今や非正規雇用で働く人が約4割。2022年に総務省が実施した「労働力調査」によれば、役員を除く雇用者の36.9%が非正規雇用者として働いているという。その現状はメディアでもたびたび取り挙げられており、例えば5月24日にNHKで放送された『あさイチ』内の「“なぜ私たちは…”非正規雇用の悩み」という特集は耳を疑うような内容だった。番組内で紹介された10年同じ職場でパート従業員として働いていた女性は、時給900円から一向に上がっていないにもかかわらず、新しく入ったスタッフが時給1100円で採用されていたというのだ。会社への不信感を拭うことができず、その女性は鬱々とした様子で心境を吐露していた。
能力の向上と勤続年数の経過によって時給も上がっていくのが一般的なイメージだろうが、古株スタッフより新規スタッフの時給のほうが高いという「ねじれ現象」は、どうして起こってしまうのだろうか。今回はM&Nコンサルティング社会保険労務士・行政書士事務所代表で、1万人以上に対してキャリアカウンセリングを行ってきた中谷充宏氏に話を聞いた。
人手不足や繁忙期で以前の募集より高時給になることも
アルバイト・パート雇用で、既存スタッフの時給を据え置きにしているにもかかわらず、新規スタッフの時給を上げて求人することに、法的な問題はないのだろうか。
「法的には問題はありません。本人の同意なしに時給を下げることは法律で禁止されていますが、以前の募集より高い金額を提示するのはNGではないんです。つまりアルバイト・パートは、契約の内容や時期によって、同じ仕事内容でも時給が変わることは珍しくない。新卒採用の社員となると給料を一律にすることが一般的ですが、パート・アルバイトはバラバラの時期に契約するケースがほとんど。募集要項に書かれている時給の条件は、その地域の最低賃金さえ守れば、人手の状況や繁忙の度合いによって変更可能なので、スタッフ間で時給に格差があることはよくある話です」(中谷氏)
たしかに企業が一時期だけ時給を高くしてアルバイト・パートを募集することはよく目にする光景だ。たとえば、GWや年末年始などの繁忙期には、飲食店が普段よりも高い時給で募集するといったことはよくある。
「業種、業態問わず、今は人手不足が深刻化しているので、時流に合わせて時給を上げることは珍しくありません。5月30日の『ワールドビジネスサテライト』の放送で、都内のあるホテルが人手不足を理由に時給を1350円へアップさせた、なんて話もありましたが、働き手が枯渇している業界では当たり前に行われていることですね。問題は古株スタッフの賃金についてで、古株スタッフの時給をそのままにする、もしくは引き上げるかもそれぞれの企業によって判断が異なります。会社全体で考えれば、安く働かせたほうが経営面では合理的であるため、据え置きのままにしておくと判断する企業もあるはず。その結果、『あさイチ』で紹介されたようなねじれ現象が起きてしまうことも少なくありません。
余談ですが、アルバイト・パート間での格差を訴える際に、政府が進めている同一労働同一賃金の原則を用いて苦労を訴える方がいらっしゃいますが、これは誤りです。この原則は、正規雇用者と非正規雇用者の間で生じる不平等を是正するために生まれた概念でして、非正規雇用者間での格差は想定されていません。つまり現状、非正規雇用者の間の格差は法的にはなんら問題はなく、会社の判断に委ねられているのが現状です」(同)
能力>勤続年数の原則…つらい職場ならすぐさま転職を
新規スタッフより古株スタッフの時給が低いというねじれ現象を理不尽に感じる人は多いだろうが、時給が上がらない理由がスタッフ側にあるケースもあると指摘する。
「残酷な話ですが、たとえ何十年も勤続したとしても、時給アップに見合う能力がなければ、昇給させることは難しいです。新しいスタッフの時給が高くてギャップを感じる方は、もしかしたら会社からしてみれば生産性が低く足枷になっている、という事情もあり得るかもしれません。そのため、企業としてはあえて時給を上げないままにして、そのまま自主退職させる動機付けを与えている可能性もあります。
もちろんアルバイト・パートの能力を正当に評価せず、コストカットを第一に考え、時給を上げない企業もあるでしょう。また疾患などの事情でほかの企業で働けない人をカモにし、都合が良いように雇う悪質極まりない企業もあるでしょう。ですが原則として給与アップは、個人の成長度合い、会社への貢献度で決定しますので、成長が見込めないスタッフに関しては非情な対応を取ることもあるのが現実です」(同)
企業が「使えない」と烙印を押したアルバイト・パートへの風当たりは強そうだ。『あさイチ』内でも「『パートさん』という呼び方で名前で呼んでくれない」「パートは言われたことだけやっていればいい」などの声が寄せられていたが、一度ネガティブなイメージを植え付けられたアルバイト・パートの労働者は、その後もずっと会社内で蔑まれるということも考えられる。
「明らかに正当に評価されていない、もしくは自分に合わない職場である場合は、ほかの企業に転職することが最善策です。賃金を上げてほしいと要求しても断られ、労基署(労働基準監督署)やブラックバイトユニオンなどの第三者機関に訴えたとしても、違法性が確認できない限り、問題解決に向けては動いてくれないでしょう。仮に訴えが通ったとしても、労力とコスト、時間がかかりすぎてしまって得策とはえません。
また、その仕事が根本的に自分と合わない業種、業態だったら思い切って、異業種にチャレンジするのもひとつの手です。資格を取得するなどして市場価値を自分で作っていければ、働き先の選択肢も広がり、給料のアップも見込めます。これからはリスキリング(新しいスキル取得のために自学すること)の時代ですので、『自分にできるのはこんな仕事ぐらい』なんて思わず、積極的に学ぶ姿勢を忘れずにいることが、納得のいく給与を得るためには重要なのではないでしょうか」(同)
(取材・文=A4studio、協力=中谷充宏/M&Nコンサルティング・センター長)