工場における生産ラインの自動化を図るシステム「ファクトリー・オートメーション(FA)」機器の企画、開発、製造を手がけるキーエンスといえば、社員の平均給与がずば抜けて高いことでも有名だ。2023年6月に同社が提出した有価証券報告書によれば、平均年間給与は2279万3975円と、かなり高水準であることがわかる。
同社はBtoB主体で半導体、自動車、電子機器、食品、薬品など幅広い業界に対して事業を展開しており、世界46カ国、230拠点で30万社と取引する大手FAメーカーである。23年3月期の売上高は9224億2200万円、営業利益は4989億1400万円といずれも増収、増益を達成し、業績は好調そのもの。
そんな同社は高給である一方、仕事は激務ともいわれ、「30歳で家が建ち、40歳で墓が建つ」という言葉があるほどである。同社はメディア取材をほとんど受けない方針であるため、その実態を掴むことは困難である。そこで今回は、元キーエンス社員で現在は株式会社BLUEPRINT Foundersの代表取締役CEOを務める竹内将高氏に話を聞いた。
案外、ブラックではないが、仕事は普通に忙しい
改めてキーエンスが、どんな企業なのかおさらいしてみよう。同社は工場用のセンサーや測定器をメインに、画像処理機器、制御・計測機器、研究・開発用機器、ビジネス情報機器などを取り扱っている。商品をただ販売するのではなく、実際に担当者が工場まで赴くといった、現場に寄り添ったサービスがウリだ。ちなみに23年3月期の営業利益率は54.1%と製造業としては異例といえる高利益率であり、盤石なビジネスモデルが構築されているものとみられる。
竹内氏は、キーエンスに入社後、メトロロジ事業部という部門の営業職に配属。当時の仕事内容について次のように語る。
「私の所属していた部門では、朝8時30分から夕方17時30分までが業務時間だったのですが、だいたい朝7時30分ごろには出社し、企業へのアポ取り、営業の準備をしていました。そして始業後にテレアポをしたり、実際に訪問先へと伺って営業したりすることが主なルーティン。特に私の部門の場合、単価が高額の商品を取り扱っていたので、商談の場で売り切ることを求められました。ですからお客様に対し、論理的に商品の利点を説明し、売り込むセールストーク力が必要でしたね。
17時30分以降は、次の日の商談や社内会議の準備で残業することも。ただしキーエンスでは、21時30分以降の残業が禁止されているので、終電まで残ることはなかったです。このように早朝出社や残業自体はあり、業務自体もスピード感が求められますが、業務時間だけで見れば、ほかの激務で多忙な企業に比べればそこまでブラックでもない、というのが正直な感想です。特に近年では働き方改革の影響により、20時ごろに帰宅する社員もいるようです」(竹内氏)
もっとも7時30分から21時30分までだと14時間拘束になるため、強制ではなく自主的に早出や残業をしているとしても、なかなかのハードワークに感じるが、捉え方は人それぞれかもしれない。
徹底した定量主義…社員同士の仲も良好だとか
実際にキーエンスで働いていた竹内氏としては、噂ほど過酷な職場ではないということのようだ。
「しかしその分、業務のプロセスは厳しくみられるんです。有名な話ですが、キーエンスでは、業務スケジュールを分単位で報告することがルールとなっており、少しでも報告を怠ると上司から『正確な報告をしろ』と叱責されてしまいます。報告内容も細かく、テレアポ一つひとつの時間や外出中の客先到着時間や商談の開始、終了時間まで報告しなければいけません。
なぜここまで細かい要求をするかというと、キーエンスが徹底的な合理主義に基づいて経営しているからという点に尽きます。報告内容はすべてデータ化され、アポ入れ数に対してどれだけ受注できたのか、数字として明らかになります。たとえば商談まで至ることができても受注率が悪いとなると、そのデータを示して、どこの部分を改善するべきか、定量的にわかるようになっています。つまり根拠なく受注率を上げよと言っているのではなく、明確な数字に基づいて業績改善を提案し、個々の数字を上げるような仕組みになっているんです」(同)
マイクロマネジメント的な思考が強く、超管理型ともいわれるキーエンスだが、同時にメリハリがついている職場だとのこと。
「社員を細かく管理するとはいうものの、オンとオフの差ははっきりしている企業と断言できます。先述のように21時30分以降の残業はNGですし、基本的に休日出勤もありません。また、大手企業などでよく見られる取引先への接待費などは、経費では落ちない方針。業務に関わることは残業を含め、すべて出勤時間内でやり切れ、と考える企業なので、仕事とプライベートにメリハリをつけることはできましたね」(同)
メンタルを病む社員も少なく、決して風通しは悪くないという。
「管理が厳しい会社ではありますが、業務内容がきつくて心を病む人はそれほどいなかったですね。私のいた部署の話になりますが、他者を蹴落とすという実力社会的な社風ではなく、全体で数字を伸ばしてアベレージの業績を上げていく雰囲気でしたので、むしろ社員同士の仲は良好でした。離職率は低くありませんが、『別の環境で結果を出したい』というようにポジティブな意味で退職する社員がほとんど。若手のうちならプロセスさえしっかりと守っていれば、評価される仕組みになっているので、意外と結果至上主義ではないんです」(同)
若手のうちは結果を出しても評価されづらい
竹内氏は、キーエンスでの経験は今の自分を形作るうえでは欠かせないものだと話すが、人事評価の面で不満はあったそうだ。
「プロセスを守っていれば、評価されると申し上げましたが、裏を返せば、プロセス以外の施策を打ちだしてもあまり評価されないことを意味します。会社としては、プロセス通りに業務をしていれば業績が上がると考えているので、個人がより効率のよい受注方法を見つけたとしても、『フレーム外のことをするな』と難色を示されてしまいます。
それに伴って、若手のうちは優秀な結果を出しても評価されづらくなっているんです。たとえば、『月に100件テレアポし、50件商談をまとめろ』という目標が設定された場合、100件テレアポして50社と商談した社員Aと50件テレアポして50社と商談した社員Bだと、社員Aのほうが評価されるんです。普通ですと、社員Bのほうが効率的に商談までこぎつけるから優秀であるかのように思えますが、キーエンスとしては全体の底上げ、合理主義という観点から頑なにプロセス遵守を要求するのです」(同)
竹内氏自身も、キーエンスで高い売上を何度も出していたものの、結果を出していくうちに会社の評価システムに疑問が生じ、退職を決意したという。最後にキーエンスで働くことの強みについて教えてもらった。
「キーエンスは、外的管理が苦ではない方であれば、黙々と仕事を進められて力も付けられる環境だと思います。ひたすら定量化して、自分に足りない部分を見つめ直し、改善するという習慣を身に着けることもできるので、今後のキャリアでも役に立つはずです」(同)
(取材・文=文月/A4studio、協力=竹内将高/BLUEPRINT Founders 代表取締役CEO)