NHK(日本放送協会)の受信料制度についてはさまざまな議論があるものの、日本のテレビ放送はこれまで、NHK受信料を財源とするNHKと広告料等を財源とする民間放送事業者による二元体制が取られてきた。実態はともかく、切磋琢磨して質の高い放送コンテンツを制作して全国へ届けることが求められてきた。
NHKの収入の約97%は受信料だ。NHKが公表している「日本放送協会令和5年度収支予算、事業計画及び資金計画に関する資料」によれば、収入の多くは放送予算にあてられている。放送予算とは、文字どおり放送に関する予算のことで、2023年度の放送予算総額は約3400億円。内訳は国内放送予算が約3195億円、国際放送予算が約204億円だ。国内放送予算総額約3195億円のうち、約7割の2254億円が番組制作費となっている。受信料がNHKの放送予算に使われるのは当然だ。NHK職員の平均年収は1000万円を超えているが、彼らの給与が受信料から支払われていること自体は論理的におかしくない。
しかし、NHKが経営悪化の民放ローカル局を救済するために受信料を使うとすれば、これはおかしな話だ。NHKが昨年10月に発表した「NHK経営計画24~26年度」(案)には、NHKと民放の二元体制維持のための予算として、3年間で600億円を計上している。600億円すべてが中継局の共同利用に充てられるのかどうかははっきりしないが、NHKの受信料が民放ローカル局の経営支援に使われることになるかもしれない。
NHKが民放ローカル局の面倒を見るのか
地上波の民放はキー局とローカル局(地方局)に分けられるが、放送局の放送エリアは基本的に都道府県内に限られている。県の面積が大き過ぎたり小さ過ぎたりする場合などについては、例外的に都府県境を越えた放送を認められている。ローカル局も広告料等を財源にしており、放送圏域における視聴者数の多寡によって経営状況には昔から大きな差があった。ただ、近年はどの局の広告料収入も年々落ち込み、キー局4局それぞれの系列局について2023年度上期の決算を見ると、傘下109社のうち約6割が単体決算で営業赤字となっている。
苦境に陥るローカル局に対して、総務省とNHK・民放が一体となって救済に動き、「放送法及び電波法の一部を改正する法律」が昨年6月2日に公布された。6月19日の総務省発表資料「現状と課題」には、中継局の共同利用について次のように書いてある。
「将来的な経営形態の合理化も見据え、現在の地上テレビ局が、中継局の保有・運用・維持管理を担うハード事業者(共同利用会社)の利用を可能とする(NHKと民放の連携も想定)。NHKが、自らの設備だけでなく、子会社であるハード会社の設備を用いることを可能とする」
そして、放送番組の同一化についてはこう書いてある。
「放送対象地域自体は変更せず、希望する地上テレビ局が、総務大臣の認定を受けることにより、複数の放送対象地域において放送番組を同一化できる制度を創設する(例えば、同系列の隣県で同一化)」
3年間で600億円を計上したこの「経営計画(案)」は今国会審議を経て成立する見込みだ。また、共同利用の運営会社として、民放からも出資を受けたNHKの子会社も早ければ今年秋にも設立するだろう。
この問題に関するNHKの回答
NHK に中継局の共同利用について質問したところ、広報局から次のような回答があった。
「中継局の共同利用については、情報空間全体の多元性確保への貢献のために、基幹となる民間放送事業者との二元体制維持により、地域のみなさまに、NHK と民間放送事業者の放送を将来にわたって届けていくことを目的としています。双方の経済合理性が実現することが大前提であり、経営悪化した民放ローカル局の救済を目的としたものではありません。民間放送事業者と連携して、維持・管理のコスト抑制や保守管理の人材確保に取り組むことで、視聴者の将来の負担軽減につなげていきたいと考えています」
受信料は「視聴の対価」ではなくNHKという組織を維持運営するための「特殊な負担金」であることが1964年に郵政省(当時)の有識者会議の答申で定義された。それがいつの間にか「放送業界の維持・発展のため」という業界全体を維持する理屈へと拡大されたことに注目しなければならない。
NHKにすり寄る民放連
昨年6月29日に日本民間放送連盟(民放連)が発表した「NHKと民放事業者との協力について」という資料にはこうある。
「NHKによる『日本の放送業界への貢献』によって、各地域における情報発信の重要な担い手でありながら厳しい経営環境にある民放ローカル局が、放送番組の制作・提供に注力し、今後も地域に貢献し続けていく環境が整うことを期待しています」
民放連がNHKにすり寄っているのがよくわかる。そして、民放連に対し、電通と博報堂DYメディアパートナーズから、テレビ広告収入の漸減で民放のエコシステムに大きな影響があると説明があったようで、スポット広告収入の割合が大きい民放ローカル局では経費削減が喫緊の課題であると進言されたようだ。NHKのあり方については、総務省の「公共放送ワーキンググループ」で話し合われてきたが、昨年5月の議事録には「放送産業は国内とか電波の届く範囲の中のコップの中の競争をしている場合じゃないという思いが非常に強い(内山構成員)」という発言もあり、総務省とNHK・民放の3者が一体となって「放送業界の維持・発展のため」という論理を作り上げていったのがわかる。
放送局だけが特別なのか
バブル崩壊以降、経営悪化した数多くの企業が倒産し、証券会社や保険会社、銀行などの金融機関についても次々と吸収合併されていった。これは自由主義経済の大原則である。メディア業界に限っていえば、テレビ同様オールドメディアの新聞については、2011年以降に休廃刊となった地方新聞は24紙に上る。ほとんどの媒体が部数と広告収入の減少に耐えきれなくなった格好だ。
新聞とテレビの最大の違いは、新聞が完全な自由競争であるのに対し、テレビは許認可産業である点。だから、新聞社は淘汰されるが、テレビ局は潰れない。苦境に陥っているローカル局は、総務省やNHKに頼る前に、リストラなどの改善策を尽くしているのか。そして、経営支援を求めるならキー局ではないのか。電波オークションの必要性を指摘する声もある。電波オークションは、電波の周波数帯の利用権を競争入札にかけることだ。日本では電波オークションが行われないために、電波の権利のほとんどを、既存メディアが取ってしまっている。もし、オークションにかけて入札がなければ、誰も未来を感じない産業ということで淘汰されるかもしれない。