損保4社カルテル、被害額はビッグモーター問題以上か…保険料の妥当性に疑念
金融庁は26日、大手損害保険会社4社(あいおいニッセイ同和損害保険、損害保険ジャパン、東京海上日動火災保険、三井住友海上火災保険)に対し、業務改善命令(保険業法第132条第1項)を発出した。保険契約の引き受けと支払いを共同で行う「共同保険」をめぐり、事前に各社が話し合って価格調整を行う「カルテル」を結んでいた疑いが持たれていた。
各社は全営業部店向けのアンケート調査を過去7年間、高リスクの契約を抽出するリスクベース調査に関しては過去5~7年間を対象として調査を実施した。その結果、少なくとも1社の保険会社において不適切行為等があるとされた保険契約者が576先(企業・自治体)あったことが判明した(12月26日時点。1社から報告458先、2社以上から報告118先)。さらに、幹事・シェア等を現状維持したいために不適切行為等におよんだものが50%、他社から打診があり応じたものが39%あったという。
この調査結果を受け、金融庁は業務の健全かつ適切な運営を確保するため、経営責任の所在の明確化、コンプライアンス・顧客保護を重視する健全な組織風土の醸成などを求める業務改善命令を下すことを決定。金融庁は各社に対し、経営管理(ガバナンス)態勢の抜本的な改善計画を提出することを命じた。中間的な検討状況を2024年1月31日までに報告すること、また当該計画の実施完了までの間、3カ月ごとの進捗及び改善状況を翌月15日までに報告することを命じた(初回報告基準日は24年5月末)。
そもそも一般の方に馴染みが薄い「共同保険」とは何か。日本損害保険協会は次のように説明している。
「共同保険とは、1つの契約に対して、複数の保険会社が共同して引受を行う保険契約だ。主に、企業向けの火災保険や賠償責任保険など、各社の引受上限を超える高額なキャパシティが必要な保険契約や高リスクの保険契約において、顧客の判断により複数の保険会社の引受能力を活用する意向が示された場合や、顧客である企業が調達先の多様化(複数の保険会社との取引)を望む場合に採用される」
保険会社が1社で高額な支払いを引き受けると、他の契約の支払いに影響を及しかねない。また、付随建造物などが多いと事務手続きも膨大になるため、アフターフォローや人件費などの経費問題、他の顧客への影響も課題となる。そのため、金融庁は厳格なルールの下で各社が共同で保険引き受けを行うことを認めている。
【一般的な共同保険の流れ】
・保険契約者は複数の保険会社からの提案に基づき、引受条件・補償内容等を決定し、幹事保険会社を選定する。
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・保険契約者は、複数の保険会社に対して、引受条件・補償内容、保険料、引受割合等を示して共同で引き受けるよう要請する。
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・要請を受けた保険会社はそれぞれ引受判断を行い、引受に応じることで共同保険が成立する。
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・契約手続きは、保険契約者と幹事保険会社との間で行われる。
※幹事会社の役割
非幹事会社から業務委託を受け、主に保険証券の発行や保険料の収受などの契約締結手続き、および損害調査、引受割合に応じて保険金支払いの責任を負う役割を担う。
カルテル発覚
行政処分の対象になったのは共同保険ではなく、契約先企業へ保険料を提示する前にその金額を調整していた「カルテル」だ。保険のカルテル疑惑が浮上したのは、顧客が各損害保険会社の保険料水準に疑念を持ったことがきっかけだ。
・2022年12月20日
東京海上日動が主幹事となる共同保険契約において、顧客自身(法人)が各損害保険会社の保険料水準に疑念を持ち、同社の担当営業部門に不適切な行為の有無の確認をし、同社として他の保険会社との保険料調整の事案を認識した。
・2023年3月24日
東京海上日動社において外部弁護士を起用して同社の契約担当者および関係者への事実確認や余件調査のため電子メールや携帯電話記録等のデータ解析(フォレンジック調査)を実施し、に金融庁に対して報告を行った。
・8月4日
東京海上日動は、金融庁から報告徴求命令を受領した。また、金融庁は非幹事会社の損害保険ジャパン、三井住友海上火災保険、あいおいニッセイ同和損害保険に対しても、保険業法に基づく追加の報告徴求命令を出した。
・8月7日
公正取引委員会は、独占禁止法違反(不当な取引制限)の疑いで4社に任意調査を始めた。
・8月10日
4社の担当者を呼び、資料提出などを要請した。
カルテルは何が問題なのか
話し合いで価格調整が行われると、競争原理が働かなくなり、商品やサービスの質の低下や価格上昇という、公正な取引が阻害される可能性が生じる。このためカルテルは独占禁止法で厳しく規制されている。保険業界でも同様で、金融庁も損害保険協会も法律遵守のために「保険会社の独占禁止法遵守のための指針」を作成し、今年12月には改定も行っている(「損害保険会社の独占禁止法遵守のための指針」)
今回の問題で保険業界に衝撃が走ったのは、公正取引委員会が保険代理店2社にも立ち入り検査を行ったことだ。代理店は筆者の調査で東京エイドセンター(本社:東京都新宿区)と共立株式会社(本社:東京都中央区)だと判明した。
【東京エイドセンターのHPより】
東京都人材支援事業団指定・幹事損害保険代理店として、東京都職員・教職員及びその家族・退職会員の福利厚生に寄与することを目的(略)都職員・教職員・退職会員延べ7万人余の方々および東京都、東京都関連団体等100社のご契約をいただいている代理店です。
【共立株式会社のHPより】
共立グループはみずほフィナンシャル・グループの親密会社として、上場企業約400社を共同含む5,000社に及ぶ有力企業との取引実績を有し、独立性と専門性が求められる公共プロジェクトにも数多く参加しています。
ただ、損保4社には業務改善命令が下された一方で、代理店には下されなかった。金融庁は慣習的にカルテルが行なわれた事実を踏まえ、その背景には損保の現場でのコンプライアンスの意識の低さもあるとしている。「保険会社の監督官庁である当局は、カルテルに対して個別の白か黒かを判断しない。代理店の管理監督責任は保険会社にある。なぜ不正行為が行なわれたのか、まずは改善案を精査しながら、二度とこのようなことが損保業界で起こらないように監督していく」と理由を明かす。金融庁は、「今回発覚したカルテルに関し、どの程度の不利益が契約者におよんでいたのかは現時点では不明だ」という。
「ビッグモーター不祥事でも多くの方にご迷惑をおかけしたが、ひょっとしたら被害額や規模はビッグモーターの不祥事以上に膨らむ可能性もあるのではないか」(保険業界関係者)と緊張が走っている。一方で、「業界の膿を出し切るいい機会だ」という関係者もいる。金融庁は今回の業務改善にとどまらず、金融審議会を立ち上げ、損保・生保、少額短期のすべてのチャネルに「適切な保険募集」「法令遵守」の徹底を図るべく業法改正や監督指針の見直しを検討するのではないか、と筆者は考えている。保険業界は正念場を迎えている。
(文=鬼塚眞子/一般社団法人日本保険ジャーナリスト協会代表、一般社団法人介護相続コンシェルジュ協会代表)