1月30日、日産自動車はルノーグループとのアライアンスに関する声明を発表した。現在、日産株の43%を保有するルノーは保有比率を引き下げる。日産とは15%ずつを出資しあう対等な関係を構築するようだ。それは、日産にとって永年の悲願の達成といえるだろう。日産は自社の技術力をより積極的に生かし、自社の意向に基づいて電気自動車(EV)などの事業運営を進めやすくなる。
ルノーとの対等な関係の実現によって、日産は世界の自動車産業の大変革に対応するスタートラインに立ったといってもよい。ルノーが対等な資本関係を見直したのは、EVやエンジンなどの製造技術に優位性を持つ日産の要望を受け入れざるを得なかったからだろう。世界の自動車関連産業の変革スピードは日増しに激化している。日産は強みをより迅速に強化しなければならない。それは同社の中長期的な成長のみならず、国内自動車産業の今後の展開にかなりのインパクトを与えるだろう。
ルノーから譲歩を引き出した日産
近年、日産経営陣はルノーと粘り強く交渉を進め、資本面での対等な関係を実現しようとしてきた。1999年に日産は経営体力の低下を食い止めるためにルノーと資本業務提携を結んだ。その後、コストカットを徹底するためにルノーはカルロス・ゴーンを派遣し、国内工場の閉鎖などによる日産リバイバル・プランが進められた。終身雇用、年功序列の雇用慣行や、協調性を重視する日本の商習慣と異なる発想を持つ経営トップの指揮によってリストラが徹底されたことは、一時的な収益性の改善にはつながった。
その後、徐々に問題が顕在化したのが、ルノーによる出資比率だ。ルノーが日産に出資した時点で、日産の純利益は赤字だった。ただ、販売台数など自動車メーカーとしての実力で日産はルノーを上回っていた。その後、エンジン車の燃費向上やEV開発の点でも日産はルノーの収益獲得に大きく貢献した。実力で下回る企業に事業運営の意思決定が大きく影響されることに関して、日産の組織全体で不満が高まったことは想像に難くない。その状況下、ルノーの筆頭株主であるフランス政府は、一時、ルノーと日産の経営統合を真剣に検討した。それによって、エンジン車の製造能力向上に欠かせない「すり合わせ技術」や「リーフ」などによって日産が磨いてきたEV関連の技術を取り込むことは、フランスの雇用基盤の強化などに欠かせない。
そうしたフランスサイドからの圧力の強まりに対して、日産内部の反発心は一段と強まったはずだ。さらに、2018年11にはカルロス・ゴーンの逮捕によって日産の組織全体に不安と動揺が広がった。日産という企業のイメージも悪化した。フランス政府とルノーにとって、経営統合を目指すことは難しくなった。また、コロナ禍の発生やウクライナ危機によって、ルノーはアライアンス体制の強化を模索する以前に、自社の事業運営体制の立て直しに集中しなければならなくなった。その状況下、日産経営陣はルノーサイドと粘り強く交渉を進めて対等な資本関係の実現を目指した。1月30日のプレスリリース発表は、日産にとっての念願達成といってよい。
激化する世界の自動車市場の陣取り合戦
また、対等な資本関係は、日産がより能動的に新しい自動車関連技術の研究、開発、実用化を目指すためにも欠かせない。現在、世界の自動車産業は100年に1度と呼ばれる急激な変革期にある。特に、CASE(自動車のネットとの接続、自動運転、シェアリング、電動化)などのインパクトは大きい。内燃機関などのすり合わせ技術を磨いて参入障壁を築いてきた日独などの自動車メーカーを取り巻く事業環境は、急速に不安定化している。それに伴い、世界の自動車関連業界全体で、より優位な競争ポジションを確立するための陣取り合戦は激化している。
ここにきて、世界の自動車産業に変革をもたらしている要素は、一段と増えている。まず、脱炭素への対応を進めるために世界的にEVなど電動車の需要は高まっている。EVの生産方式は、スマホのようなユニット組み立て型に移行する。さらに、ネットワークとの接続や自動運転などの先端技術の搭載も加速している。その分野では自動車メーカーよりもIT先端企業に優位性がある。中国では、共産党政権が景気対策のために新エネルギー車(EV、PHV、FCV)の販売を支援し、需要が急速に増えた。中国では産業補助金政策などを背景にBYDをはじめとする中国EVメーカーの台頭も鮮明だ。1月31日、BYDは日本でEVの「ATTO 3(アットスリー)」を発売した。
そうした環境に対応するために、世界の自動車産業では異業種を巻き込んだ連携や合従連衡が増えている。ディーゼルエンジンの不正問題を起こした独フォルクスワーゲンは、中国の寧徳時代新能源科技(CATL)などから車載用バッテリーの調達し、EV戦略を強化した。また、フォルクスワーゲンは欧州の半導体メーカーであるSTマイクロエレクトロニクスと半導体の開発で連携し、EV生産面では台湾の鴻海精密工業傘下のフォックスコンとの提携を進めようとしている。仏PSAはFCA(フィアット・クライスラー・オートモービルズ)と経営統合しステランティスを発足させた。日本ではトヨタ自動車とスズキやスバルなどの連携が強化されている。米国ではGMが韓国企業やホンダと連携して車載用バッテリーの生産やEVプラットフォームの開発に取り組んでいる。
日産に必要なEV関連技術等の強化
その状況下、日産はEVの走行や安全、さらには自動運転の分野で製造技術を磨いてきた。今のところ、CASEなどに関する先端技術の開発、実用化に関して、日産は相対的な強みを発揮していると考えられる。ただ、取り組みのスピードが低下すると、あっという間に競合他社に追い抜かれるだろう。その意味で先行きは楽観できない。それほど世界の自動車産業界の変化は加速している。実力下回るルノーにとって、そうした日産の先端技術の重要性はこれまで以上に高まる。日産からルノーに対する不満がさらに高まれることは避けなければならない。
ルノーは、対等な関係を求める日産の要求を受け入れざるを得なくなったと考えられる。日産リバイバル・プランの開始から24年ほどが経過したが、ようやく日産は本来の強みである新しい自動車の創出技術に磨きをかけ、世界市場でより積極的にチャレンジする体制を手にいれつつあるといっても過言ではない。
日産に必要な発想は、これまで以上のスピード感と規模感をもってEVなどの開発を強化し、グローバルな需要をダイナミックに取り込む体制を整備することだ。米テスラは世界最大の新車販売市場である中国と第2位の米国でのシェア拡大を目指して、両市場での事業運営体制を急速に強化している。欧州でもテスラは再生可能エネルギーの利用を促進することによって生産体制やEVの充電ステーション整備などを加速させるだろう。そうした先端企業の取組に対応するために、日産は国内外のバッテリーメーカーやIT先端企業などとの提携を強化しなければならない。
それに加えて、日産が磨いてきたエンジンの製造技術の重要性も高まるだろう。特に、インフラの整備が途上段階にある新興国などでは依然としてエンジン車の需要は高まる。ハイブリッド車の利用も含め、より汎用性の高いエンジンの製造の効率性を高めることができれば、日産の収益機会は増えるだろう。このように考えると、長い時間とコストはかかったものの、ようやく日産は自力で、エンジン車と電動車の全方位体制で、グローバルに成長戦略を実行する環境を手に入れつつある。ルノーはこれまで以上に日産の技術を必要とするだろう。対等な資本関係を最大限に活用して、日産が世界市場での成長をどう実現するかが注目される。
(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)