日本は前例のない速度で平均寿命を伸ばし、世界トップクラスの長寿国家になった。今から70年前の1947年時点では90歳まで生存する人口割合は男性0.9%、女性は2.0%である。卒寿を迎えたシニアは極めて稀有な存在だった。これに対し2016年時点では男性は25.6%、女性は49.9%となる<簡易生命表(平成28年)厚生労働省>。女性の半数は90歳まで生存する時代の到来である。男性に比べ女性の人生はとても長い。この現実は意味深長である。運にも恵まれ人生の目標が結実し勝ち組に入れたとしても長い人生の下り坂が待ち受ける。この“人生の下り方”が問題なのである。
余命の伸長とは老化による健康問題と長期にわたり対峙しなければならないことを意味する。老化は不可避な負の変化である。必ずしも負の側面だけではないが、圧倒的に負の部分が多い。生涯現役とよくいうが40歳と70歳とでは仕事の質と量ともに処理能力には大きな隔たりが生ずる。定年70歳の検討開始もいいが、40歳時の仕事の処理能力が70歳時でも維持できることを前提として議論することはナンセンスである。老化に苛まれる時間の長さとその深刻さに関しては、若年期からの十分な思慮と身支度が必要なのである。
老化には“よい老化”と“悪い老化”がある。シニア世代に突入しさまざまな病気が多発し介護サービスが必要な健康障害を早期に引き起こすような老化ではなく、死の直前まで健康障害が回避できる“よい老化”がどのような手立てで実現できるのか? これが健康長寿のための手立てである。これまで何度も触れたが、病気対策だけでは健康長寿は実現できない。100歳高齢者が激増している様子が毎年9月に報じられるが、みんながみんなピンピンしているわけではない。多くは要介護状態である。健康長寿、いわゆる“よい老化”をもたらす手段の開発はけっして容易ではない。
前置きがすこし長くなったが、日本が世界トップクラスの長寿国になったのには肉類、卵、牛乳、および油脂類の摂取量の増加が深く関わっている。本連載の前回を一読すれば異論の余地はないだろう。社会で暮らす人間にとって、たんぱく質と脂質栄養を良好にすることが老化遅延には欠かせないのである。日本人の長寿化の背景にあった食生活の変化という生態学的な観察評価であるが、多様な価値観をもつ個人の集合体である国民サイズで確認された歴史的な状況証拠は、小グループの介入研究の成果より説得力を持つ。
これまでは老化の速度が遅いことを余命が長いこととして捉え、お話ししてきた。健康長寿の“長寿”の部分の話である。ここからは命の質、すなわち要介護を防げる健康長寿の“健康”の部分に寄与する食事のお話である。