若手ビジネスパーソンを中心に、主体的なキャリア形成のために転職を実行することはまったく珍しくなくなった。なかでも事務職・営業職に比べてスキルの汎用性が高いITエンジニアは、プログラミングを共通言語としてグローバルな働き方を視野に入れている人も多い。その雇用流動性の高さを背景に、ITエンジニア向けの各種媒体で「転職先人気企業ランキング」の類いが恒例の人気企画となっている。ただし調査・発表元によって、ランキングの顔ぶれにばらつきが生じることが多く、いまひとつ実態がつかみにくいという声も聞かれる。はたして、ITエンジニアの転職先人気ランキングの実情はどのようなものなのか。データアナリストでエンジニア転職市場に詳しい、鶴見教育工学研究所の田中健太氏に聞いた。
人気企業ランキングの「意味」は2つ。「素朴な憧れ」と「現実的な待遇」を反映
そもそも、媒体によってランキングの顔触れが変わるのはなぜだろうか。
「要はアンケート記事ですから、質問文のトーンによってアウトプットが変わります。どこでも転職できるという前提で答えてもらえば単純な人気ランキングになりますし、年齢やキャリアといった回答者の属性をコントロールして転職可能性を踏まえたアンケートをすれば、より現実味のあるランキングになるわけです」
前者を一般的なビジネス媒体などで行われるもの、後者をITエンジニア向け転職媒体で行われるものと考えてもらえばわかりやすいだろう。この区別がそのまま、人気ランキング上位企業の2大パターンを形成すると田中氏は語る。
「1つは先進的なイメージのあるグローバル企業で、代表的なのはかつて『GAFAM』と呼ばれた巨大IT企業。グーグル、アップル、メタ、アマゾン、マイクロソフトなどです。エンジニア以外の人にも知られた超メジャー企業で、人気は絶大です。とはいえ、アンケートでこれらの企業への転職を希望すると答えた人のうち、転職先として真剣に考えている人の割合は、そう高くはないでしょう」
すごい、カッコいい、給料が高そうというイメージで答えている人が少なくないと田中氏は言う。つまり、毎年行われる就活生の人気企業ランキングとノリは変わらないと考えてよいだろう。
「そしてもう1つのパターンは、国内の大手システム会社(SIer)です。野村総合研究所(NRI)やNTTデータ、富士通など、エンジニアなら知らない人はいない有名企業が並びます」
社名を見ると昔ながらの日本企業と思えるが、その実状は年功序列を打破すべく、人事政策の変革を進めているという。
「かつては新卒採用が中心だった大手SIerも、近年ではキャリア採用が増えており、フルリモート・地方在住で働ける職種もあります。能力に応じて新卒でも年俸1000万円を保証する会社も出てきており、組織に新しい風を吹かせる人材確保が急速に進められています」
転職を現実的にとらえている層では、大手SIerを視野に入れる人が多くなっているといえそうだ。
グローバル巨大IT企業がITエンジニアをひきつける「3つの視点」
ITエンジニアはその道のプロとして、グローバル巨大IT企業のどのような点に魅力を感じているのだろうか。
「考えられるのは3点です。1つ目は最先端の技術を追求したいという、エンジニアならではの向上心の受け皿となってくれること。GAFAMと呼ばれる企業はAIやクラウドなどのホットな技術やサービスをリードする存在であり、そこで自分の腕を試したいという気持ちでしょう。2つ目は待遇の良さ。国内勢より外資のほうが明らかに報酬が高いので、自信があるエンジニアほど米国系を目指すのは自然な流れです。3つ目は素朴な、有名企業へのあこがれもあるでしょう。本当に務まるかどうかはともかく、働けるなら世界のトップ企業で働いてみたいという程度の気持ちは、分野は違っても誰しも持つ感情ではないでしょうか」
具体的な仕事内容というより、回答者が持つ漠然としたイメージやチャレンジ精神が、グローバル巨大IT企業の社名に込められているということだろう。ただし、イメージを離れて実際に外資系IT企業への転職を考える際には、グローバル採用とドメスティック採用の差異に注意すべきだと田中氏は語る。
「外資系IT企業のサービス開発は米国で行われていることがほとんどで、日本を含む各国の現地法人ではビジネスサイドの動きが中心となります。顧客へのコンサルティングを伴う提案業務、平たく言えば営業が中心になるのです」
つまり、あこがれの外資系企業への転職が、エンジニアにとっては大きなキャリアチェンジとなる可能性がある。よく理解したうえでエントリーすべきだろう。
グローバルで戦う国内大手IT戦士「楽天・LINEヤフー・サイバーエージェント・メルカリ」の存在感
大手SIer以外にも、先進的なイメージを持つ国内の人気IT企業はある。スピード感あるビジネス展開で、エンジニアに働き甲斐を感じさせてくれるという期待が高い一群だ。
「最初にあげるべきは楽天です。チャレンジングな社風が特徴で、三木谷浩史社長は『生成AIに会社をかける』と大々的にぶち上げました。常に新しい技術に力を入れていることに加え、GAFAMに対抗する国内プラットフォーム企業としての存在感が転職希望者をひきつけているようです。
LINEヤフーは『地方重視・地元志向』の労働環境が目を引きます。LINEは福岡に開発拠点を設けており、『東京の給料で福岡で働ける』ことが売りになっています。食べ物がおいしく自然が豊かで、のんびり暮らせる福岡でワークライフバランスを実現したいという人は少なくないでしょう」
この両社はIT業界ではもはや老舗といえる存在感を放っている。その一方で、ビジネスのスピード感と新しさで若手ITエンジニアの目を引き付ける企業もある。
「サイバーエージェントの社員は『渋谷の若者』という感じがします。ベンチャーのノリというか、いい意味で学生サークルのノリで突っ走れる環境で、スピード感は抜群です。25歳以下で子会社の社長に抜てきされた社内起業家がもうすぐ2ケタに達する勢いで、一旗揚げたい若手エンジニアにはうってつけの会社でしょう。
メルカリはフリマ事業を確立していますが、実はその使いやすさと規模の拡大を支える技術開発が非常に盛んな点が特徴です。機械学習エンジニアを大勢採用しており、データ分析に強みがあります。ビジネス上の判断もデータドリブンで行われることが多いので、納得感を持って合理的に働きたいエンジニアは働きやすい会社です」
近年、国内大手IT企業では「リファラル採用」が増加している。社員の推薦を受けた人材を採用ルートに乗せる方法で、平たく言えば「コネ採用」。とはいえ、採用される側は企業内部の知り合いを通じて事前に企業文化を知ることができるし、採用側もこれを前提に面接ができるので、採用後のコンフリクトが少なくなるメリットは大きい。即戦力の採用に向くリファラル採用が増えているゆえんだ。転職希望者はこのトレンドを踏まえ、今のスキルや経験が、外から見た時にどう評価されるかを確認しておくことが重要だと田中氏は強調する。
「GitHubなどのプログラムを公開できる場所を利用して、自分の仕事を常に評価してもらう態勢を作ることです。同時にSNSで技術的なトピックを発信してフォロワーを獲得する努力を行い、名の通ったエンジニアがフォロワーになってくれれば箔がつきます。しっかり準備をして、評価に見合った転職をすれば失敗を減らすことができるでしょう」
(文=日野秀規/フリーライター、協力=田中健太/鶴見教育工学研究所)