生保営業職員による不正契約、相次ぐ背景…被害者は老後資金計画が破綻し孤立
生命保険の女性営業職員をめぐっては、上司からの恫喝やノルマの強要、自爆営業の強要など、厳しい労働環境が指摘されてきた。果たして生保業界は「闇深い」業界なのか。
また、営業職員による不正契約や架空の投資話による被害も出てきたが、契約者から保険会社への問い合わせや加害者本人から警察への連絡で発覚するケースが少なくない。ギャンブルによる借金で首が回らなくなったという動機のほか、高成績で知られる営業職員が成績の維持に固執したり、生活レベルを下げられないことが原因で顧客に架空の投資話を持ち掛けるというケースもある。
収監されたAは地元でも評判の人物で、仕事でも多くの人に慕われていた。どんなに高成績を誇る営業職員でもスランプはある。年収約2000万円だったAもスランプに陥ったが、生活レベルを落とすことも仲間にアドバイスを求めることもしなかった。Aは指導役の立場にいたからだ。ひとたび悪事に手を染め出したAはお金集めに終始し、本業の活動がままならなくなった。周囲は異変に気がついたが、Aは打ち明けなかった。やがてAは警察に出頭し、被害総額は1億3000万円にも上った。
被害者の一人に話を聞いたが、経済的損失だけではなく、一生消えない心の傷まで負わせることになってしまった。別の架空詐欺の被害者は老後の資金計画が大幅に狂い、家族からも責められ家庭内で孤立しているという。不正や架空詐欺を「ターンオーバー」といわれる、生保業界における営業職員の大量採用・大量離職と関連づける報道もあるが、筆者が調べた限りではダイレクトに関係があるとはいいがたい。保険関係者から儲け話を持ちかけられたら、「あの人に限って」などと考えずに警察や家族、保険会社の担当支店やお客さま相談センターに連絡をしてほしい。
なぜ大量採用したのか
なぜ生保会社は女性営業職員を大量に採用する必要があったのか。戦後、生保会社は「戦争未亡人」の救済の一環として、彼女らを積極的に採用し、著名な軍人の未亡人も働いていた。今では想像がつかないだろうが、ほんの20年ほど前でも、ひとたび家庭に入った女性が社会復帰するのは非常に困難なほど求人がなかった。門戸を大きく開いていたのが保険業界で、専業主婦だった女性が離婚して保険業界に入る例も多く、難関大学出身者も珍しくなかった。社会保障も十分でなかったことから、パートナーのDVなどで悩んでいた女性を救済してきた側面もあった。JALが破綻した際には、元CAらが金融の知識を取得したいと保険業界に入ってきたこともあった。
では大手生保の営業職員数は過剰なのか。日本の人口は1億2434万人(令和5年10月20日現在 公表総務省 統計局 統計局ホームページ/人口推計(令和5年(2023年)5月確定値、令和5年(2023年)10月概算値) (2023年10月20日公表) (stat.go.jp)で、15歳未満は1431万人、16歳以上は約1億1189万人。対して営業職員の人数は、筆者の調査によれば大手生保4社で約19万人だ。筆者は取材や講演で地方に行くことが多いが、地方に行くほど大手や中堅の保険会社しかないという地域も珍しくない。いわゆるカタカナ生保や保険ショップがオープンしても、数年後にはクローズするケースもある。コンサルティング以前に営業職員が地域に溶け込むことが重要になるからだろう。各地域に根付いた活動や顧客のフォローをしていく必要を考えれば、19万人という数字は過剰ではないと個人的には思う。
保険業界の大改革
多くの営業職員を抱える生保会社は、職員の育成を充実させる必要があった。だが、どんな手段であれ強引に契約にこぎつける人が褒め称えられる時代があった。2016年、そんな保険業界に地殻変動が起こった。金融庁が適切な保険募集のために顧客の意向把握や情報提供義務を新設し、保険会社や代理店のガバナンス体制整備を義務づけたのだ。
生保各社がターンオーバーからの脱却に向けて動いていなかったわけではない。業績重視の現場執行の見直しを図り、長く働いてもらう環境づくりにギアチェンジしている。まずは採用だ。大量に採用した時代は「人でさえあればよい」と揶揄されたほど、誰でも採用した。今はSPIなどの筆記試験や複数回の面接を行うなど、丁寧なステップを踏んでいる。また採用時には、営業職員は自営業であること、経費も自己負担であることなどを説明し、社内規定を明記した書類も交付している。
もっとも、保険の営業は一般的な自営業とは異なる。元手がほとんどかからず、保険会社が商品開発・提供してくれるし、事務所費用も事務スタッフの経費も会社持ちだ。名刺、駐車場代、郵送費などは営業職員の負担だが、PCは会社から支給され、会社によっては携帯電話も貸与される(利用料は営業職員が負担)。
人材育成も大きく変わった。生保会社は新規契約を過度に重視していると思われがちだが、20年以上前からイニシャルマーケットだけに依存していたわけではない。退職した別の担当者の顧客や地域を割り当てたり、事情があれば担当地域を増やしたり変えたりすることもある。法人との契約折衝の際には拠点長が同行するなどして協力するのは各社共通だ。新人時代を重点的に手厚く育成するプログラムを実施し、5年以上在籍する営業職員の比率が9割になった会社もある。
加えて、各社は顧客の多彩なライフプランやニーズに応える商品を開発し、ネットなどで顧客との接点を創出したりと、新たなマーケット戦略を展開している。にもかかわらず、なぜ過酷な労働環境が告発されているのか、そして数々の取り組みは有名無実なのか。次回、紐解いていく。
(文=鬼塚眞子/一般社団法人日本保険ジャーナリスト協会代表、一般社団法人介護相続コンシェルジュ協会代表)