ハッカー集団からマルウェアを含むサイバー攻撃を受け情報漏洩が起きているKADOKAWAの子会社・ドワンゴは、ある新聞社が漏洩した情報を利用してドワンゴの一般社員の自宅に突撃取材をかけていると公表し、やめるよう要請。今後も続く場合は新聞社名を公表するとしており、新聞社の行動に批判の声が広まっている。このような行為はマスコミでは一般的なものなのか、また、報道倫理的にどう評価すべきなのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。
KADOKAWAにサイバー攻撃を行ったとする犯行声明を出していたロシアのハッカー集団とみられる「BlackSuit」は今月1日、同社の従業員の個人情報や取引先情報などを公開。3日にはダークウェブ上に公開していた同社への犯行声明を削除したが、12日には同社はリリースを出し、グループ会社のドワンゴや⾓川ドワンゴ学園に関する情報がX(旧Twitter)やネット掲示板、まとめサイトなどで拡散されていると報告。「悪質と認識した書き込みを⾏った発信者に対して、SNSおよび匿名掲⽰板の運営者に発信者情報開⽰請求を開始しました。これにより、特定した発信者には厳正な法的措置を講じる準備を進めております」「悪質性の⾼い情報拡散者に対しては、証拠保全の上、削除済みの書き込みも含めて刑事告訴・刑事告発などの法的措置に向けた作業を進⾏中です」としている。情報漏洩に関するお問い合わせ専⽤窓⼝を設置するほか、横断対策チームでの巡回監視なども行っている。
ドワンゴは「ニコニコ動画」について7月末までサービスを停止する見通しを示しており、「ニコニコ動画(Re:仮)」「ニコニコ生放送(Re:仮)」「ニコニコ漫画」など、臨時サービスも含めて一部サービスを順次再開。今週中に普及のメドを公表する予定だったが、19日に延期すると発表した。
「KADOKAWAは再度のサイバー攻撃を防ぎつつセキュリティ対策をしながらシステムの再構築をするという、非常に大変な作業に取り組んでおり、なかなか復旧のメドが立ちにくいのは仕方がない。並行してセキュリティ専門のエンジニアの採用活動も行っており、かなり混乱している様子がうかがえる。一方で、無事に普及して正常モードに移った段階で、これまでのセキュリティ対策や運営体制が適切だったのかどうかという総括はKADOKAWA内で必要になってくるだろう」(IT企業プログラマー)
<報道のモラルの問題ですので、こうしてお願いしているわけです>
そのドワンゴの一般社員が、ある新聞社から自宅に取材をかけられるという事態が起きている。取締役COOである栗田穣崇氏は18日、X(旧Twitter)上で次のように呼びかけている。
<どこの新聞社とは言いませんが、今回のサイバー攻撃による流出で得た住所情報を元に、経営層でもない、いちエンジニアの自宅に突撃取材するのはやめていただきたいと思います。(複数の事例を確認しています)今後も続くようであれば社名を公開します>
<「放送機関、新聞社、通信社その他の報道機関(報道を業として行う個人を含む。) 報道の用に供する目的」だと個人情報保護法の適用除外になり、違法ではないため法的措置を取ることはできません。あくまで報道のモラルの問題ですので、こうしてお願いしているわけです>
<最初に報告を受けた時はさすがに虚偽だと思ったのですが、社員が撮影したインターホンの画像から社名および記者名まで把握しています>
これを受け、メディア倫理の観点からこうした新聞社の取材手法の是非を問う声が多数寄せられている。元日本テレビ・ディレクター兼解説キャスターで上智大学文学部新聞学科教授の水島宏明氏はいう。
「例えば事件など何らかの出来事の調査報道をする過程において、当事者の自宅の近隣住民や知人、関係者などの住戸を訪問し、インターフォンを押してコメントを求めるという取材は日常的に行われています。入手した電話番号に基づき電話をかけてコメントを求めるということもあります。『ハッカー集団が漏洩させた情報に基づく取材』という要素を除いて考えた場合は、今回のケースはそれと同類の取材手法といえます。住戸のインターフォンを押したり、通りがかりの住民などにコメントを求めた際に、相手に断られても執拗かつ強引にコメントを求めたりすれば、相手は不快に感じるでしょうから倫理的に問題となってくるでしょう。
では、こうした取材を漏洩した情報に基づいて行うということを、どう考えるべきかという点ですが、簡単に是非を判断するのは難しい問題だと感じます。一概に『絶対にダメ』とはいえないでしょうし、報道することに公益性があると判断される事案の場合は、取材手法としてはあり得るという考え方もあるかもしれません。
今回の件で懸念されるのは、一部のメディアの報道手法がクローズアップされることで、会社の情報管理のあり方が適切であったのかどうかという重要な論点が霞んでしまわないか、という点です。また、一般社員にまで取材がおよぶという事態が生じるということの裏返しとして、経営トップがきちんと会見を開いたりメディアの取材に応じるなどして、情報公開・発信の責任を十分に果たしているのか、という点も問われてくるかもしれません」
不正競争防止法
山岸純法律事務所代表の山岸純弁護士はいう。
「残念ながら、『漏洩した個人情報』を悪用すること自体を取り締まる法律はありません。しかし、こういった『個人情報』が営業上有用な情報として管理されているような場合、法律上の『営業秘密』に該当する場合があります。要するに、不正競争防止法第2条6項が定める『営業秘密』であるような場合は、不正に漏えいされた情報を、不正に漏えいした情報であることを知りながら取得し、これを使用すると、不正競争防止法2条6項5号に該当しますので、場合によっては同法21条1項3号の規定により10年以下の懲役刑や2000万円以下の罰金刑等に処せられる可能性もあります(刑罰適用の要件は厳格のため、必ず適用されるわけではありません)。いずれにせよ、ふざけた行動です。漏えいされた情報を『違法なもの』と認識する能力が欠けた人間がすることです。刑罰の適用が困難でも、社会に晒して制裁をあたえるべきでしょう」
(協力=水島宏明/上智大学教授、山岸純弁護士/山岸純法律事務所代表)
●水島宏明/上智大学文学部新聞学科教授
1957年生まれ。東大卒。札幌テレビで生活保護の矛盾を突くドキュメンタリー「母さんが死んだ」や准看護婦制度の問題点を問う「天使の矛盾」を制作。ロンドン、ベルリン特派員を歴任。日本テレビで「NNNドキュメント」ディレクターと「ズームイン!」解説キャスターを兼務。「ネットカフェ難民」の名づけ親として貧困問題や環境・原子力のドキュメンタリーを制作。芸術選奨・文部科学大臣賞受賞。2012年から法政大学社会学部教授。2016年から上智大学文学部新聞学科教授(報道論)。著書に『内側から見たテレビ やらせ・捏造・情報操作の構造』(朝日新書)、『想像力欠如社会』(弘文堂)、『メディアは「貧困」をどう伝えたか:現場からの証言:年越し派遣村からコロナ貧困まで』(同時代社)など多数。
上智大学 水島宏明教授プロフィールページ
Twitter:@hiroakimizushim