三井住友フィナンシャルグループ(FG)が「金融、決済のフルモバイルサービスを実現するスーパーアプリ」と豪語する新サービス「Olive」(オリーブ)をリリース。はやくも会員数100万人を突破した。従来、銀行口座の開設には実店舗で手続きを行う必要があり、その店舗と口座は紐づけられていたが、三井住友FGは新規口座の開設は原則オリーブ経由とし、さらに実店舗との紐づけを不要にした。オリーブは預金口座だけでなく、三井住友FGが提供するさまざまな金融・保険関連サービスを1アカウントでシームレスに利用できるという利便性や、Vポイント付与などの特典が得られることが支持されているが、このアプリの「革命性」は、それだけではないという。オリーブが金融業界に与える影響について、専門家への取材を交え検証してみる。
三井住友FGは、三井住友銀行、三井住友カードなどと開発したオリーブを3月1日から提供開始した。オリーブのアカウントを開設すると、「普通預金口座・ウェブ通帳」、残高照会や振込がウェブやアプリからできるネットバンキング「SMBCダイレクト」、キャッシュカード、クレジット、デビット、ポイント払いなどの機能を一体化したオールインワンカードを発行する「オリーブフレキシブルペイ」、三井住友銀行と三井住友カードの情報をまとめて管理できる「SMBC ID」の5つのサービスを利用できる。
銀行のリテールビジネスの大きな転換期
オリーブ口座では、振込手数料無料、本支店のATM手数料無料などの特典を提供。買い物などで最大15%還元となる「Vポイントアッププログラム」も利用できる。さらにSBI証券総合口座の開設や、ライフネット生命や三井住友海上火災保険との連携で、各種保険サービスにもアクセスが可能。それぞれのサービスでVポイントを付与されるといった、まさに「全部入り」のアプリといえる。しかし、このオリーブの革命性は、その利便性だけにとどまらないと、金融ジャーナリストの浪川攻氏は分析する。
「預金口座や証券口座を1つのアカウントでシームレスに管理できるというのは、利用者からすれば圧倒的メリットだと思います。いままでは銀行に足を運んでも、預金関係の手続きをする窓口と、金融商品や住宅ローンの相談をする窓口が違っていて、実質的にワンストップとはいえなかった。それが、ひとつのアプリで済ませることができるのは技術的にも高度ですし、関連企業との連携や調整を乗り越えたという点でも非常に評価できます」(浪川氏)
もちろん、三井住友FG側にとっても、顧客のお金の流れをつかみ、グループ内の金融サービスやVポイント経済圏に導けるという大きなメリットがある。
「銀行は、昔から『顧客の囲い込み』というのを目指していました。預金口座やクレジットカードを普段の生活で利用してもらいながら、保険、証券、金融商品を勧めて、住宅ローンや相続まで請け負う。人生のお金にまつわることすべてを取り扱うということが理想だったわけです。それがオリーブで実現できてしまう。さらに、オリーブで口座を開設すると実店舗を持たないデジタル支店の扱いになります。これが銀行のリテールビジネスの大きな転換期となります」(同)
これまで三井住友銀行などの銀行の口座は、実際に店舗を構える本店・支店に紐づいていた。これがオリーブ口座になると、ネット銀行のようなバーチャル支店になる。
「取引店という概念がなくなることで、銀行員の働き方も変化すると思います。いままで銀行の営業といえば、足で稼いで、顧客を口説き落として、口座の件数や取引高を競いあうような体育会系の雰囲気が残っていた。実店舗や紐づかないオリーブ口座が中心になっていくと、そんな競争はなくなっていくのではないでしょうか」(同)
膨大な維持コストの削減
オリーブですべての金融サービスが行えるようになると、銀行の窓口に足を運ぶこともなくなり、実店舗の必要性が薄くなる。三井住友銀行はオリーブの発表と共に、現在約450店舗ある実店舗のうち6割を新しい形態の「ストア」に切り替える計画を発表している。
「実店舗の形態を変えることは、大幅なコスト減になります。いままで銀行リテールの3種の神器といえば、立地、人材、そして現金でした。この3つがしっかり管理されていることが理想だったんです。しかし、これからは立地は駅前である必要はない。窓口業務をする人材もいらなくなる。そして、現金をやりとりする必要がない。これは大きいです。銀行は現金を安全に管理、流通するために莫大なコストをかけています。その必要がほぼなくなるということは、まさに革命的です」(同)
ネット銀行は実店舗を持たないことでコストを下げ、その分を金利や手数料の優遇などに充てることで支持を集めてきた。しかし、三井住友銀行とオリーブが目指すのは、完全デジタル化ではなく、ネットとリアルのハイブリッド戦略だという。
「店舗やストアなどのリアルな接触ポイントがあることをアドバンテージにしていく戦略だと思います。現状でも銀行のリテールは、窓口で手続き業務をするよりも、さまざまなお金の相談に乗る場所という側面が強くなっていました。オリーブの普及が進むことで、その方向性はさらに強まり、店舗ではアプリの使い方を教えたり、金融の話をするサロンのような形態になると思います」(同)
近年の携帯ショップは、手続きのデジタル化を進めた結果、窓口業務は少なくなり、新製品の紹介をしたり、高齢者向けの「スマホ教室」を行う場所となっている。銀行の実店舗も、やがてそうなっていく可能性が大きい。しかし、この方向性はオリーブをリリースした三井住友銀行に限った話。三菱UFJフィナンシャルグループ、みずほフィナンシャルグループでは、こうした取り組みはまだまだ遅れているという。
「みずほグループはもちろん、三菱UFJでも、現状ではオリーブのようなアプリは開発できないと思います。システム開発が容易ではないこともあり、関係各社と提携して実用化するのに10年はかかる。その間にオリーブは先行利益をとって、さらに進化すると思います。これは一種のプラットホームビジネスですから、先にシェアを取ってしまったほうが強い。オリーブがある程度普及してから、さらにどんなサービスを乗せていくかというのも今後の流れとしては非常に重要だと思います」(同)
その機能と革命性を考えると、その評価はまだこれからといえる「オリーブ」。銀行の未来像を先取りしたフルモバイルサービスは、さまざまな業界に影響を与える可能性を秘めている。
(文=清談社、協力=浪川攻/金融ジャーナリスト)