全世界での総会員数2億3,250万人 (2023年3月末時点)を誇り、動画配信サービスのトップをひた走るNetflix(ネットフリックス)。日本国内でも有料動画配信市場の22.3% を占め、2位のU-NEXTを10%近く引き離している。ユーザーとして感じる同社の強みは当然のことながら、コンテンツの魅力が第一だ。ところがそれを生み出す経営に目を向けると、実はネットフリックスのエッジの効いたやり方が、良きにつけ悪しきにつけ注目を集めていることをご存じだろうか。
最高の人材だけで組織を構成する少数精鋭主義を徹底し、最高と認められなくなった社員は即クビ。その代わり待遇は業界最高水準を提示し、出張・経費・休暇などすべて本人に任せられる。問われるのは結果だけで、業務遂行においても上司の承認を得るプロセスは不要、自己判断と自己責任が貫徹されているという。過去には資金繰りに窮した際、有能な社員80人のみを残して、その他の人材を解雇し、その割合は全社員の3割に及んだものの、結果的に会社全体での仕事の質が高まり業務のスピードも上がったというエピソードは有名だ。
私たちが身をもって知る、日本企業に共通の集団主義に比べると、その厳しさはいささかエキセントリックにも感じられる。とはいえ、それがネットフリックスの勝ちパターンを生み出す原動力なのであれば、むざむざ見過ごすわけにもいかないだろう。
ネットフリックスの極端なやり方は「優秀な社員で構成される会社」だからこそ
リクルート出身で、企業向けに人事コンサルティングを提供する株式会社人材研究所代表の曽和利光氏に、ネットフリックスの労務政策についての率直な印象を尋ねてみた。
「ひと言でいえば、きわめて成熟した社員で構成される会社だからこそ成り立つ経営方針です。全員が非常に優秀で、自立性を発揮して仕事を貫徹できる社員しかいないからこそ、最大の自由を保証して最大の成果を引き出す形が取れるわけです。とはいえ少数精鋭を貫徹するために、朝話した同僚が昼過ぎには消えていたり、一挙に社員の3割をクビにしたりというのはあまりにも厳しすぎやしないか、という声もあります。そもそも、組織のマネジメントにおいて『単一の理想形』は存在しませんし、それで成果が出ている以上は全然アリだということにはなるでしょうね」
クリエイティブな業種に限っていうなら一つの理想形といえるだろう、と曽和氏は言う。この意味をより深く理解するために、ネットフリックスのやり方の対極に位置する、マクドナルドの手法を見てみよう。同社のスタッフに求められるマインドや仕事中のふるまいはマニュアルでガチガチに固められており、それに基づく分業の徹底が商品提供のスピードや店舗のクリンリネス(清潔さ)を高いレベルで実現している。お客はハッピーで、働いている人も幸せそうだ。
「マクドナルドのスタッフはオペレーション(作業、操作)のエクセレンス(卓越)を、マニュアル化によって最速で身につけることができます。クリエイティブな姿勢で独創的なハンバーガーを自己判断で作られても、ビッグマックを食べに来たお客さんは困ってしまうでしょう。オペレーショナル・エクセレンスは、同社が提供する価値を最大化するには非常に合理的なやり方なのです」
マクドナルドではスタッフ一人ひとりが独自性を発揮しなくても、組織力による勝ちパターンができあがっており、スタッフの数が生産量に直結している。その一方で、ネットフリックスのようなクリエイティブな業種では、スーパーエンジニアが数百倍の生産性を上げたり、独創的なアイディアが時代を変えたりするようなことが起こり得る。一騎当千たるクリエイターの足を引っ張る人のマイナス面が巨大になる可能性がある以上、成熟した人だけで組織を構成しているのはむしろ当然のこと、というのが同社の労務政策を貫く思想といえるだろう。
ネトフリ式は日本企業の「チームプレイと組織の和」を変えるか?
気になるのは、ネットフリックス式の少数精鋭主義への転換が、日本のクリエイティブな業種・企業の生産性を上げ得るか、ということだ。
「前提として日本では解雇規制が厳しいので、一挙・大量に整理解雇をすることはできません。労働者の意識も、1つの職場に固執しない米国とは違います。日本で2000年代にリストラが社会問題化した時の、職場の荒廃はひどいものでした。リストラの憂き目にあった人だけでなく、残った人も会社を信じられなくなり、傷つきました。新卒一括採用から、組織の和とチームプレイで勝つという文化はまだ続いていますから、同社の極端なやり方が日本でうまくいくとは考えにくいですね」
曽和氏によると、当の米国においてですらネットフリックスの手法は一般的ではないという。たとえばアップルは、ネットフリックスとは対照的に、社員をルールでガチガチに縛っている。自由なんてとんでもない世界だが、それでもアップルは世界最大の株式時価総額を誇っている。要は労務政策が事業と人に合っていて、機能していればそれでよいわけだ。
複数の調査によると、日本では以前よりも若い労働者の間で安定志向が強まっている。ネトフリ式が日本で広く受け入れられることはないだろう、というのが曽和氏の見立てだ。
「個」の育成による緩やかな新陳代謝で日本にフィットする「第3の道」を
曽和氏は、ネトフリ式の苛烈な個人主義とも日本の集団主義モデルとも異なる、第3の組織モデルを提唱している。
「私がかつて所属していたリクルートのやり方ですが、採用段階から研修、リスキリングに至るまで、人材の流動が自然に起きるよう、計画的に設計する方法です。私は『自ら変わり続ける組織』と言っています。採用時から自立心が強く、定年までいたいと思っていない人を採用する。社員に対して若いうちからセカンドキャリア支援を行い、起業したい人を応援する。従事する職務とは関係がないスキルの開発や、個々の将来像を描かせるキャリア研修も充実させる。このように『個』を育成すれば自然と人材の新陳代謝が起きるので、常にフレッシュな組織が社会や時代の変化を敏感に感じ取り、独創的なサービスを生み出したり買収したりする柔軟さを担保できます」
ネトフリ式の極端なやり方を横目でチラ見しながら、チームプレイの力と個人主義による労働者個々の自立を両立することが、これからの日本企業に問われているということだろう。
(文=日野秀規/フリーライター、協力=曽和利光/人材研究所代表)