楽天モバイルのサービス開始から4年が経過し、業界内では「不可能」とまでいわれた黒字化が目前に迫りつつあると同社は宣言。契約数は750万回線に迫り、同社が携帯電話事業の黒字化の目安とする800万回線が目前となっているが、黒字化は本当に近いのか。また、楽天グループ(G)は携帯事業運営に必要な巨額の資金確保のために、高収益である金融事業への関与が下がる見込みもあるが、果たして携帯事業参入は楽天Gの成長にとってメリットが大きいといえるのか。専門家や業界関係者の見解を交えて追ってみたい。
楽天グループ(G)の携帯電話事業が属するモバイルセグメントは赤字が続いている。2024年12月期第1四半期連結決算における営業損益は719億円の赤字、EBITDA(利払い・税引き・償却前利益)は297億円の赤字。だが、赤字は改善傾向で、EBITDAの赤字幅は前年同期より337億円縮小している。
業績改善の要因は契約数の増加だ。昨年8月には400万回線台だったが、徐々に増加し今年6月には700万回線台に乗った。楽天モバイルの発表によれば、4~6月の3カ月間の純増契約数は過去最大数となり、4月に650万回線を突破してから2カ月で契約数が50万回線も増加。今月1日には楽天グループのイベント『Rakuten Optimism 2024』内で三木谷浩史会長が、750万回線弱にまで伸びていると説明。23~29歳の契約者の増加がもっとも多く、その次が30~34歳であり、家族向け割引サービスが奏功して、その他の年代でも増加しているという。
契約数増の契機となったのが、昨年6月から提供が開始された「Rakuten最強プラン」だ。今年2月には「最強家族プログラム」の提供を開始し、家族でRakuten最強プランに加入すると1回線あたり月額110円の割引が適用されるようになった。5月からはRakuten最強プランの12歳以下の契約者を対象に月間データ利用量が3GB以内であれば楽天ポイントを440ポイント還元する「最強こどもプログラム」の提供を開始。6月には「プラチナバンド」と呼ばれる700MHz帯の商用サービスが開始。現在のRakuten最強プランの月額料金は、データ利用量が3ギガバイトまでは1078円、20ギガバイトまでは2178円、20ギガバイト以上は3278円となっている。
このほか、楽天ポイントの側面からも楽天モバイルの契約数増加のためのアシストを行っている。昨年11月以降に行われている楽天カードのサービス内容改定では、Rakuten最強プランの契約者が楽天市場で買い物する際の付与ポイント倍率は最大4倍から5倍へ引き上げられ、楽天モバイルのキャリア決済を月2000円以上利用すると、その月の楽天市場での買い物で付与されるポイントが+0.5倍から+2倍に、Rakuten Turbo/楽天ひかり契約者の付与ポイント+1倍は+2倍にそれぞれ変更された。
こうした施策で個人の契約を増やす一方、法人向けの「Rakuten最強プラン ビジネス」の契約も増加している。音声通話ありのプランとしては最も安い「国内通話かけ放題+データ3GB+SMS」は月額2178円、「国内通話かけ放題+データ無制限+SMS」は月額3278円となっている。同社の発表によれば、23年1月に法人向けサービスの提供を本格的に開始して1年で1万社以上の法人を獲得したという。
つながりやすさが大幅に改善
契約者数の増加スピードが速まっている理由について、経済評論家で百年コンサルティング代表の鈴木貴博氏はいう。
「理由は2つあります。ひとつは、つながりやすさが大幅に改善されていること。総務省の基地局数の情報をみると、東名阪で基地局の数が充実してきて、大都市圏ではつながりにくい場所が大幅に減少しています。今後5Gとプラチナバンドが増えていくことを考えると、この状況はますます改善されていくでしょう。
もうひとつは、新たに導入した法人向けプランが、法人需要に非常にうまく合致していることです。個人向けプランはワンプランでデータの利用料に応じて料金が3段階で決まります。それに対して、法人向けプランは7つに細分化されています。その法人向けプランでは基本的に『国内通話かけ放題』か『データのみ』かでプランを選べると同時に、データの利用量で3~4段階にプランが分かれています。通話がメインの仕事か、データだけでいい仕事かで、企業が従業員にスマホを貸与する状況にあわせてプランが分かれているうえに、どのプランを選んでも他の3大キャリアよりも総コストは低く抑えられます。コストに敏感な法人を中心に、法人の回線数は今後大幅に伸びそうです」
大手キャリア関係者はいう。
「楽天市場などに加盟する法人に積極的に営業攻勢をかけたり、三木谷浩史会長自らトップ営業をかけたりと、楽天グループは総力をあげて法人契約の獲得に動いている。こうした柔軟性、そしてグループが展開する各種サービスに加盟する多くの企業にアプローチできる点は楽天モバイルの強みだ」
質面での信頼性が確立
楽天Gは24年内に携帯電話事業を単月黒字化するという目標を掲げており、そのためには契約数で800万〜1000万件、ARPU(1契約あたりの月間平均収入)で2500〜3000円が必要と同社はみているが、5月には同社は黒字化が目前に迫っていると説明している。
契約数に加えて黒字化のカギとなるARPUをみてみると、24年1〜3月期は前四半期から40円減の1967円。この金額はARPUが低い傾向がある法人ユーザー分が含まれており、一般ユーザーの月間平均データ利用量は前年同期から7.0GB増の24.2GB。月間利用データ量20GB以上の契約回線数は23年5月から10カ月間で41.7%増となっており、これらは将来的にARPUの押し上げ要因となる。
携帯電話事業の黒字化の達成は近いと考えてよいのか。前出・鈴木氏はいう。
「楽天Gは楽天モバイルの黒字化は近いように語っていますが、現実にはもう少し時間がかかりそうです。というのは契約回線数は順調に増えているのですが、ARPUが伸び悩んでいるからです。黒字化の目安は、私の試算だと契約回線800万の場合はARPUは3000円、ARPUが2500円なら回線数が1000万回線必要だと考えられます。にもかかわらず実際はARPUはまだ2024円と目標よりも低い状況です。それを改善する施策としては、留守電の有料化などARPUのアップセル企画が推し進められるようです。
加えて楽天モバイルは全ユーザーの平均利用データ量が24.5GBと、データのヘビーユーザーが多い傾向があります。今後、他キャリアからスイッチしてくる新規客もデータ無制限にひかれるユーザーが多いでしょうから、増える回線分についてはARPUは高くなりそうです。
これらの状況から、楽天モバイルはいずれ黒字を達成するでしょう。ただし、その場合でも回線数は1000万回線は必要になると考えられ、到達時期は楽天が望む年内ではなく、来年6月あたりにずれ込むのではないでしょうか」
楽天経済圏全体でのプラス面が明確になる
楽天グループは携帯電話事業に参入するために経営的には大きなリスクを背負っている点は見逃せない。同社が携帯事業に投下した資金は累計1兆円以上とみられ、24~25年には、その資金の調達のために発行した社債のうち計約8000億円の償還を迎える。また、資金調達のために、グループ内で利益貢献度が高い楽天銀行や楽天証券ホールディングスなどの金融事業会社の株式の一部を売却し始めており、4月には楽天銀行や楽天証券、楽天カードなどの金融事業を一つのグループにまとめる方針を発表している。そして、楽天Gの成長の源ともされる楽天ポイントサービスに関係する楽天ペイメントを傘下に持つ楽天カードを上場させるとの観測も以前から流れている。
以上を踏まえると、携帯事業を手掛けたことは楽天G全体にとってプラスの面とマイナスの面のどちらが大きいと考えられるのか。
「携帯事業がなかなか黒字化できなくなったことは、楽天Gにとって大きな誤算だったはずです。本来は携帯事業を軸に、楽天市場などのインターネットサービスと楽天カードなど金融事業の3本柱で相乗効果を期待してのモバイル参入だったはずです。それが生き残りのために金融事業を切り売りせざるを得なくなり、一時期は本当に苦しい状況だったと思います。金融事業を手放し始めた時点では、あきらかに携帯参入はグループ全体からみてマイナスの状況でした。
ただ、最近では金融事業を再編したうえで、再び統合する形で楽天Gの手元に主要ビジネスを置ける方向へと舵を戻しています。あと1年間、なんとか持ちこたえて楽天モバイル黒字化を達成できれば、楽天経済圏全体でのプラス面が明確になるはずです。今はそのちょうど転換期にあると私は見ています」(鈴木氏)
楽天Gは楽天ポイント付与などの面で楽天モバイル契約者にさまざまな優遇措置を提供することで、楽天市場や楽天トラベル、各種金融サービスをはじめとするグループ内のさまざまなサービスの利用者数・取扱金額を増大させ、楽天経済圏全体の成長につなげる戦略を描いている。また、今月1日のイベント『Rakuten Optimism 2024』内で三木谷会長は、AI技術基盤「Rakuten AI」に楽天モバイルのユーザーからのデータも取り入れると語っており、新たなAI関連事業との相乗効果も見込んでいる。
他の大手キャリア3社が対抗値下げ?
一方、懸念点もあるという。
「4月には楽天モバイル利用者のSIMが第三者に乗っ取られるという事象が続出する問題があったが、楽天モバイルはさまざまな面でユーザーの登録や操作の手順を簡素化するためにセキュリティがやや甘くなっている部分がある。なので、今後大きなトラブルが生じるようなことがあると、同社の契約数の増加には逆風となる。
また、楽天モバイルへの契約流出が顕著になれば、当然ながら他の大手キャリア3社は静観してはいられなくなり、対抗値下げを行って契約者を奪い取ろうとしてくるだろう。現在の大手3社の利益水準は高く、値下げを敢行するための余力は十分に持っているので、携帯業界で再び値下げ競争が熾烈化する可能性はゼロではない」(大手キャリア関係者)
(文=Business Journal編集部、協力=鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役)