物語コーポレーション執行役員・丸源事業部事業部長の池田頼信さんは、こう振り返る。
池田さんの言うビジネス環境とは、同年に起きた「BSE」(牛海綿状脳症)だ。当初は狂牛病と呼ばれ、感染した牛の異常行動などが相次いで報道されて、食肉業界は大打撃を受けた。
「焼肉きんぐ」(2007年に1号店)が看板ブランドの同社も、当時は「焼肉一番カルビ」ブランドを積極展開中の時代。BSEの余波で「焼肉一番カルビ」から「丸源ラーメン」にFC(フランチャイズチェーン)契約を変更するFC店オーナーが続出した。
「予想を上回る店舗拡大となりましたが、やがて売り上げが鈍化。数年間は厳しい時期でした。そこで競合と差別化できる看板商品が必要だと考え、商品開発に着手したのです」(同)
こうして誕生したのが、現在の看板商品「熟成醤油ラーメン 肉そば」(以下、肉そば)だ。開発したのは、同社の和食職人だと聞く。実は、肉そば以外に「つくねそば」も開発したが、こちらは伸び悩んだ。2004年に期間限定の「たっぷり背脂の肉そば」として発売されると大好評となり、翌05年にグランドメニュー(定番商品)となった。
専門性を追求した「肉そば」「鉄板玉子チャーハン」
実際の雰囲気を知るために、「丸源ラーメン 小平店」(東京都小平市)に足を運んだ。駐車場も備えた大型店に入り、「肉そば」も食べてみた。トッピングは薄い豚肉が多く入り、玉ねぎ、海苔、ねぎ、柚子こしょうおろしなど。スープは見た目ほどしつこくない。
「肉そば人気が定着し、2009年頃からは、店の売り上げをけん引する存在となりました。今でも大人気ですが、その商品だけに依存しない工夫もしてきました」(同)
池田さんは「ファミリーやグループでもご来店される大型店は『大衆性と専門性のバランスが大切』」とも話す。
丸源ラーメンにおける「肉そば」は専門性だが、大衆性として「醤油ラーメン」「とんこつラーメン」「塩ラーメン」「味噌ラーメン」などもある。これ以外に「丸源餃子」「鉄板玉子チャーハン」などサイドメニューも多い。肉そば推しの人も、違うメニューが食べたい時もあるだろう。
肉そばと並ぶ専門性である「鉄板玉子チャーハン」も注文してみた。鉄板の中央に円形のチャーハンが乗っており、運ばれた後、店舗スタッフが溶き卵をチャーハンの周囲にかけてくれるパフォーマンスつき。お客を楽しませる工夫として興味深く見ていた。
お客の目の前でひと手間かけるのは、たとえばソムリエがワインをグラスに注いだり、バリスタがラテアートをつくったりするのに近い、おもてなし訴求といえよう。
じわじわと地域に浸透、繁盛店になるまで10年かかった例も
さて、冒頭で紹介したように、ラーメンは地域によって好みの味が変わる。かつて専門家を取材した際は、「大きく分けて、東日本は煮干しのしょうゆベース。西日本はとんこつベースで、特に九州は圧倒的にそうだ」という話を聞いた。
なぜ、丸源ラーメンは北海道にも九州にも出店できるのか。
「以前は丸源ラーメンが受け入れられるまでは苦労しました。北海道でも札幌は味噌ラーメン、函館は塩ラーメンの文化です。ご存じのように九州はとんこつラーメンで、博多と久留米(ともに福岡県)ではとんこつのつくり方も違います。
また、宮城や福島をはじめとする東北地方は『幸楽苑』(本社:福島県郡山市)の存在感が強い。そして香川県は、高松や丸亀に代表されるうどん県――という地域文化もあります」(同)
各都道府県の出身者は、ご当地のラーメンやうどんを食べて育った人も多いだろう。
「一方、当社には『地域一番店主義』という戦略があります。必ずしも短期視点のみで結果を追い求めない。繁盛店になるまで約10年かかった例もあります」
過去にはセットメニューを充実させるなど、地域浸透への取り組みを進めていった。
「展開するうちにわかったのは、地域の人気店は中型店や小型店で、メニュー構成も絞った個人経営が多い。当社のように大型店で多彩なメニューを揃えた店は少ないのです」(同)
現代のように情報拡散が速いと、昔のような地域の違いは薄れていく。そして友人や知人とも気軽に立ち寄れる大型店は、特にクルマ社会の地方では使い勝手がよい。もちろん店に魅力がなければ支持されないが、こうした複合要因も追い風となったのではないか。
コロナ禍でもラーメン店が強かった理由
2020年から始まったコロナ禍も4年目。油断はできないが、大小のイベントも以前のように開催されて、世の中の雰囲気はコロナ前に戻ってきた。
丸源ラーメンはコロナ前(2018年)の業績を大きく上回る。既存店比では同年下半期(7~12月)の売り上げを「100」とした場合、2022年下半期は「115.3」に伸びた。
「もともとラーメンは、昼の需要が多い商品です。丸源ラーメンの売り上げ構成比もランチの時間帯が約65%、ディナーの時間帯が約35%となっています。どの時間帯に需要があるかも地域や業種で異なり、前述の香川県におけるうどんは朝中心。住宅街の一角で営む個人店では、朝早くから営業し、午後の早い時間に閉店する店も多いのです」(同)
外出自粛期もラーメン店は比較的堅調だった。理由のひとつに“息抜き外食”もある。
「一般的に30分で食べて帰れる業態です。お客さまが長時間滞在しないので座席の回転率も高い。コロナ禍の外出自粛時期も、さっと食べて店を出る方が多かったと考えています」(同)
最近、少し興味深い情報を耳にした。コロナ禍で自宅での食事が中心となり外食回数が減った結果、「外食は味が濃い」と思う人が増えた、という話だ。丸源ラーメンにもそんな声があるのだろうか。
「そうした話は聞かないですね。2016年に従来の麺よりも糖質を50%カットした“糖質カット麺”も開発しましたが、お客さまはそれぞれの好みに応じて楽しまれています」(同)
別の取材では、「最近は魚介や豚骨のみを用いたシングル出汁(だし)はあまりウケず、複数の出汁を足した合わせ出汁が多く、総じて濃厚な味が好まれる」という話も聞いた。
今後の課題は「人材の確保」
業績好調な「丸源ラーメン」の残された課題は何か。
「最も大きいのは、人材の確保です。今後はチェーン店の統一感を大切にしつつ、複雑だったメニュー構成を絞るなど、現場の運営しやすさを向上させて、さらなる顧客満足につなげていきます。集客数も伸びた現在、それに取り組まないと、郊外の大型店は立ち行かなくなります」(同)
外食チェーン店は注文をタッチパネル、支払いをセルフレジにするなど「DX(デジタルトランスフォーメーション)化」も進めるが、池田さんは「DXが向かない業務もある」と話す。
「ラーメンをつくる調理作業もそうですし、商品提供もそうです。ロボットにラーメンを運ばせることはやりません」(同)
この話を聞いて、前述の「鉄板玉子チャーハン」を運ぶ際、溶き卵をチャーハンの上にかける行為を、ヒトではなくロボットがやるシーンを想像した。最初は面白く、SNSでも話題になりそうだが、やがて飽きたり物足りなくなったりするのではないか。
グループ業態の「焼肉きんぐ」は、制限時間を定めた食べ放題が主体で、飲食の提供を迅速にするため、配膳ロボット「Servi(愛称みーと)」(ソフトバンクロボティクス社製)を活用する。効率性と情緒性は、消費者心理に合わせて使い分けているようだ。
(文=高井 尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)