カネカは3月19日に「オーガニック生乳でつくった有機牛乳」(1000ml、税抜き498円)を発売、大手食品スーパー・ライフの一部店舗で先行販売を始めた。ライフ桜新町店(東京・世田谷)では朝9時に報道陣の前で初品出しが行われた。
同商品の特長は大きく2つ。ひとつは有機JAS認証を受けたオーガニック製品であること、もうひとつは「A2ミルク」を100%使っていることだ。
A2ミルクは日本ではまだ馴染みのない名前だが、オーストラリアやニュージーランドを中心に、健康上のメリットが多いとして急速に市場拡大している。健康効果の一番の特長は、消化のしやすさだ。牛乳を飲むとおなかがゴロゴロするという人でも、A2ミルクなら大丈夫だとされる。
牛乳に含まれるタンパク質には、実はA1型とA2型がある。この2つのタイプをどれだけ含むかは、牛の品種や遺伝によって決まる。例えば、日本の乳牛の大半を占めるホルスタインはA1型が多い。研究によると、乳牛のおよそ6割はA1型と推計されるが、A2型の牛から搾った牛乳は人間の母乳に近いのでおなかにやさしいといわれている。また、たんぱく質、カルシウム、必須ビタミン、ミネラルが豊富などの栄養学的な利点があるとの報告もある。
カネカはA2ミルクを使ったヨーグルトを昨年3月に発売している。ヨーグルトが先で牛乳が後というのは、ちょっと不思議な感じもするが、技術提携しているPur Natur社(ピュアナチュール)がベルギーNo.1のヨーグルトブランドであり、ヨーグルトにこだわりがあったこと、牛乳の生産ラインの立ち上がりに少し時間がかかったことが理由のようだ。
今回のA2ミルクの有機牛乳は第2弾になるが、A2ミルクの牛乳が一般量販店で販売されるのは、日本では初めてだ。それだけに、希少性の高かった商品が今後は日本でも大きなトレンドになると注目されている。
化学メーカーが乳製品事業に参入した理由
日本人のタンパク源として欠かせない牛乳の生産が、飼料やエネルギーの世界的な高騰で危機に瀕している。日本の酪農は戦後、食糧増産を背景に大規模化・効率化を進めてきたが、円安などの影響によるコスト増で経営は苦しくなり、高齢化と後継者不足も重なり廃業する酪農家が増えている。
化学メーカー大手のカネカは、こうした日本の酪農事情に対する危機感から2018年に乳製品事業に取り組み始めた。2020年に有機酪農牧場「別海ウェルネスファーム」(北海道別海町)を開設し、2021年から運営開始、2022年末に有機JAS認証を取得した。乳製品事業を通じて自社運営牧場での生乳増量と酪農家とのパートナー契約により有機酪農の拡大を目指している。
現在は乳牛120頭で有機生乳500~600tの年間生産量だが、2026年には3000t、28年には5000tへと増やす目標を掲げている。
同社の乳製品事業開発 Strategic Unit 販促企画チーム天川隼人さんは、乳製品事業参入についてこう話す
「有機とA2によって生乳の付加価値を上げ、酪農家を支援・応援するためです。化学メーカーなので、当社が持つ太陽光発電や断熱材などさまざまな技術によって課題を解決し、新しい酪農の形を追求しています。少人数でも効率的に運用できる酪農を日々模索しています」
有機認証を受けているので、基本的に牛は放牧されている。雪で放牧できない冬は牛舎の中で飼料を与えるが、その飼料もほとんどは有機農業で自給している。そうした飼育方法により、生乳は甘味とコクがありながらもすっきりとした後味になっている。
牛の排泄物は堆肥化して飼料栽培に活用し、牧草や有機飼料を自社栽培する。重労働である搾乳作業の負担を軽減して酪農現場を省力化し、自動搾乳機から牛の状態の情報がわかり牛の健康管理にも役立っている。隣接地に設置した自社製のソーラー(太陽光発電)から牧場に電源を供給してゼロエネファーム化を目指している。
「カガクでネガイをカナエル会社」は同社のキャッチコピーだが、化学工業的アプローチで日本の酪農の再生を目指している。
自然派志向商品を強化するライフ
ライフは、身体に優しい素材や製法、健康や自然志向に合わせたプライベートブランド「BIO-RAL」(ビオラル)商品を展開しており、コロナ禍以降の健康志向の高まりから、好調な売り上げを見せている。
「オーガニックのヨーグルトは市場にあまりないため、昨年3月からカネカさんの商品(ピュアナチュール)を扱わせていただきました。有機関連商品のお客様向けイベントも一緒にやらせてもらい、大変好評です」(ライフコーポレーション秘書・広報部兼サステナビリティ推進部、小川啓課長)
スーパーでの販売なので、健康志向の高い30~50代の主婦がボリュームゾーンになるが、ライフでは小さい子どものいる家庭や、子どもたちにより良い食品を与えたいというニーズに応えていきたいという。
1000mlで498円という価格は、一般的な牛乳の約2倍(平均253円)だが、小川さんは消費者のオーガニック製品への理解には手応えを感じているようだ。
「弊社のPB(プライベートブランド)にも、味にこだわった398円くらいの高額商品はありますが、結構売れています。A2ミルクに対する認知が広がって価値を感じてもらえれば消費拡大につながるでしょう」
オーガニック牛乳に関しては、複数社から発売されているものの、一定の供給能力を持つ商品は実はそれほど多くない。A2 ミルク商品に関しては、オーガニックよりもさらに少なく、市場としてはほとんど未開拓だ。「オーガニック」&「A2 ミルク」の商品は、市場内に同一商品が存在しないオンリーワンの商品ということになる。そう考えれば、500円を切る価格は、値ごろ感のあるプライシングだといえよう。
(文=横山渉/ジャーナリスト)