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日産、理不尽な水増し損害賠償請求…ゴーンに100億円、ケリーに14億円

文=松崎隆司/経済ジャーナリスト
横浜にある日産自動車グローバル本社の画像
日産自動車グローバル本社(「Wikipedia」より)

 日産自動車と元会長兼CEO(最高経営責任者)のカルロス・ゴーン氏、元代表取締役グレッグ・ケリー氏の争いはドロ沼化している。日産は東京地検特捜部に告発して刑事事件にする一方で、民事事件としても二人を訴えていた。

 2020年2月12日、日産はゴーン氏に対して約100億円の損害賠償請求を横浜地裁に提訴した。日産は2019年9月9日の取締役会で、監査委員会からゴーン氏の不正行為に関する社内調査の結果報告を受けたという。この社内調査によると、元会長は取締役会に詳しい事情を明かさず、CEO予備費から知人の会社や内外の販売代理店に計4670万ドル(約63億450万円)を支出。海外子会社の資金約2700万ドル(約36億4500万円)をブラジルやレバノンの住宅購入費用などに流用したとされる。不正行為は350億円を超えるとした。

「日産側が裁判所で証言した内容では、この中にはコーポレートジェットや会社所有の施設の使用など世界を股にかけて仕事をしていたゴーン氏にとっては到底通常業務としか思えないようなものがかなり含まれていました。(日産が)むりやりつくり出した数字だったのではないかという印象を受けました」(横浜の裁判を傍証していた記者)

 ゴーン氏の弁護団の一人、郷原信郎弁護士は次にように語る。

「(日産のゴーン氏に対する損害賠償請求は)法外な請求です。本来認められるようなものは、ほとんどないと思います」

 2022年1月19日には、ケリー氏に対しても約14億円の損害賠償請求を行った。証券取引等監視委員会が2019年12月10日、金融庁に対して日産の有価証券報告書と発行登録追補書類の虚偽記載に対する課徴金命令の勧告を行い、金融庁は2020年2月27日、日産に対して約24億円の課徴金の納付を命じた。ケリー氏に請求しているのは、すでに支払い済みの課徴金(2014年度の有価証券の登録追補書類の虚偽記載への課徴金14億円分)のみ。その他の損害については金額が確定し次第、請求する予定だという。

 これに対しケリー氏の弁護人、喜田村洋一弁護士は「到底認められない請求。粛々と対応していきたい」と語る。

 一方で、司法取引をした元専務執行役員のハリ・ナダ氏や元秘書室長の大沼敏明氏に対しては、損害賠償請求が行われていない。司法取引は刑事訴追を免れるもので、民事上の責任を免れるものではないにもかかわらずだ。

米株主と日産の和解金もゴーン氏とケリー氏に請求

 日産が行った損害賠償請求は、これだけではなかった。

 米国の株主、ジャクソン郡従業員退職制度(のちにプロビデンス従業員退職制度が合流)が18年12月、法人としての日産やゴーン氏、ケリー氏、前社長の西川廣人氏、執行役最高財務責任者の軽部博氏、元CFOのジョセフ・ピーター氏に対して起こしていた集団訴訟で、21年9月に日産が勝手に和解に応じ、その和解金をゴーン氏とケリー氏の損害賠償請求に上乗せしているというのである。裁判所は米国日産の本社がある米テネシー州の地方裁判所だ。

 その後、原告団に日産が和解金を支払うことで和解したという。この和解金を日産はゴーン氏とケリー氏との間で進めている民事訴訟に上乗せしてきたのだという。郷原弁護士は次のように語る。

「和解金の内訳というのがどういうものなのか、どういう経緯で和解になったのか、日産側に具体的に提示してほしいといっても何も明らかにしようとはしないのです」

 さらに、喜多村弁護士も次のように語る。

「日産は勝手に和解し、その和解金をゴーン氏やケリー氏に請求してきたのです。元になった集団訴訟は、ゴーン氏やケリー氏のやったといわれる有価証券虚偽記載が原因で株価が下がったから賠償を求めるというものです。日産としては、支払った和解金をゴーン氏やケリー氏に請求するということですが、ゴーン氏もケリー氏もこの和解を了承していませんでした。あくまでも日産の事情で和解したわけで、それを二人に請求するのは筋違いだと思います」

 和解したのは2022年6月、総額3600万ドル。6月24日にはゴーン氏とケリー氏に対して、それぞれ訴訟費用として総額のその半額の約1800億ドル(約24億3684万円)ずつを請求。このほか、集団訴訟の対応に要した専門家費用として、法律事務所費用の半額の約391万ドル(約5億2934万円)、コンサルティング費用の半額の約13万ドル(約1782万円)、意見書作成費用の半額約104万円、計約29億8505万円を、それぞれに請求してきた。つまり、和解金と裁判に関する費用をすべてゴーン氏とケリー氏に付け替えたというわけだ。

 なぜ日産は和解をしたのか。米国の裁判事情に詳しい事情通は、次のように説明する。

「日産、ゴーン氏、ケリー氏の弁護士は、いずれも最終的には和解を考えていたようです。ただ、日産とゴーン氏、ケリー氏とでは立場は正反対。そのような中でケリー氏の弁護士が、日産に対してこれまで開示してこなかった社内調査の資料を裁判で提出するよう求めてきたのです」

 ゴーン氏の役員報酬問題が地検特捜部の捜査対象となったときに内部調査を担当していたのが、米法律事務所のレイサム&ワトキンス。長年にわたってゴーン氏の報酬の在り方などを助言してきた事務所であるだけに、利益相反行為ではないかと指摘されてきた。

「そうした重大な問題を抱えているため、調査結果を表に出せないわけですよ。情報開示を求められて、苦しくなって『だったら金を払えばいいじゃないか』という具合に、お金で解決してしまったんじゃないでしょうか。そのお金をゴーン氏やケリー氏に請求してくるのは、とんでもない話です」(郷原弁護士)

高額訴訟の裏に隠された秘密とは

 日産は、なぜゴーンとケリーに対して巨額の請求をするのだろうか。

「刑事裁判で検察は、ゴーン氏に対して退職後に支払いが繰り延べられた約90億円の確定報酬があると主張し、それを開示しなかったことが有価証券報告書虚偽記載に当たると主張しました。日産は2019年4月の臨時株主総会でゴーン氏を解任しましたが、その際、検察の主張に沿って、90億円もの役員報酬を未払金として計上しました。ゴーン氏が取締役を退任した以上、約90億円の役員報酬を請求されたら支払うしかないが、支払いたくはない。かといって役員報酬の支払義務を否定すると、検察の確定報酬主張が根底から崩れてしまい、有価証券虚偽記載が否定されてしまう。そこで、苦肉の策として100億円を超える巨額の損害賠償を請求して、役員報酬の支払拒絶の理由にしようと考えているのだと思います」(郷原弁護士)

 この民事訴訟で日産は、ハリ・ナダ氏がレイサム&ワトキンスに依頼したとされる社内調査の費用を30億円も請求しているのに、社内調査報告書を証拠に出そうとしない。しかも、被告のゴーン氏から、原告の100億円の損害賠償請求は、原告が確定報酬と認める約90億円の報酬支払請求権と対等額で相殺するという抗弁を出しているのに、日産は裁判でゴーン氏の相殺の抗弁に対して約90億円の役員報酬の債務があるのか、そうでないのかをなかなか明らかにしようとはしないという。

 ゴーン氏の役員報酬を確定報酬にしてしまうと、仮に民事で負けた場合には90億円を支払わなければならないからだろう。裁判所からも、被告の抗弁に対する認否を明確にするよう再三にわたって求められているのに日産側代理人は、そのたびに話を煙に巻き、裁判は遅々として進まないのだという。

 日産は、裁判に勝つことよりも長引かせることで、ゴーン氏とケリー氏が日産に対して巨額の損失を負わせた疑いがあるという印象操作をしているのかもしれない。長引けば、仮に負けたとしても世間の関心はすでに薄れている。ゴーン氏が虚偽記載の疑いをかけられている90億円を支払わなくても、誰も気にも留めないだろう。仮に日産の主張が正しいというのであれば、正々堂々と証拠をすべて開示してもらいたいものだ。

 日産は筆者の質問に対して、次のように答えている。

「お問い合わせいただいた件については現在係争中の裁判に関わることですので、具体的な内容についてのコメントは差し控えさせていただきますが、今後不正行為の事実が裁判で示され、法に従い適切に処理されると考えております。なお、当社としては、不正行為が二度と繰り返されないよう、すでに着手しているガバナンスの改善と強化の取り組みを着実に進め、引き続きコンプライアンスを遵守した経営に努めてまいります」

松崎隆司/経済ジャーナリスト

松崎隆司/経済ジャーナリスト

1962年生まれ。中央大学法学部を卒業。経済出版社を退社後、パブリックリレーションのコンサルティング会社を経て、2000年1月、経済ジャーナリストとして独立。企業経営やM&A、雇用問題、事業継承、ビジネスモデルの研究、経済事件などを取材。エコノミスト、プレジデントなどの経済誌や総合雑誌、サンケイビジネスアイ、日刊ゲンダイなどで執筆している。主な著書には「ロッテを創った男 重光武雄論」(ダイヤモンド社)、「堤清二と昭和の大物」(光文社)、「東芝崩壊19万人の巨艦企業を沈めた真犯人」(宝島社)など多数。日本ペンクラブ会員。

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